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第121話

移動をほとんど転移で済ませてしまう、という特殊な事情もあってティルガの姿を知るものは少ない。だがこのように突然姿を現したことによって、間違いなく伝説級の請負人(カッスル)なのだということがわかり、天幕内の人々は一時しん、、と静まり返った。動かぬ人々を見て、困ったように眉を下げ笑みを浮かべながらティルガは言った。 「すまんが誰かナジェルを手当てしてもらえるか。力素欠乏だろうから、ちからを譲り渡せるものがいれば‥」 ティルガが淡々とそう語るのを聞いて、ようやくハッとしたカツカが後の言葉を引き取った。 「大丈夫です、回復薬を半量ほど飲ませます‥おい、あの薬をナジェルに」 「は、はいっ」 控えていたマリキシャが慌ててナジェルの傍に駆け寄った。残り少ない力素回復薬を、今は少しずつ分けて飲ませ、使用するようにしているのだ。 しかし、その言葉を聞いたティルガが不審げに眉を寄せた。 「回復薬‥?」 「はい、まだご存じありませんか?先ごろ:請負人協会(ルビ(カッスラーレ))が非常に画期的な、力素回復薬というのを売り出したのです。これが恐ろしいような効果のあるものでして」 カツカの言葉を聞いたティルガは、眉を顰めたまま黙っていた。ティルガはこれまで、様々な国や地域を旅し、色々な怪しい薬に出会ったりや胡乱気な人々に相対したりしてきたが、それでも力素を回復できるような代物には出会ったことがなかった。 どのようなものかと手当をしているマリキシャとナジェルの方を眺めた。顔色の悪いナジェルの上半身を抱きかかえ、吸い飲みから何やらの液体をマリキシャがのまそうとしている。その様子をティルガは注意深く、じっと見守っていた。 こくり、とナジェルの喉が動き液体を嚥下した、と思うや否や、ナジェルがふわっと何かに包まれ、顔色がよくなっていくのが見えた。そして呼吸が穏やかなものになっていく。それを確認したマリキシャは、そのままナジェルを横たわらせ、上に掛け布をかけた。 その様をおのれの目で見たティルガは、知らず拳を握りしめていた。何という代物だ。規定量をのまずとも、あれだけの効果をもたらすのか。 ‥これは、画期的で‥厄介な代物だ。 しかしティルガはそう考えたことをおくびにも出さず、カツカに向かって笑顔を作った。 「さて、俺は何をしようか?」 「あ、はい、ご挨拶が遅れましたが、私がこの異生物討伐隊責任者のカツカです。御覧の通りヨーリキシャで現場には出ませんが、様々な差配をしています」 「カツカ殿か、俺はティルガだ。異生物は?」 言われたカツカが、一面開けてある方を指差して言った。 「あれです。‥今、ナジェルが雲を払いのけてくれて陽光が差してきたので、多少動きは鈍くなっています。今は十五人の退異師が戦っていますが‥」 「でかいな」 ティルガの感想に、カツカはため息をついた。 「これでも当初よりは随分と小さく切り刻んだのです。しかしそれでも‥一番大きいところで直径三分の二カート(=6m)はあります」 「ありゃあ‥ヒト型も混じってるな?」 カツカは驚いてティルガの方を見た。ここから現場まで、約120カート(=1080m)はある。 「‥目がよろしいのですね」 「ん、まあこれくらいなら。しかし、ヒト型ならその部分を切り飛ばさない限り、延々と高速で増殖していくな」 カツカは深く息を吐いた。 「そうなんですが‥あの無数に生えている(サーラ)の大きな嘴のようなものと太い(クラビ)の腕のようなものが非常に邪魔で、なかなかたどり着けません。‥一度、上から飛び降りて斬りかかろうとした退異師がいたのですが‥」 カツカは言葉を切った。ぐっと奥歯を噛みしめる。ティルガは言葉を急かさない。 「‥掴まって‥交合されてしまいました‥」 異生物に交合されたヒトは、ほとんどの場合、その後異生物に。おそらく、その退異師もしまったのだろう。 「ヒト型の厄介なところはそこだな」 ティルガが静かにそう言うと、じいっと異生物がいる現場を見た。辺りは荒野のようで木々も生えておらず動物もいない、ほとんど異生物が食いつくしてしまったのだろう。 