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第122話
目の前に落ちて弾け飛ぶ雷撃というものを、その場にいた者達は初めて目撃した。
ティルガの身体が、うっすら淡い水色の靄に包まれたかと思うとゴロゴロ‥という雷雲の音が上空から響いてきた。ナジェルによって雲は払われており、空には雲一つない空が見えているにもかかわらず、である。
退異師達は、息をのんでティルガの様子を窺った。
ティルガがすっと手を挙げ、鋭く振り下ろした。
ガラガラドーーン!!という凄まじい轟音が閃光とともに響き渡った。あまりの眩しさに、退異師たちは目を開けていられない。
しかし、次の瞬間、退異師たちの目に飛び込んできたのは、身体を真っ二つに切り開かれた異生物のヒト型部分だった。
その中にきらりと光るものが見える。
「核だ!」
ケイレンが叫んだ。
異生物は、体内に持っている核と呼ばれる石のようなものを壊さない限り、いつまでも傷を修復し、少しずつ増殖し続ける。だから核を発見してそれを壊すことが討伐の最終目標なのだ。
ヒト型異生物の核はたいてい頸部分にある。あの伝説級のキリキシャは、あのような怖ろしい雷撃を、正確にヒト型の首部分に落としたのだ。
異生物の核はたいてい赤系統の色をしているが、ヒト型の時のみ、無色透明だ。肉を雷撃によって弾き裂かれたところから見えたそれは、間違いなく透輝石のようなヒト型の核だった。
しかし、ヒト型は裂かれた肉をぐうううっと持ち上げ、ぴたりと合わせた。しゅうしゅうと灰黒の煙のようなものが立ちのぼる。あっという間に核は肉の中に隠されてしまった。
しかし、ティルガの雷撃は物理的な衝撃を確実に異生物に与えたらしい。蛟 のような三体は、びりびりと震えて動きを止めているし、無数に生えている太い熊 の腕もそれぞれの動きがかなり小さくなっている。
「ふむ、」
ティルガはそう言うと、またぶわっと薄水色の靄をその身に纏い始めた。雷雲の音が聞こえ始める。すぐにティルガは腕を振り下ろした。
ガラガラガラピシャーーン!
再び閃光と轟音が辺りを襲った。目を開けた退異師たちが見たのは、黒焦げになった三体の蛟 部分だった。それらは見る影もなく、ぶすぶすと煙をあげながら黒く焦げて地面に横たわっている。
「今だ、攻撃してくれ!」
ティルガはそう叫んで指揮笛を強く吹いた。退異師たちはそれぞれの獲物を手にして、目の前の異生物に襲いかかった。
退異師たちの戦い方の基本は、ます「削り落とす」ことだ。異生物は大きいものが多い。だから周囲からじりじりと斬り刻み、少しずつその身体を「削って」いく。
そして弱ったところに攻撃を重ね、核を抉りだして壊すのだ。身体を斬り刻むのも核を壊すのも、退異回路を持った武器でないとできない。
つまり、退異師にしか倒せないのである。
今、蛟 部分がまるで死んだかのように見えているが、これはあくまで雷撃による衝撃を受けただけの状態に過ぎない。仮にこのまま放っておけば、十分もしないうちに元の姿を取り戻すだろう。
しかし、そうさせてはならない。
級位の低い退異師たちは、蛟 部分に飛びかかりどんどん斬りつけて肉片に変えていく。飛ばされた肉片はしばらく蠢いているが、そのうち動かなくなって色が変わる。色が変われば、「完全に死んだ」状態になる。
しかし、「完全に死んだ」状態の肉でも、異生物に吸収されればそれは再び異生物の栄養になってしまう。だから、退異師でない者達や初位退異師などが、その肉片を回収していくのだ。
これまで、なかなか回収の出番がなく、遠巻きに見ていた人々が、どんどんと肉片が斬り飛ばされていくのを見て慌てて回収し始めた。
「慌てるな!確実に色が変わったものだけを回収しろ!」
ティルガはそちらへの注意も忘れなかった。
一方、二位以上の退異師‥‥つまりウゼルとケイレン、そしてもう一人の二位退異師であるラッカイが異生物の身体の上を駆け上がり、そこに無数に生えている不気味な鷲 の大きな嘴のようなものを斬り飛ばしまくっていた。ウゼルがひとりで上から襲ってくる太い熊 の腕から二人を守って戦っている。
ケイレンとラッカイがほとんどの嘴を斬り飛ばし、他の退異師達によって蛟 部分もほとんどなくなった頃、ティルガはもう一度指揮笛を吹いた。それは退却の合図だった。
退異師たちが随分と小さくなった異生物から離れた時、ヒト型の部分がぐるりと身体を回してきて、ティルガの姿を捉えた。ティルガは三度目の雷撃を出そうと薄水色の靄を纏い始めていた。
