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第119話
トイ大陸。
サッカン大陸に比べると、気温の変化は少なく過ごしやすい日が多い。
ただ、圧倒的に植物に適した土壌が少ないのが特徴だ。なぜなら土壌がとんでもなく固いからである。耕すのには適しておらず、動物が食べるような草も生えづらい。
キビールという針のような葉をもつ植物が多く生えており、辺境に住む人々はこの植物から取れる精油やお茶などを取引して暮らしを立てているものが多い。
また、大陸全体の特徴として、鉱石と輝石がよく産出する。特にクゼレイラ連合国では、国の中央を走るクゼレ連峰で、様々な色の輝石が取れることで有名だ。
アニスが隊商会に呼ばれる依頼は、ほとんどこの輝石輸送の際の護衛だった。輝石の元となる鉱石は、様々な工程を経て輝く石となる。その工程は隊商会によっても細かく違っており、それぞれ極秘とされている。それを盗むために隊商会に潜り込んだヒトが死刑になったこともあるほど、大切な情報とされているのだ。
輝石鉱石の産出地であるクゼレ連峰から都であるレラまでの輸送経路が、アニスの仕事場だった。いかにも希少なものを運んでいる、と見せないために、機工車などを使うことなく昔ながらの馬車による道のりだ。馬車は揺れるしできうる限り早い到着を目指すために滅多に街にも寄らないし、きつく辛いことの方が多い仕事である。かといって誰でもできる仕事という訳でもない。
ある程度の輸送期間に、隊商会の人々や街を行く人々とのそつのないやり取りができることは勿論、護衛としての目配りや腕も必要なのだ。その分、報酬も悪くはないが。
そんな仕事とアニスの縁ができたのはひとえに先代会長のお陰である。なかなか実入りのいい仕事にありつけず、受付台の周りをうろうろしていた駆け出しのアニスを見かねた先代会長が雇ってくれたのだ。仕事の内容は厳しく辛いものだったが、ここで色々な経験を積めたことは、その後の請負人 としての生き方を支えてくれた。
だからこそ、級位が上がってもアニスは格安の値段で、この護衛の仕事を引き受け続けているのである。
現会長であるトッテンもそれを知っており、この辛い仕事を引き受けてくれるアニスにいつも感謝していた。
「アニスさん、いつもすみません。助かってます」
馬を休ませるために小休憩になったとき、トッテンがそう言って話しかけてきた。行きは輝石こそ積んでいないが、生活必需品を積んで途中の街々に卸すようにしている。これも偽装のための一つである。
アニスは自分の木筒 から水を一口飲むと、口の端を拭って薄く笑った。
「あんたも大変だね。‥この隊商会は阿漕に儲けようとしてないから私もつい依頼を受けたくなるんだ」
輝石は何も装飾に使われるばかりのものではない。様々な機工躯体の回路や、退異武器専用の回路にも使われたりする、生活必需品でもあるのだ、だから適正な値段で卸してくれる業者がいることは、翻って市民のためにもなるのである。
アニスが依頼を受け続けているのは、数十年にわたりこの隊商会が誠実な仕事をしていることを身をもって知っているからだった。
トッテンは、そういったアニスの気持ちを知っているのだろう、何も言わずに少し微笑んだ。
「ハルケにはまだまだだと言われます」
アニスは苦笑した。あの先代が言いそうなことだ。
「先代はああいうヒトだから、なかなか口に出してはトッテンを認めたりしないだろうけどね‥でも心の裡ではとっくに認めていると思うよ」
アニスの言葉を聞いて、トッテンは頷いた。自分の親 の気性はよくわかっている。
「‥お茶を飲みませんか?」
湯が沸いたようだ。荒野の中、何があるかわからないので湯を作る温用石はほとんど使わない。きちんと火を焚いて沸かした湯だった。
「とは言っても変わり映えのしない、キビール茶ですけどね」
トイ大陸の特産品でもある、キビール茶はスッとする匂いとは裏腹にほんのり甘みを帯びている。そのちぐはぐさが、飲むヒトを選ぶ茶葉であるが、アニスは割合このお茶が好きだった。
「もらおうかな」
そう言ったアニスが自分の腰袋からカップを取り出そうとしたとき、ゴオオオッという音が響いてきた。音は上空からのもので、遠くから少しずつ近づいているように思える。
トッテンや他の者たちも音に気がついたようで、それぞれてんでに空を見上げ、音の正体を探していた。
すると、遥か遠くに見えていた黒点がぐんぐんと近づいてきているのが見える。
「機、機工飛艇?」
