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第120話

嵐のようなカズリエの訪問による催促で、スルジャもいろいろ工夫しながらまた力素回復薬の生成作業に戻った。とにかく神経を使う場面の多い作業なので、ジュセルとスルジャがお互いにお互いの様子を見ながらやろう、という取り決めをしていた。 三回目の販売日になったが、なかなかの騒ぎになっていたらしい。そのことを交代でやって来た護衛の請負人(カッスル)に聞いて、スルジャとジュセルはまた肩を落とした。 これ以上、生成速度を上げるのは無理だ。しかも、まだタラッカンの様子が落ち着いたとは聞いていない。つまり、タラッカンからの要請もまだあり得る状況である。 スルジャもジュセルも、私的な時間をできうる限り生成作業に振り向けていた。 「集中力が落ちるから睡眠時間だけはしっかりとって!」というスルジャの意見で睡眠時間を削ってまで、ということはしなかったが、それ以外の時間はほとんど力素回復薬の生成作業に取り組むようになっていた。 何より、ジュセルはケイレンのことが心配でたまらなかった。あのケイレンが、自分に連絡も寄こす暇もなく、日々戦っているのかと思うと胸が痛んだ。外の護衛などから、決して楽観視できないタラッカンの噂が聞こえてくるにつけ、一つでも多く薬を作ってタラッカンに送らなければ、と思っていた。 カズリエが訪ねてきてから二日後、再び客人が訪れた。このところ、買い物にも出ずこもりっきりで生成作業をしていたスルジャとジュセルは、誰だろうと顔を見合わせた。 「ハーイ‥」 念には念を入れ、いつも玄関を開けるのはスルジャだ。細く開けた玄関扉の合間から見えたヤーレの姿に、ほっと息を吐いた。 「何だ、ヤーレか‥今来てもらっても、まだ薬剤二つしかできてないし最終作業が残って‥る‥」 そう言いかけて玄関扉を大きく開けると、ヤーレの後ろに佇む人物が見えて言葉が途切れた。 「やあ、スルジャ。‥戻ってきちゃったよ」 そこには、少々疲れた顔のアニスが立っていた。 「こ、小型機工飛艇で飛んできたぁ?!」 ことの顛末を聞いたスルジャは思わず素っ頓狂な声が出た。ヤーレはむっすりしたままの顔で茶をがぶ飲みしているし、アニスは苦笑している。 「まあ、トイ大陸の荒野に機工飛艇が着陸した時には、一瞬新手の襲撃かと思ったけどね」 「まさかと思うけど‥機工飛艇の操縦って‥‥」 アニスは初めてここで笑顔をストンと落とした。 「‥うん、カズリエ」 「‥‥本っっっ当~~~にすまなかったアニス‥」 「あ~、うん、別にヤーレが悪いわけじゃないし‥」 「アニス‥あの、あたしたちのせいかも‥」 「いや別にスルジャもジュセルも悪くないから、気にしないで‥」 「でもすっごく疲れてるよアニス‥顔色悪いし、大丈夫?」 自分も決していい顔色はしていないジュセルにそう言われて、アニスはまた苦笑した。 「それ言ったらジュセルとスルジャも結構酷い顔色してるよ。大丈夫、私は‥あ~思い出すと‥あの、カズリエの機工飛艇の操縦で空酔いしたのが治ってないだけだから‥」 力なくそう言って、お茶を含むアニスの横でヤーレががっくりと項垂れた。ジュセルは「空酔い」という言葉を初めて聞いたので、どういうことなのか疑問に思った。 「空酔い、って‥?」 「‥‥‥クッッッソ下手な操縦士のせいで機工飛艇に乗ってる間も降りた後も気分が悪くなることなんだ。カズリエがなんであの許可証を持ってるか不思議なんだが‥持ってやがるんだよ操縦許可証‥あんっっっなにド下手なのに!」 ジュセルは、吐き捨てるようなヤーレの言葉を聞いてぞっとした。現代日本で、飛行機の操縦が下手だから気分が悪くなる、なんて聞いたことがない。どんな操縦だったのか、考えただけでも怖ろしい。 アニスは、そのせいで今一つまだ元気がないらしかった。 「‥でも、あのタオっていう請負人(カッスル)、カズリエの機工飛艇から降りてすぐ走ってたんだよね‥私はあれは絶対無理だ‥」 ヤーレがふーとため息をついて言った。 「タオが唯一、カズリエの操縦に耐えられる上級請負人(カッスル)なんだよ。だから呼んだんだろうな‥」 何となく、一気に疲労感の漂う空間になった。今ここにいないというのに、カズリエの破壊力は凄まじい。スルジャが元気なく茶器を弄びながら呟いた。 