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第127話
三日が過ぎて、ジュセルとケイレン、そしてナジェルの三人は、退異師会が用意した特別仕立ての機工車でイェライシェンまで帰ることができた。それは最新型の機工車で、本来なら三両以上連結して走らせるようなものだったが、今回の討伐の功労者ということで、特別に三人のために運行された。
ケイレンの屋敷まで送ってもらい、見慣れた建物が見えてきたとき、ほっとした自分にジュセルは気づいた。ああ、もうここが自分の居場所になっているのだな、としみじみと思った。
屋敷では事前に連絡を受けていたらしきヤーレが、スルジャ、アニス、サイリと共に出迎えてくれた。
「ルバロ高山地帯での終身強制労働になったらしいぞ」
ジュセルの命を狙っていたハリスの顛末を、ヤーレはそう語った。ルバロ高山地帯、という場所についてジュセルは聞いたことがなかったが、ケイレンが目に見えて安堵の表情を見せた。
「あそこなら下手に出てくることもできないな‥とりあえずよかった」
ジュセルの安全を考えるのは勿論だが、ハリスの自分に対する執着に気味の悪いものを常々感じていたケイレンは、自分でも思っていたよりハリスのことが負担になっていたのだな、と感じた。
そんなケイレンの顔を見て、ジュセルは思わずその手をぎゅっと握った。頼もしい恋人が、まるで寄る辺ない子どものような顔に見えたからだった。
ケイレンはすぐにぎゅっと手を握り返してくれた。
「ありがとう、ジュセル。大丈夫だ」
そんな甘い雰囲気の二人を見ながら、わざとらしくげほんげほんと咳をしてヤーレは話を続けた。
「シンリキ抑制腕輪をもう少し強力なやつに付け替えてからの移送だから‥えーっと、明日が移送だな。まあお疲れ。とりあえずはここでゆっくりしろよ。どうせお前の仕事は入れてねえし」
「ジュセルは?」
ヤーレの軽い言葉にもごまかされずケイレンがすぐさまそう切り返すと、う、とヤーレが唇を噛んで目を逸らした。
「や‥えー‥できれば‥ジュセルにはなるべく早く‥生成作業をだな‥」
ケイレンは腰に提げていた大剣を鞘ごと引っこ抜くと、そのままダン!と床について大きな音を立てた。そしてほんの少し高いヤーレの視線を捉え、ぎろりと睨 めあげる。
「ジュセルだって体調崩してたんだ。薬飲んでない分、ジュセルの方がまだ大変なんだぞ?それを帰ってきてすぐに働かせるつもりなのか?」
「戦争起こしたくなかったら働いてもらうしかないわよ」
ケイレンの声に応えたのはいつの間にか玄関に入ってきていたカズリエだった。小柄な身体の胸を張り、腕を腰につけてケイレンのことをじっと見上げている。
まさかのカズリエの登場に、ほっとしたヤーレ以外の全員が驚いた。
「会長、どうして‥」
呟くナジェルにカズリエは淡々と話す。
「ナジェル、あんたは肌で感じてるでしょ?ジュセルのあの薬‥効き目もすごいものだって」
確かにカズリエが言う通り、戦闘中に飲んだ力素回復薬の効き目のすさまじさは身をもって理解している。
荒事を生業とするものなら、あれはいくら払っても‥どんな手段を使っても欲しいものだ。
黙ってただ深く頷いたナジェルを、カズリエは満足そうに眺めてまたケイレンの方を見た。
「あんただってそのお陰で生き返ったようなもんでしょ。ちょっとはその足りない頭で考えな」
ぴしりと決めつけるようにそう言い放ってから、カズリエは横で立ちすくんでいるジュセルの方に視線を移した。
唇を噛んで顔を白くしているジュセルの、もう片方の手をカズリエは優しく取った。
「悪いわね。まだ成人したばっかりのあんたに、結構な荷物を背負わせることになっちゃって。‥でも多分、遅かれ早かれこういう事態にはなってたと思うから、まだ請負人協会 の管理下でできてる分、マシだと思ってちょうだい」
「‥はい‥」
ごく、真面目な調子のカズリエの言葉に、ジュセルは頷くしかなかった。だが、隣のケイレンは恫喝するような低い声を出してカズリエにかみついた。
「せめて一日か二日、休ませてやってください!長い間機工車に乗って帰ってきただけでも疲れてるんですよ?ジュセルが倒れたら元も子もないのはあんただってわかるだろ?!」