しばらく戦っている退異師たちの様子を見ていたティルガは言った。 「すまんが、俺の考えるやり方で対処していいか?」 「それは、構いませんが‥」 「じゃあ、ちょっと行ってくる」 短くそう言うと、ヒュッとティルガの姿が消えた。 転移を再び目の当たりにして、カツカは息を止めている自分に気づいた。はあ、と息を吐き、頭を掻く。 「‥どうも、なかなか慣れる気がせんな‥しかしどこに‥もう現場に行ったのか?」 もう少し天幕の端まで寄ってじいっと異生物との戦闘現場に向かって目を凝らしてみる。退異師はほとんどがレイリキシャとマリキシャだ。だから見えるヒトの頭は、濃淡の違いはあれどほとんどが黒か白である。 そこに、突き抜けた空のような蒼い頭の人物が立っているのが確かに見えた。 「いた‥」 カツカは、じっとその現場を見つめ続けた。 「セツエイ、退け!その怪我じゃ無理だ、血で異生物が狂う!」 「ウゼル、あんただって足が治ったばかりだろ!俺はまだ戦える」 「莫迦野郎、俺は万能薬のんでんだぞ、もう平気だ!とにかく退け!言っただろ、血で異生物が狂う!」 腕からだらだらと血を流しているレイリキシャに向かって、一位退異師のウゼルが叫ぶ。それでも躊躇っているセツエイにケイレンが言葉を重ねた。 「ウゼルのいう通りだ、邪魔になる。退け、セツエイ」 二人にそう言われ、セツエイは悔しそうに下がっていった。先ほども腕を切り飛ばされた退異師が下がったので、今は十三人しかいない。 息を鎮めながらウゼルはペッと唾を吐いた。異生物が気味の悪いツタのような部分が埃を舞い上がらせるので、口の中にやたらと砂が入ってくる。視界も悪くなるので一層苛々させられる。 大槍を構えるウゼルの横で、ケイレンが片手剣を捨て両手剣に持ち替えた。力技で叩き切っていくつもりなのだろう。しかしケイレンとて随分と長い時間戦っている。 「黒剣、片手剣を拾え!大剣で行くにはお前は疲れすぎてる」 「大丈夫だウゼル、俺は西側に回る」 「黒剣っ!」 走り出そうとしたケイレンの肩を、誰かががしりと掴んだ。 「ちょっと待ってくれ、おい、そっちのあんたがここの指揮を執ってんのか?」 ケイレンの肩をがしりと掴んだまま、どこからやってきたのかキリキシャがのんびりとした口調でウゼルに問いかける。ウゼルはかっとして叫んだ。 「どこから入ってきた!?死ぬぞ、早く‥」 そして、はっと気づいた。 どこからともなく現れた、キリキシャ。 「‥迅雷(ゼッツ)か‥?」 ケイレンは掴まれた肩がびくとも動かないことに驚いていたが、ウゼルの言葉を聞いて納得した。この人物が、光級請負人(カッスル)のティルガなのか。 ティルガはちょっと嫌そうな顔をして首をひねった。 「‥なんかなァ、よくそう呼ばれるけど‥俺ぁただのティルガだよ。おいあんた、他のやつらも一度全員退かせてくれないか?」 滔々ティルガがこの現場に来たのだ、と理解したウゼルは指揮笛を吹き鳴らし一時退却の合図をした。迫ってくる蔓を斬り飛ばしながら、異生物から少し離れた場所へ移動する。 この異生物は発生した場所からあまり動くことをしないので、それだけが救いだった。 少し離れた場所までやってきた退異師十三人の顔を、ティルガはゆっくりと見回した。どの顔も疲労の色が濃く見える。 ティルガは雲のない真上の空をじっと見て、視界の端で不気味に蠢く異生物をも見た。 そして言った。 「俺は今からあの異生物に雷を落とす。ちょっと大きめの雷撃だから、俺が放てるのは全部で五回が限度だ。最初にヒト型の核に当てて様子を見る。それで損傷がそこまで与えられないようなら、下半身の(ガルラ)三体に当てる。二回目が終わったら一度一斉に攻撃してくれ。どのくらい弱ったかが見たい。それから‥さっきの指揮笛、貸してくれるか」 ティルガはそう言ってウゼルに手を差し出した。ウゼルは何も言わず、素直に指揮笛をティルガの掌の上にのせた。 「この笛を吹いたら一回下がってくれ。異生物の損傷の程度を見て、残りの雷撃をどこに当てるか決める。そしてまた攻撃だ。いいかな?」 疲れた顔をしていた退異師たちは、その目に希望の光を宿らせながら全員が静かに頷いた。

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