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第137話
「‥ん」
何だかふわふわした感触のまま、ジュセルは意識を取り戻した。目を開けると、見慣れた天蓋が視界に入ってくる。どうも伴侶用のあの大きな寝台に寝かされているらしい。
ケイレンの我慢が難しいので別に寝よう、とジュセルが申し出たのだが、ケイレンがしつっこく、最後には床に頭をつける(いわゆる土下座)までして
「ジュセルがいいって言わなかったら手を出さないから!!‥最後までは!」
と泣きついてきたので、このところいつもここで二人で寝ている。
あの、ケイレンの「‥最後までは!」の部分をジュセルはうっかり聞き逃してしまったせいで、最後まで‥挿入まではいかないものの、毎晩なかなかに艶めかしいことをされ続けている。
「もうやめろ」
とジュセルがいくら言っても、ケイレンは鬼の首を取ったかのように
「だって最後まではしてないぞ?‥ジュセルは、気持ちよくなってくれてればいいだけだから‥」
などと抗弁して、好き勝手にジュセルの身体をいじくり回すのだ。
ジュセルだとて、成人したばかりの健康なヒトだ。無論、そういったことをするのに否やはない、のではあるが、いかんせんケイレンとの体力差があり過ぎる。おそらく、ではあるが、ケイレンはジュセルが止めさえしなければ、一晩中でもジュセルを揺すぶっていられるのではないだろうか。
そう考えるとジュセルはぞーっとしてしまうのだった。‥腰が死ぬ未来しか見えない。
たとえ自分の欲が満たされなくても、ケイレンはしつこくジュセルを悦がらせようとありとあらゆる手段を使ってくる。しかもそれが‥‥抜群にきもちよくて、ジュセルはだんだん訳がわからなくなってしまうので始末に負えない。
(‥‥あれ、でも‥俺なんでここで寝てるんだっけ‥?まだ、昼‥)
そこまで考えてようやく、あの共金貨の詰まった袋のことを思い出した。
(‥見慣れない大金見て、気を失ったのか俺‥)
結構情けねえな、と思いながらゆっくりと起き上がった。寝台横の小抽斗 には、水差しとグラスが置いてあったので、ありがたくそれをグラスに注いでのどを潤した。
「ふう‥」
また目を瞑って背中を枕に持たせかける。
(冷静に、冷静になれ、俺‥まあ、今回はかなり数も作ったし、カズリエさんは色も付けたと言ってたから多かった、んだと思う。‥‥だとしても、あの感じだと今後も共金貨で歩合は支給されそうだな‥)
急に高給取りになってしまった自分に、全く実感がわかない。‥とりあえず今回の三十枚はすべてケイレンに押しつけよう。‥絶対教えてくれないけど、あの裏請負 のグーラってヒトに払った金額は相当に高かったはずだし、万能薬も一回使わせてるし、俺のために防護機工二回も組んでるし、‥あと、この家で結構好き勝手に食材使って料理してるし‥‥。ウン、そうだ、ケイレンに押しつけよう!
そう思い定めて枕の方に持たせかけていた上半身を起こし、寝台から足を下ろした。ジュセルの短靴も置いてあったのでそれを履いて立ち上がり、うーんと伸びをした。
するとちょうどその時、ケイレンが温かい茶を盆にのせてそっと扉を開けて顔を出してきた。立ち上がっているジュセルを見て、すぐに近づいてくる。
「もう起きて大丈夫なのか?ジュセル」
ケイレンはテーブルに盆を置くと、すぐにジュセルをぎゅっと抱きしめた。そのまま流れるように手をジュセルの後頭部と頬に添えて口づけてくる。唇をそっと挟むようにちゅっと音を鳴らすと舌先でジュセルの唇を割って中に入ってこようとする。
「ちょ、ま」
抗議しようとジュセルが口を開いてしまったその隙をついて、ケイレンは厚い舌を中にねじ込んできた。ジュセルの小さな舌の上を探るようにねろりと嬲ると、上顎を舌先でくるりと舐める。
ジュセルはもうそれだけで、腰がガクガク震えてしまい、力が入らなくなるのだ。
(‥‥‥マジで、こないだまで童貞だったんだろうなこいつ‥!?なんか。なんか色々うますぎねえ?!)
自分だけが、あわあわとしている気がしてちょっとだけ腹立たしいというかなんというか。
いや別にケイレンが初物(=童貞)だったことを疑っているわけではないんだけども!
