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第140話

再び、大国会議院環蕾(かんらい)の間。 ハリスを糾弾した時と同じ場所で開かれた族長会議は、選抜されて呼ばれた部族議員と国民議員も十名ずつ加わっていつもより姦しい中、重苦しい雰囲気が溢れていた。みな、ハリスに精神操作をされるのではないかと怖れているのがよくわかる。中には二、三人ほど平常と変わらぬ族長もいたが、他の族長や議員たちは暗い表情を浮かべてひそひそと話しているだけだ。 議長であるセリ族のパラタは、そうやって恐れている人々を体現したかのようにびくびくとした様子を隠しきれない様子で、何と言ってこの会議を始めればいいのか悩んでいた。 どうもハリスらしき人物が、ここから街道の距離にすれば5,5ゴルカ(=約500km)ほども離れた小さな漁村に現れたというのだ。 そして、知らせてきた人物は村の主要人物を操って何やらやっているらしいから助けてほしい、という書状を各所に届けてきた、というところまではパラタも把握していた。 パラタは忙しなく瞬きを繰り返し、カラッセ族族長の席に座っているザイダを見た。この臨時の緊急全族長会議は、ザイダの要請によって開かれたものなのだ。 口火を切るのはザイダであってもいい筈なのに、ザイダは難しい顔をして座ったきり、何も言わない。 考えてみればザイダはまだ族長の身ではなく、重傷を負って動けないカラッセ族族長ゼーダの代わりとして出席しているのだから、自分から口を開くことは憚られるのかもしれない。 それにしても、とパラタは恨めしく一同を見回した。まだ議長になって日の浅い自分を、誰か助けてくれてもいいものだろうに、と、的外れな恨み言を心の中で呟く。 全員が席に着いてから、既に十五分以上が過ぎている。だが、まだ誰も公には口を開かない。 とうとう腹を決めたパラタが、おずおずと切り出した。 「ええ‥今回の、会議はですな‥」 三十一人分の視線がさっとパラタに集まる。全身にその視線を感じたパラタは、緊張のあまり、言おうとしていた言葉が喉の奥に引っかかって出てこなくなった。 口火を切ったはいいが、硬直して言葉が出なくなっているパラタを見て、この中では一番族長歴の長いロス族のトロケが、ため息まじりに言った。 「落ち着け、パラタ。‥なかなかないような緊急事態だ。何を言えばいいのかわからない気持ちはわかる」 トロケにそう言われ、ようやくパラタは身体の力が抜けた。んん、と咳払いをしてかtら頭の中を整理し、話し始める。パラタとて族長に選ばれた者である。技量がないわけではないのだ。 「‥イェライシェンから遠く離れた地で、かの者が何かを企んでいるということですが‥今必要なことは、かの者の戦力がいかほどか、かの者の狙いはどこにあるのか、などを調べること、でしょうか」 パラタの言葉で、会議に参加していた者達がざわめき始める。みなはっきりとは言わないが、「誰がそれを確認するんだ」「そこに戦力を割く間、我々の警備はどうなる」「そもそも、ハリスのシンリキに立ち向かう術はあるのか」などと、後ろ向きな言葉ばかりがひそひそと取り交わされていた。 ロス族のトロケ、カンダル族のタスニ、そしてカラッセ族のザイダだけが静かにそれを聞いている。 パラタは、表立って誰も発言しない状況にどうすべきか、と思わず族長たちを見回した。そしてザイダの方を見たとき、かちりと目が合った。 パラタの目を見たザイダは、すっと音もなく立ち上がった。 立ち上がったザイダに気づいた面々は口を噤んで、議場はシン、と静まり返った。 ザイダはゆっくりと議場にいる面々を見回した。真正面からザイダの目をしっかりと見返した人物はそう多くなかった。しかし、ザイダはその顔を心に焼き付けた。 この者たちが、きっと真に国を憂える者達だ、と思ったからだ。 ひと通り全員の顔を確認すると、ザイダはゆっくりと話し始めた。 「我がカラッセ族のハリスが、このような事態を招いていること、誠に申し訳なく思う。ここに集う者に限らず、ハリスの影におびえる者は市井(しせい)にも数多くいるだろう。かの者の狙いがいまだわからないからだ。‥かの者は一人を殺し一人に瀕死の重傷を負わせた。これも許されざる所業である」 そこまで言って、ザイダはもう一度、議場にいる面々を見回した。そして、続けた。 