「本っっ当、ヒトの生命力削ってくヒトだよねえ‥」 まだ一度しかカズリエに会ったことがないジュセルを含め、全員が深く頷いた。 全族長会議を明日に控えて、ザイダは落ち着かなかった。 収監されているハリスは非常に大人しく、模範囚のような振る舞いであるという。ザイダたちの調べでは、裏組織とのつながりが深くかなりきわどいことにも手を伸ばしていたことがわかっている。おそらく、莫大な資産を所有しており、それを何らかの方法でどこかに隠しているのだろう、ということも予想されていた。 しかし、ハリスは外部に連絡をつけようとすることもなく、ただ静かに牢獄内で過ごしているらしい。要求したのは「牢内が思ったよりも寒いので」という理由で厚手の毛布を一枚のみだという。 (一応、毛布は獄吏がよく調べたというが‥) あのハリスのことだ、獄吏の目をごまかすすべを持っていても不思議ではない。しかしそのザイダの疑いには根拠がない。真面目に職務に当たっている筈の獄吏の働きを、真っ向から否定することはできなかった。 全族長会議に向けての下準備も全て済ませてあるし、自分を後援する人々への根回しも十分にしてある。 それでもザイダは、胸の奥でチリチリと灼けるような痛みにも似た予感を消すことができなかった。 ナジェルがタラッカンに来てから三日が過ぎていた。 タラッカンの天気はずっと悪く、払っても払っても厚い雲がどこからか湧き出してくる。昼間に一度思い切り雲を払った時は、重度の力素欠乏に見舞われ、初めて製品としての力素回復薬をのまされた。 (‥これは‥) 実際に製品を飲んでみてナジェルは驚愕した。力素欠乏によって自由が利かなくなった体の回復はもとより、混濁していた意識も清明になり、そして‥持てるキリキが、全回復したのがわかった。 つまり、一番体調のいい状態に、瞬時にして戻ったのである。 そのまま、またすぐに天候操作に戻ったが、内心の驚きはなかなか消えなかった。 これは、凄い代物だ。 その内、これを巡って国と国とが争う事態にもなり得るかもしれない。 ナジェルは、ヒトのよさそうなジュせルの笑顔を思い出した。楽しそうに喋っている姿、料理や菓子を褒められて恥ずかしそうにしながらも、喜んでいる顔。 あの子の人生は、この先どういうものになってしまうのだろうか。 不安を覚え、ケイレンに相談しようと思ったが、ケイレンも最重要戦力として忙しく、一度言葉を交わした日以来全く会うことさえできていなかった。 (黒剣が、一生かけて守っていく、としても‥難しいかもしれない‥) 厚い雲を払いのければ、青い空が見えてくる。ちからが失われ意識が薄れていくのを感じながら、ナジェルはジュセルの将来に思いを馳せた。 ジュセルに分けてもらった菓子も茶葉もとっくになくなっている。ああ、ここで意識を消失したら、明日まで回復はできないだろうな、と考えながらへたり込んだナジェルの耳に、低い声が響いた。 「待たせたな。随分無理をさせていたようで悪い。後は任せろ」 聞き覚えのある、低く落ち着いた声。ナジェルは何とか声の主を確認しようと、重い瞼をこじ開けた。 そこにいたのは、がっしりとした背の低いキリキシャ‥‥ティルガだった。 「頼、む‥」 「おう」 ナジェルが意識を失ったのを見て、ティルガはその身体を軽々と抱えあげ、天幕内の敷物の上に横たえた。 ふいに天幕内に現れた、光級請負人(カッスル)、「迅雷(ゼッツ)のティルガ」の姿に、天幕内にいた人々は驚き目をみはった。 光級という、請負人(カッスル)最高級の級位を持っているのは、サッカン大陸広しと言えどもティルガを含む三人だけだ。「迅雷(ゼッツ)のティルガ」の名を聞いたことはあっても、実際にその姿を見たことのある者は少ない。 少ない理由の一つに、ティルガは「転移」を使えるキリキシャだ、ということがある。この「転移」を使えるものも大陸内で十人とはおらず、非常に珍しい。ティルガの「転移」は、自分と自分の同じ重さのものまでなら瞬時に移動ができる、というものだった。行ったことのない場所でも、ヒトに聞いたり手紙をもらったりして、そことのよすがができれば転移できるらしい。 今この時も、ティルガはナジェルの気配を辿ってこの天幕に転移してきたのだ。

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