だが、こうまでするすると何の戸惑いもなくジュセルの唇を奪い、身体を蕩かせ、流れるように寝台に押し倒してくるケイレンに、どうしても‥‥ムカついてしまう。
寝台の上に転がされたジュセルは、ぐい、とケイレンの厚い胸板を手で押し返した。すると、捨て犬 のようなしょんぼりとした顔をしてケイレンがこちらを見てくる。
「ダメなのか‥?ジュセル」
‥‥‥くっっっそ~~~!
顔がいいんだよ顔が!!
「じゃ、あたしは帰るわ。次からの歩合金は口座に入れたいから、どっかに口座を開くようにジュセルに言っといて」
スルジャはカズリエにそういわれて、首をひねりながら応えた。
「まあ言っとくけど‥しばらくは黒剣がこの家からは出さない気がするけどねえ~」
「だから今回は、お礼の気持ちも込めてこのあたしがわざわざ持ってきてあげたんじゃないの。その辺のことも言っといてよ。じゃあね」
カズリエは言いたいことを言ってしまうと、アニスの皿からパウンドケーキをかっさらって帰っていった。アニスは、はあ、と呆れたようなため息をつきながら玄関から出て、カズリエが突破した防護機工の点検に出ていった。
応接室に残されたのは、スルジャ、ナジェル、サイリの三人だ。ちなみにカズリエは、ナジェルとサイリの分のパウンドケーキも分捕って食べてから帰っていった。
スルジャも、はあ、とため息をついた。
「‥絶対、黒剣はジュセルを家から出さないだろうなあ‥」
「でも、口座を開設するのは本人しかできないしねえ」
サイリがそう言って首をかしげる。金を預かってくれる場所で一番大きいのは、金の清濁を問わず絶対的に守ってくれる預取金庫 だ。
預取金庫 の口座開設手数料は共銀貨五十枚。年間管理費は共金貨一枚という強気の値段である。だがその分絶対に預けた金は保証され、どんな権力をもってこられても口座所持者の情報は漏らさない。
そういう利点もあるので、資産家や裏稼業のものなどもよく利用している。預取金庫 自体は貸付は行わず、集めた金を使って資産運用をしているらしい。
もっと庶民向けなのが、預貨倉 である。こちらの口座の開設費と年間管理手数料は、ともに共銀貨一枚という安さだ。庶民が家にまとまった金を置いておきたくない時や、子果納め金を貯める時などに使われている。
預貨倉 は、庶民向けに貸し付けも低金利で行っている。こちらには、国からの補助金も出ており、人件費などはそれで賄われていると言われている。
「まあ‥これからのジュセルの収入額を考えたら、預取金庫 一択な気がするけど」
「‥じゃあ、余計に黒剣はジュセルを連れて行かないよ。あそこはどんな奴が来てるかわからないからさ」
ナジェルも訳知り顔でそう言った。スルジャもその言葉に大きく頷きながらう〜んと唸った。
「‥とりあえず、この袋隠し部屋に置いとくかあ‥あの二人、最近寝室に行くと高い確率で全然帰ってこないんだから‥」
ぶつぶつとそう言いながら、嫌そうに共金貨をつまみ上げたスルジャに向かい、サイリはにやにやと笑った。
「‥スルジャ、ジュセルと過ごす時間が少なくなって、寂しいんだね?」
スルジャは、一瞬きょとん、とした顔をしたが、すぐに頬を膨らませて反論した。
「子どもじゃあるまいし!そんなことないっ!もう!」
プンスカ怒って肩をそびやかしながら応接室を出ていく後ろ姿を見て、サイリとナジェルはくすくすと笑い合った。
「‥横恋慕じゃなくてよかったけど」
「スルジャは子どもみたいなところがあるからねえ。ジュセルはジュセルで、なんか若いのに親 っぽいところがあるし」
ふふっと笑い合いながら、ふとサイリは真顔になった。
「‥でも、ケイレンが心配なのもわかるよ。‥ジュセルの持つ能力は‥‥危険すぎる」
ナジェルはサイリの美しい金髪をするりと撫で、頬に口づけた。
「龍人 の番い様に、知らせるか決めたのか?」
「‥‥‥ううん、まだ‥」
サイリは首を振った。
自分が知らせることで、あの若いキリキシャの運命が変わってしまうような気がして、サイリはどうしても知らせることができずにいた。
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