「今、ハリスは何のかかわりもない無辜の民を操り、何かを企んでいる。ハリスの悪行は枚挙に(いとま)がないほどだが、‥‥私は強制性交幻覚剤(パルーリア)の生成に力を入れようとしているのではないかと考えている」 議場にいた者達が、音もなく息をのむのがわかった。今となっては、ひそひそ話をしている者は誰もいなかった。 その様子を確認して、ザイダは続ける。 「現在、かの魔の薬剤は遠く海と陸とを隔てたリンクウ大陸から密輸されていると聞く。しかし、中には粗雑な改悪品も混じっていて、それによる死者はこのところ増加の一途を辿っているのは、皆も承知のことだろう」 強制性交幻覚剤(パルーリア)は、今から約八十年ほど前にリンクウ大陸のヨーリキシャが生み出したと言われている。そのせいでリンクウ大陸では大きな事件が立て続けに起こったのだ。 にもかかわらず、あの薬剤はひっそりと作られ続け、各大陸を侵食していた。そのことを承知している面々は、みな黙ってザイダの話を聞いていた。 「‥皆が怯えるように、確かに今、ハリスに対抗できる具体的な策はない。しかしだからと言って、助けを求める民の声を無視することができようか?部族とは名ばかりの我々が、族長として議員として、この場に立っていられるのは民が学び働き、税を納めているからだ。そんな彼らの助けを求める声を、ただ無視することは‥俺にはできない」 ザイダは俯いてぐっと唇を噛みしめた。ハリスのせいで何人のヒトが命を奪われたのか。何人のヒトが、傷つき怯えているのか。 絶対に、ハリスをこのままのさばらせておくわけにはいかない。 「その、ハリスがいるというオクロト村には、俺が向かう。俺はゼーダ様に譲っていただいたシンリキ遮断頭環(とうかん)も持っている。‥幾人か、俺が信頼するものも連れて行くつもりだ」 ザイダのその言葉を聞いて、議場は再びざわつき始めた。そんなことを勝手に決めるのか、それで成果は得られるのか、ただ操られるものを増やすだけではないのか‥そのような声がざわめきの中から聞こえてくる。 「否定することしかできないなら、こんな会議を開く意味はない!諸君は何のためにその席に座っているのか!?この国の政を預かっているという矜持はないのか?!」 ビーン!と空気が振動するような咆哮だった。ぴたりとざわめきが止んだ。 「‥俺は行く。それを表明するために、この会議の開催を要求した。俺の行動の結果、次代を下ろされても構わないが、俺は行く」 ザイダはそれだけ言うと面々に向けて一礼し、そのまま議場から出ていった。 ザイダが出ていったのを見届けた一部の者たちは、皆俯きがちになっていた。「否定しかできない」というザイダの痛烈な言葉は、厚顔な者たちの心にも幾許(いくばく)か響いたのだ。 「‥さて」 口を開いたのは、カンダル族のタスニだった。 「血気にはやるカラッセ族の若者(ワクシャ)は、自分の責務を全うするため行動に出たようだ。‥では、残された我らは何をするべきかな?」 はっはっと嗄れたような笑い声がした。ロス族のトロケの声だった、 「お若いの、私から見ればお前も十分若者(ワクシャ)だよ。‥私は年寄りであの者のように動くことはできないが‥‥考えることはできる」 トロケは低い声でそう言うと、ザイダがやったようにぐるりと議場を見回した。顔をあげているものの目には、まだ光があった。 トロケは、髭の中でふっと微笑んだ。 「さて、ではどんな対策が取れるものか‥意見を出し合おうではないか。パラタ、進行を頼むぞ」 急に名指しされたパラタは椅子から飛びあがりそうに驚いたが、何とか心を落ち着けて返事をした。 「は、はい!‥まずは、‥‥そうですね、今ある戦力の分析から始めてみるのはいかがですか?」 トロケはほほっと笑い声をあげた。 「莫迦野郎!何考えてんだお前は!?」 どこからか今回の会議の内容を聞き付けて飛んできたヤーレに、ザイダは先ほどからしこたま怒鳴られていた。それでも手は休めず、オクロト村に向かう手配を進めている。速信鳥紙に何やら書き込もうとしてペンを取ったザイダの腕を、ヤーレは握って上にねじ上げた。 「‥ヤーレ、痛い」 「痛いだろうな!このままねじ折ってやろうか?!そうしたら行くの止められるよな!?」

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