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第136話
ハリスによると思われるカリエの暗殺から七日後、次に入ってきた知らせはハリスの親 である現カラッセ族長、ゼーダが襲われ重体になった、というものだった。ゼーダは他の族長や部族議員、国民議員と同じように自宅待機中で、大国議会警察から派遣された警備者達に守られていた。
しかし、ハリスの手の者は家族しか知らないような裏口から入り込んで、食事中のゼーダを襲ったのだ。
すぐさま、部屋の外で警戒に当たっていた警備者達が対応し、それによって暗殺者は捕らえられた。しかし、暗殺者はその場ですぐに、毒を含んで死んでしまった。
ゼーダは胸を三箇所も深く刺され内臓がいくつも傷ついた状態となり、その上出血、力素欠乏ともに酷く、いつ息が絶えても不思議ではない状態が続いている。ゼーダの屋敷には一層厚い警備態勢が敷かれ、医師たちが詰めっきりになっているらしい。
請負人協会 の方にも、力素回復薬を融通してほしいという依頼が来て、ジュセルをはじめとする屋敷の面々は夜を徹して回復薬の生成につとめた。
襲撃から三日が経っても未だ、ゼーダの容体は予断を許さない状況のままである。
本来なら通常の族長会議や国民部族議会が開かれる時期であるのだが、いつ、どのような形で襲撃があるか測れない状況では開催することができず、国内政治は停滞していた。
一方、ケイレンの屋敷では、ゼーダの襲撃の一報を受けて防護機工をまた新しく組み直した。ゼーダの屋敷の防護機工は暗殺者によって無効化されていたらしいが、さすがにそれはハリスが実家のことをよく知っていたからだろうと推測されていた。できることはやっておこう、とアニスとケイレンが主となって機工躯体を組みあげた。
ヤーレは忙しくケイレンの屋敷を出入りし、ありとあらゆる手段を使い情報を集めているようだった。が、その疲弊した顔を見れば、成果があまりはかばかしいものではないのだろうということが屋敷内の人々にもわかった。
ジュセルは睡眠時間を削って力素回復薬の生成に当たっていた。スルジャ、アニス、サイリの手伝いに加え、ナジェルやケイレンも屋敷の警護をしながらできる限りの手助けをしてくれていた。ティルガは力素回復薬の材料や食料の調達、情報収集などを、転移能力をうまく活用して行ってくれている。
ゼーダのところに三つ目の力素回復薬を届けた後、ようやく危ないところを越したという知らせが、極秘のうちにカズリエに届けられた。カズリエはティルガを介してケイレンの屋敷にもそれを伝えさせた。
ジュセルはその知らせを聞いて、ほっと息を吐いた。
「‥よかった‥もうこれ以上、誰かが死んだなんて知らせ、聞きたくないよ‥」
ぼそりとそう呟いたジュセルの言葉に、そこにいた面々は皆、沈痛な表情を浮かべた。それに気づいたジュセルは、はっとして焦りながら付け加えた。
「いや、この先、そういうわけにはいかないことはわかってるよ!‥みんなのこと、責めてるわけじゃないし、あの‥俺は自分の身もろくに守れないから」
「ジュセル、変に気を遣わなくていい。俺達は皆、‥ヒトを傷つけた経験を持ってはいるが、ジュセルに悪く思われてるとかは考えてないから」
ケイレンがそういって、ぽんぽんとジュセルの頭を撫でた。
自分の親 でさえ容赦なく暗殺対象にする、というハリスの暴力性、異常性がより浮き彫りになったこの一件で、ケイレンの屋敷に住む人々の警戒は非常に強くなっている。
そんな状況で、荒事に慣れておらず、自分の身も守れないのはこの中でジュセルだけだ。もし、誰かがジュセルの命を狙って急襲してきたら、ジュセルは身を隠すことくらいしかできないのだ。それがどうにも申し訳ない上、ヒトを傷つけるなんて誰だってやりたくはないだろうに、自分のために他人がそのようなことをしなくてはならない、と思うのがジュセルは辛かった。
しかし、ジュセルとともに長い時間を過ごしてきた人々は、そういったジュセルの葛藤や優しさをよく理解していた。だから皆、ジュセルを見守るようにして微笑んでいる。