ヒト型部分の腕が、しゅるるっ!と鞭のように伸びてティルガに襲いかかる。じっとして動かないティルガの前にケイレンが躍り出た。
「っらああ!」
ケイレンの大剣が、ティルガのすぐ目の前で間一髪ヒト型の腕を斬り飛ばした。しかしその後ろからもう一本の腕も伸びてきていた。ケイレンはそれに反応できない。
次の瞬間またドオオオオオン!!という轟音が響き渡った。
雷撃と、退異師たちの活躍により粉々に砕け散った核を見ながら、ティルガは荒く息を吐いていた。結局四度の雷撃で済んだのは運がよかった。また、ここにいた退異師達もよく働いてくれたからこそ異生物を斃すことができた。
今は、その遺骸の回収作業と、傷を負った人々の治療があちこちで行われている。カツカも現場まで下りてきて、忙しく指示を出していた。
怪我人はティルガが来る前にも数多くいたので、その治療には随分と時間がかかるようだった。
何より、先ほどティルガを庇って異生物の腕に背中を裂かれたケイレンの怪我が重い。
異生物による怪我は普通の怪我とは違う。普通の怪我であれば、医師によってマリキなどのちからで修復できるのだが、異生物はその身体に「ニゴリ」と呼ばれる瘴気のようなものを纏っている。これは人体のみならず、全ての生物に害を及ぼすものだ。
だから表向き怪我はしていなくとも、このニゴリにやられて体調を悪くしているものも少なくなかった。
ケイレンは意識不明の重体だ。瘴気が身体中に回っているらしい。残り一つだった万能薬ものませ、背中に受けた傷はよくなった。だが、瘴気が体内で暴れまわりどんどんとケイレンの力素を食い散らかしている状態までは治せない。
ティルガはこの勇敢な:若者(ルビ )が自分を庇ってこんな状態になってしまったことに心を痛めていた。
「カツカ殿、何とかならないか?俺を庇ってこんなことになったんだ。俺ができることなら何でもする」
カツカは土気色のケイレンの顔を見て、少し考え込んだ、
「力素回復薬を規定量のめば、あるいは‥」
「ではそれを」
カツカは項垂れた。
「‥それが、もともと数が少なかったうえに、少しずつ色々なものに飲ませていたので、一人分の規定量がもうないのです。‥請負人協会 に頼むとしても時間が‥」
「では、一度請負人協会 に行ってみよう。イェライシェン本部だな?」
「確か販売していたのはそこだ、‥ティルガ殿?」
カツカが横を向いた時には、もうティルガの姿はなかった。
ティルガは、以前来たことのある:請負人協会(ルビ )本部の会長室に転移した。転移する際には転移先になにも物がないように探ってから行う。転移、と言ってはいるが、実際は転移先の物質との「入れ換え」なのだ。何もない場合、そこの「空気」と自分の質量を入れ換えている。
会長室は無人だった。ティルガは会長室から扉を開けて外に出た。廊下ではバタバタと足音がして随分と騒がしい。
ティルガはヒトの気配がする方へ歩いていった。すると一人の小柄なキリキシャに行き当たった。
「ティ、ティルガ様!」
「よう、受付の‥コトル、だったか?」
コトルはポッと頬を染めた。この高名な光級請負人 が、受付の一人に過ぎない自分の名を覚えていてくれたとは‥!
コトルは弾む鼓動を抑えながら応えた。
「あ、はい、あの、どなたかにご用事ですか?」
「ああ。カズリエか、ヤーレはいるか?」
「カズリエ様はちょっと出てらっしゃいますね。ヤーレ様は‥あ、今戻られたようです、あそこに」
指差された先には階段を上がってくる大柄のレイリキシャの姿が見えた。頭が鳥の巣のようにぴんぴんと跳ねまくっている。
ティルガは手を挙げて大きく振った。
「ヤーレ!頼みがあるぞ!」
ヤーレは目を丸くして、タラッカンにいるはずのティルガを見つめた。そしてすぐさまティルガの傍まで走ってやってきた。
「おい、タラッカンに行ったんじゃないのか?何かあったか?」
「ああ、タラッカンには行ったよ。異生物はもう討伐済みだ」
淡々とティルガが語るのを聞いて、ヤーレは深く息を吐いた。
「はあああ‥さすがだな。もう終わったのか‥わざわざ報告に来てくれたのか?」
「いや、違う。‥俺を庇って重体になっている退異師がいてな‥‥力素回復薬とやらは、ここにはあるのか?」
そう問いかけたティルガの声を聞いて、急にヤーレの顔つきが変わった。
「‥そこの会長室に入れ。そこで話をしよう」
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