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第126話

タラッカンでのジュセルの滞在は三日に及んだ。それはケイレンの回復を待っていたからではなく、ジュセル自身の体調が安定しなかったからだった。転移をする、ということは相当に身体に負担をかけるらしい、ということが身に沁みてわかる。 それを、何度も難なくこなしているティルガは、本当に雲の上のヒトなのだなあとしみじみジュセルは思った。 ナジェルもケイレンも身体の傷は治っているのだが、そのために使った体内の力素が通常ほどに落ち着くまでに丸一日はかかった。が、言い換えれば丸一日で済んだ、ということだ。高能力者(コウリキシャ)と自分では、そもそもの身体のつくりが違っているのだろう、とジュセルは寝台の中でぼんやり考えた。 ケイレンの回復の速さとその異常さについて、医師であるマリキシャたちは随分不審に思ったようで、何度もジュセルやケイレンのところに質問をしに来ていた。だが、ティルガがそれを見つけるとすぐにやってきて、「恋人同士のことに首を突っ込むな」とやや見当はずれのことを言って追い出すのが常だった。 無論、ティルガはその異常さに原因があり、そしてその原因がおそらくジュセルなのだろう、ということがわかった上での行動だった。ジュセルもケイレンもそれを理解しており、心の中でティルガに深く感謝した。こんな頼りない天幕しかないようなところで、重要な話はできない。ケイレンは、この仕事が終わったらぜひ一度自分の屋敷に来てほしい、と言うにとどめた。 ティルガもそれに応えた。 「仕事は立て込んでるが、お前の家に寝泊まりさせてくれるんなら仕事明けはお前の屋敷に行けるぞ」 というのがティルガの回答だった。転移を使えるから、どこで仕事があろうともケイレンの屋敷に帰ってこれるということらしかった。 ケイレンは少し身体の調子がよくなるとすぐに起き上がって、ジュセルの世話を焼き始めた。ついさっきまで死にそうだったやつが何をしてるんだ、とジュセルは呆れるばかりだったが、当のケイレンはそんなジュセルの顔など知らぬげに甲斐甲斐しく世話をしていた。 ジュセルがこんなになるほど身体に無理をしてまで、自分のところに来てくれたという事実がケイレンの胸を沸き立たせていた。 出会ったばかりのころ、そっけなく不審者を見るような目で見られていたことを思えば、夢のような気持ちだった。 しかもハリスは既にカラッセ族の次代候補から外されており、全族長会議を待つ身だとも聞いている。心配していたジュセルの、とりあえず喫緊の危機は去ったのだ。 イェライシェンの屋敷に帰ったら、たくさんジュセルを甘やかして愛したい。 ケイレンはそのことを考えてうきうきしていた。 一方、たくさんのことが気にかかっているジュセルは見舞いに来てくれたティルガに、興味津々色々なことを尋ねた。無論、ここで尋ねても支障のない内容に限ってのことである。 「転移って、一日に何回もできるんですか?」 「慣れてしまえば、転移自体はそんなにキリキを使ってないからな。割と俺は簡単に使ってるな」 「何が一番キリキを使うんですか?」 「やはり雷撃だな。異生物相手だと打ち込む場所自体にもかなり気を遣うから、デカいのはまあ日に五回が限度だ」 「らいげき‥?」 ピンと来ていないジュセルの顔を見て、隣でお茶を飲んでいたケイレンが答えた。 「人為的に雷を落とすんだ。俺も初めて見たけど、凄まじかったぞ‥」 ケイレンが身震いするのを見て、ジュセルは唖然とした。そんな話は聞いたことがない。 「雷撃を落とす、って‥俺初めて聞きました」 そういうジュセルに対し、ティルガ身はのんびりと顎の無精髭を撫でながら答えた。 「まあ、俺以外でやってるってヒトにはまだ会ったことがないな」 「すご‥」 同じキリキシャでありながら、生まれ持ったキリキの量でこんなにも違ってくるものなのか。そしてそれが当たり前なのか。またジュセルは、自分が日本での常識にとらわれていることに気づく。 