「ジュセルを守るのは、請負人協会 としての仕事にもなってるんだから気にしなくていいんだよ。ちゃんと協会から依頼料も出てるんだし」
「そうだよ!それに、力素回復薬があるってのはすごく今の状況だとありがたいことだよ!ジュセルがいないと生成できないんだから。ジュセルの身を護るのは当然なんだからね!」
アニスの言葉に続いて、スルジャも興奮気味に言葉をかぶせてくる。そこにナジェルが冷静に言った。
「生成を急かされることが多くなってジュセルも大変だとは思うけど、回復薬があるかないかで今の状況は随分マシなんだと思ってる。高能力者 が力素の枯渇を心配せずにちからを使える、ってのはありがたいしね」
「そう、なんだ‥」
ジュセル自身は高能力者 ではないので、力素枯渇の危険度が今一つ実感できていない。以前、ケイレンからの音声機工を繰り返しちからを使って再生してしまい、ぶっ倒れてしまったことがあるが、それも訳がわからないうちに気を失った、くらいの認識だった。
ケイレンが横で深く頷く。
「帰還するためのちからを温存しなくてもいい、というのはデカいよ。思いきり目的に向かって力を振るえるからな」
「‥そうなんだ‥」
「そうだよ、だからカズリエがうるさく数を作れって言ってくるんだよ。‥どうせいっぺんには売らないくせにねえ」
スルジャの言葉に、ジュセルは少し困ったような顔を作って苦笑した。
元々は十日おきに三十個売る、と言っていた条件を、カズリエはこの緊急事態を受け、もっと厳しくすることにしたのだ。一般の個人に売るのはやめ、何らかの組織を通した者にしか売らないことに決めた。しかも、個数も余程の事情がない限り一個ずつしか売らないことにし、さらに値段は一気に倍の共金貨二枚に釣り上げた。
無論、様々な業界から苦情や脅迫めいた文句が出たが、カズリエは
「今は緊急事態よ。ハリスが捕まるか死ぬかするまでは下手なやつには売れないわ。だいたい万が一、ハリスにこの薬剤が渡ったらどうするつもり?力素枯渇の心配がない状態のハリスと対峙したいやつがいるわけ?!」
と一喝したことでおさまった。
人手も増え、何よりも生成のコツを掴んできたことによってジュセルの作業速度も上がっていき、ハリスの脱獄からひと月余りが経つ頃には安定して一日に四、五個の回復薬を生成できるまでになっていた。
同じころ、カズリエがケイレンの屋敷を訪れた。遠慮会釈もなくずんずんと玄関まで侵入してきたので、これまでにないくらいの音量で防護機工がけたたましい警報を鳴らし住民を驚かせた。
「一回、持ってきといた方がいいと思ってね」
アニスやケイレン、スルジャに、防護機工があるってわかってるよな、とさんざん文句を言われながら、カズリエが小さな袋をガシャンと音を立てて机上に置いた。そしてしれっとジュセルが出したパウンドケーキをがつがつと食べている。
目顔で開けろ、と促されたジュセルが袋の口を開けると、中には共金貨が詰まっていた。
「!!!???」
驚愕したジュセルがぎゅっと袋の口を握りしめ、きょろきょろと意味もなく辺りを見回した。唇を震わせつつきゅっと噛んで、ケーキを平らげたカズリエの方を見る。お茶をごくりと飲んだカズリエが、それに気づいて言った。
「あんたの取り分よ。給金とは別の歩合制のお金。今回の分は、最初に収めてから前回までのぶん。共金貨で二十四枚だったけど、色々急がせたりもしたから今回は色付けてキリよく三十枚にしてあるわ」
共金貨、三十枚‥‥きょうきんかさんじゅうまい‥?っていくらだっけ‥?
思考が止まってしまって口がきけなくなり、小刻みに震えているジュセルを、慌ててケイレンが支えた。
「ジュセル大丈夫か?」
「ケイレン‥きょうきんかさんじゅうまいって、いくら‥?」
「あ、ジュセルが莫迦になってる」
スルジャの変に落ち着いた声を聞いてから、ジュセルの記憶が飛んだ。
*共金貨(大陸共通金貨)三十枚は、およそ三千万円です。
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