そういうケイレンの顔を見て、カズリエは少し考えるふうにしてジュセルの顔をもう一度見た。そしてふう、と短いため息をつくと肩をすくめ、掌を肩の位置で上にあげた。
「あげられるのは今日一日くらいしかないわ。前回の販売数が規定量じゃなかったってんで各方面からものすごい苦情が殺到してるの。次の販売日‥今日からするとあと七日しかないわ。それで三十個、確保してもらわなきゃカルカロアの隊商会やルビニの傭兵団が攻め込んで来そうな勢いだからね」
ジュセルは七日で三十個を作ることを考えると気が滅入った。決して難しい作業ではないのだが、ただただ面倒なのだ。今はアニスもいるから前よりかは少しマシかもしれないが‥。
そう考えて、ジュセルは力なく頷いた。
「できる限り・・頑張ります」
カズリエは微笑んだ。
「悪いわね。七日後の販売日の次からは、値段を共金貨二枚に上げるつもりなの。だからもう少し落ち着くと思うわ」
さらりとそう言ってのけるカズリエに、ジュセルは気が遠くなりそうだった。売価共金貨二枚のものを、自分が作る‥?そう考えるだけで足がガクガク震えそうだ。
それに気づいたのか、ケイレンがつないでいた手を離し、その手でぐっとジュセルの肩を抱き込んでくれた。
「ジュセル、俺ができることは何でもするから。俺がついてる」
ケイレンにそう言われて、ようやくふっと肩の力が抜けた。自然とジュセルの頭がケイレンの肩の方に寄りかかる。それを見て、カズリエがにやりと笑った。
「黒剣、あんたもよく支えてやんなさいよ。あんたの大事な子なんでしょ」
「言われなくたってそうする!」
心中、よしよしこれでもう一人の人手は確保できたな、と考えているカズリエのことなどわからないケイレンは、ひしっと腕の中にジュセルを抱きしめた。
横にいたナジェルとヤーレは、カズリエの顔を横目で眺めてひっそりとケイレンに同情した。
とりあえずジュセルは休んだ方がいいだろう、と部屋までケイレンが運んでくれた。子どもじゃあるまいし大丈夫だと言い張ったが、ケイレンはまるで聞く耳を持たなかった。
「そもそも、ケイレンの方が死にそうだから俺行ってただけなのに!なんで俺の方が重傷みたいな扱いになってんだよ!」
「実際、体調は崩してただろ?ジュセルのお陰で俺はもうほとんどよくなったけど、やっぱり転移はヒトの身体に負担が大きいんだよ。いくらキリキシャでも‥」
ジュセルは高能力者 じゃないんだから、という言葉をケイレンは飲み込んだ。ジュセル自身が傷つくかもしれないと思ったのは勿論だが、ジュセルのこの能力は、高能力者 ではないと言い切っていいものなのか、判断できないと思ったからでもあった。
柔らかい寝台の上に下ろされて、横たえられる。下から見上げるケイレンの瞳には、まだ色濃く心配が残っている。
その美しい顔を眺め、さらりと落ちてくるケイレンの艶やかな黒髪に手を伸ばして指先でつまんだ。あんなに苦しそうにして顔色もかなり悪かったのに、今では全くそんなことを感じさせない。艶々した髪の束を指先で弄びながら、思わずジュセルはふふっと笑った。
「どうした?ジュセル」
「ん?ん~、‥ケイレンが、生きててよかったなって」
ふへっと顔を崩し笑いながらそう言うジュセルが、たまらなく愛おしくなった。ケイレンは一度寝台の上に座り直し、短靴を脱ぎ捨てるとジュセルの身体の上に覆いかぶさった。驚いたジュセルは顔を赤くしてケイレンの胸に手をついて押した。
「お、おい!何すん‥」
ばくり、と食べられるような口づけ。ジュセルの唇を全部自分の唇で覆ってからぺろりと舐め上げる。抗議の声を出そうとしたジュセルの口の中に素早く侵入し、ねろっと舌を擦った。
「んっ、ふ‥」
舌を吸われてジュセルの身体から、かくりと力が抜ける。油断していた分、与えられるか快楽から受ける衝撃は大きい。
好き放題に咥内を蹂躙してから顔を離したケイレンは、ジュセルの額に自分の額を擦りつけながら言った。
「ジュセル、問題は解決したな」
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