力素自体が、日本‥地球にはなかったものなのだから当然と言えば当然なのだが、未だにこの感覚には慣れない。 「しかし、ジュセルにもキリキはあるだろう?」 「‥‥俺のはちょっと風を吹かせるくらいしかできないです。それも長くはできないし‥」 髪を乾かすのに今は使っているくらいだが、ジュセルの髪がもっとほかのヒトくらいに長くなればそれもかなわなくなるだろう。 「すごいですね、ティルガさん』 心からそう思ってジュセルは言ったのだが、ティルガはその賛辞を受けて何とも言えない顔をした。 「‥‥まあ‥ヒトの役には立ってるみたいだからいいんだけどな‥俺自身は‥あまりこの力があってよかったと思ったことはないよ」 ティルガの静かなその言葉に、ジュセルは胸を衝かれた。力素回復薬を自分しか作れない、ということについて身の危険を感じたときの、怯えた自分と重なる。 「‥過ぎた能力は、そのヒト自身を幸せにするとは限らないんですね‥」 しみじみとそう言うジュセルを見て、ティルガは困ったように微笑んだ。 「まあ、そうだな。俺は龍人(タツト)様に、『お前は家族や親しいものを作るな』って言われてるしなあ」 龍人(タツト)‥?最近聞いた言葉だ、と少し考えてジュセルは思い出した。サイリが少し付き合いがあると言っていた種族だ。しかし、その言われようは随分と理不尽な気がする。 「なんで、そんなことをそのヒトに言われなくちゃならないんですか?」 ジュセルの言葉には、怒りと憤りが含まれていることがわかったのだろう、ティルガはふっと唇の端をあげて笑い、手を組んでその上に自分の顎をのせた。 「龍人(タツト)様は基本、人間の生活には関わらないし口出しをしない」 「じゃあどうして」 ティルガは、ふう、と短く息を吐いた。 「俺のちからが、龍人(タツト)様から見たら看過できないほどに、大きかったからだと思う」 ジュセルはティルガの言いたいことがよくわからずに目を瞬かせた。ケイレンがまた言葉を添えてくれる。 「‥もし、ティルガのちからを好きに使いたい‥悪いことに使いたいやつがいたとしたら‥どうやってティルガに言うことをきかせると思うか?」 そこまで言われてようやく、ジュセルはあっと口を塞いだ。 「‥そうか、人質に取られて、危ない目に遭う‥」 「まあ、龍人(タツト)様が心配されていたのは、人質に取られて危ない目に遭うヒトの方じゃなく人質を取られた俺が危ないことをする方、だったけどな』 龍人(タツト)はヒトの営みに関わらない、そう言っていたサイリの言葉を思い出す。 ティルガは続けた。 「おれのちからは、ヒトの生活を脅かすほどに大きい、だから親しい者を作らずに漂泊の人生を送れ、と言われたんだ」 ジュセルの唇が震えた。 「‥そんなの‥そんなの、寂しいじゃないか」 「‥そうだな、そう思ったこともあった」 ティルガそれでも微笑んだ。 「だが、俺はそうやって生きるためにこのちからを与えられて生まれてきたんだ、と今は思ってる。だからきちんと自分のちからを使って人を助けたい」 ティルガは組んでいた掌をほどき、背筋を伸ばすとじっとジュセルの顔を見た。 「そういう生き方を‥まあ言ってしまえば強いられるヒトのことを、ジュセルはどう思う?」 その真っ直ぐで強い視線を受けたとき、ジュセルはハッとした。 これは、自分に向けられている質問だ。 力素回復薬、という、とんでもないものを作り出してしまった自分への言葉。 自分も、ティルガと同じように、親しい者を作らず生きていくべきなのだろうか。でも今いる家族は? ‥‥ケイレンは? 頭の中が真っ白になってうまく考えがまとまらない。いや、最適解はすでにティルガが出している。自分は、それに従いたくないだけだ。 従わなくていい言い訳を、必死に考えているだけなのだ。 ジュセルは、震える唇に言葉をのせた。 「‥‥俺は‥俺なら‥やっぱり、愛する人たちと日々を暮らしたい」 ティルガはその言葉を聞くと、黙って深く頷いた。 そして、「そうか」と一言だけ答えた。

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