誰かがそう言った。ぐんぐんと近づいてくるそれは、確かに機工飛艇に見える。しかも旋回翅のついた小型のものだ。あまりトイ大陸で見られるものではない。なぜ、こんなところを飛んでいるのだろうか。
「え、ちょ‥何だ?!」
もう一人の護衛が叫んだ。機工飛艇はぐんぐんとその高度を下げてアニスたちが休憩しているところに降りてこようとしているのだ。
確かにここは、荒野の真っただ中で機工飛艇が下りられないこともないが、そのような無茶をする操縦士は普通いない。
普通、いない。
ぞわりとする悪寒を背中に感じながら、アニスは近づいてくる機工飛艇を眺めていた。その姿をくっきり見せ始めた機工飛艇の大きな機体に、人々は慌てて荷物などを抱えて逃げ出そうとし始めた。トッテンが「落ち着け!あの軌道ならぶつからない!」と鋭く一喝してようやく人々は落ち着きを取り戻す。
機工飛艇はもはや耳をつんざくような轟音を立てて人々に近づきつつあった。とはいえそこまでの距離は、まだ80カート(=灼720m)以上はある。
荒野の固い土を削るように着陸した機工飛艇は、盛大に土煙を上げた。それは休憩していた非t人の方へも流れてきて、みな一様にげほげほと咳き込んだ。
ようやく止まった機体の胴体部分がぱかりと開く。そこから小柄な人物がひらりと飛び降りて、恐ろしい速さでこちらに向かって走り始めた。よく見れば、その後ろからも一人、もう少し大きな人物が必死について来ようとしている。
小柄な人物にある程度予想がついていたアニスは自分の両眼を片手で覆い、「ああ、もう‥」と零した。
あっという間に近づいてきた小柄な人物は、予想通り請負人協会 会長、カズリエその人だった。
「アニス、迎えに来たわよ。あんたの代わりはこいつ‥遅い!早く!」
振り返ってもまだ近くに来ていなかったマリキシャに、カズリエは鋭い声を浴びせた。マリキシャは息を弾ませながらようやくアニスたちの元までやって来た。
「‥ったく‥あんたの代わりはこのタオが引き受けるわ。隊商会の責任者はどなた?」
呆気に取られている隊商会の面々をじろりと見まわしているカズリエの前に、まだ薬缶を手に持ったままのトッテンが恐る恐る進み出た。
カズリエはトッテンの姿を認めると、一礼してからにっこりと笑った。
「いつもアニスをご贔屓いただきありがとうございます。ですが大変申し訳ございません。こちらの、どうしても外せない都合でアニスの身柄が必要になりまして‥代わりにこの二級|請負人《カッスル》であるタオを置いていきますので如何様にもお使いください。また、|請負人《カッスル》の変更に伴い賠償金なども後程お支払いいたしますので」
ひと息にこれだけのことを滔々と話されたトッテンは、目を白黒させている。アニスが思わず声をかけようとしたとき、アニスの代わりだというタオが言った。
「こりゃあどうも、会長さん。お初ですが、俺も今までトイ大陸での護衛の仕事の経験もありますから、どうかご安心ください!」
「あ、はあ、そうですか‥」
何とかそれだけ絞り出したトッテンに、カズリエはまたにっこりと笑った。このかわいらしい笑いを全面に出しているときは、カズリエが持てるシンリキを目一杯使っているときだ。トッテンは、このヒトがいうのなら仕方ないか‥という気持ちになってしまっていた。
「ご理解、ご協力いただきありがとうございます。後日、隊商会本部の方にご連絡させていただきますので‥アニス、すぐに荷物をまとめて。タオ、五分で他の護衛のヒトから情報共有。早く!」
この状態のカズリエに逆らう方が面倒くさい。
アニスは少ない手荷物を手早くまとめ、トッテンに詫びた。
「こちらの事情で勝手をしてすまない」
トッテンはまだ訳がわからないという顔をしていたが、困ったような顔をして項垂れているアニスに優しく声をかけた。
「こんなところまで機工飛艇まで使って迎えに来るくらいですから‥大変な事情なんでしょう。代わりの方も準備していただいたようですし、大丈夫ですよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ‥」
と、アニスが言葉を返そうとしていた時、またカズリエの声が飛んできた。
「アニス!もう行くよ!」
小さく舌打ちしてカズリエの方を見れば、もう機工飛艇の機体に向かって走り出している。タオの方を見れば、委細承知した、という顔をして頷いていたので、仕方なくもう一度トッテンに礼をしてカズリエの後を追いかけた。
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