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第142話

「あ〜ルコの砂糖煮にアマラソース‥うわ、ラッカ蜜まで!ジュセルいっつもラッカ蜜ほんのちょびっとしか出してくれないのに!」 スルジャの歓声に、ジュセルは軽く頷いて言った。 「あんなにしょぼくれてるヤーレさんの顔、見たことなかったからさ‥ほら、しぼんじまうから、早く食べて!」 「し、しぼむ?しぼむのかこの菓子!?」 驚いたケイレンが皿を持ち上げ、色々な方向からパンケーキを観察している。まあ、そんなにすぐはしぼまないだろうけど、と思いつつも早く食べてほしかったジュセルは曖昧に頷いておいた。 ジュセルとっておきのジャムを惜しげもなく使うことを許された面々は、皆満面の笑顔だった。ジュセル自身は、そんなにたくさんの高能力者(コウリキシャ)に会ったことがあるわけではない。けれど、自分の周りにいる高能力者(コウリキシャ)は全員、甘いものに目がないよなあ‥と大量に焼いたはずのパンケーキがものすごい勢いで無くなっていくのを見ながら、ジュセルはぼんやり考えていた。 とにかく、ヤーレが今は笑顔を見せている。そのことにジュセルはホッとしていた。いつもどこか飄々としていて色んなことをさばいてくれる、頼りがいのあるヒト、という印象のヤーレが、あそこまでへこんでいるのを見たのは初めてだったので、心配したのだ。 ヤーレは自分の皿に盛られた分のパンケーキを食べ終えると、腹をさすりながらため息をついた。 「どうにか、ハリスのシンリキに対抗できる策はねえかな‥このままじゃ、ザイダはほぼ丸腰であいつのところに行っちまう」 ザイダさんのことが心配で、あんなにしょぼくれていたのか‥とジュセルは納得した。何となく、ヤーレの挙動から見てザイダのことが好きなのかな、と思うことがあったからだ。 しかし、こんなにもザイダの身を案じるほどその気持ちが深いとは思っていなかった。 「シンリキかあ‥」 ジュセルの(シンシャ)であるアミリはシンリキシャだが、シンリキはほぼない。だからジュセル自身は、あまりシンリキというものを身近に感じたことがなかった。市場や商店などでたまにシンリキシャを見かけることはあっても、感じのいいヒトだなあ、という印象を受ける程度でしかなかったのだ。 お替わりのパンケーキに、たっぷりとルコのジャムと生クリームをつけてもぐもぐしているスルジャが言った。 「目をあわふぇなひゃいひんらけろねえ」 「‥スルジャ、呑み込んでから話せ。何言ってるか全然わからん」 ケイレンが自分の分をごくりと飲み込んでから言った。その横でサイリが苦笑している。 「‥確かにジュセルの菓子は美味しいけどね‥このルコの砂糖煮‥なんて言ったっけ?」 「ああ、ジャムね。アマラはジャムにはちょっと向かないんだよなあ」 「‥そう、ジャム。美味しいよね」 サイリはそう言ってぱくりとジャムをつけたパンケーキを頬張った。 ようやく口いっぱいのパンケーキをのみ下したスルジャが、ついでにごくりとお茶も飲んでから話し出した。 「精神操作系のシンリキはさ、目を合わせて相手の意識下に入るところから始まるんだよね。だから、目の見えないヒトにはどんな高能力(コウリキ)のシンリキシャでもちからが及ばなかったって話を聞いたことあるよ」 う〜ん、と唸る一同を見て、ジュセルはあれ?と思った。 「え、じゃあサングラスみたいなのを使えばいいってこと?目が合わなきゃいいんだよね?」 一斉に全員がジュセルの方を見た。その視線に思わずジュセルは身体を引く。‥そんなに自分は変なことを言っただろうか?‥‥あっ、サングラスって言っちゃった‥。 「ジュセル、さんぐらすって何だ?」 「どこでそれ見たの?」 「何に使うものなんだ?」 「それでシンリキを遮断できるのか?」 一同が一斉に質問してきて、ジュセルは慌てて両手を前に突き出しぶんぶんと振った。 「ちょ、ちょっといっぺんに喋るなよ!わけわかんなくなっちゃうだろ!」 そう言われてみな話すのをやめたので、一瞬シン、と沈黙が広がる。ジュセルは咳ばらいを一つしてから、注意深く、話し始めた。サングラスというものの説明からその本来の用途(ややこしくなるのでファッション用途の話はせず、眩しさを抑えるためのものだと説明をした)。材料と思われるものの説明まで全て話し終えたジュセルは、自分の茶器を取って喉を潤した。 当然、この次にやってくるだろう質問に身構えるためだ。 「‥ジュセルは‥どこでその、さんぐらすのことを聞いた‥見たの?」 質問をしてきたのはサイリだった。その目は鋭く光っている。横にいるアニスの目も同じような光を宿していた。‥おそらく以前から、ジュセルに対して色々と細かい疑問があったのだろう、と思う。だが、あえて今まで、誰も何も聞かずにいてくれたのだろう。 「‥‥今は、まだ‥話せない。ごめん。‥いつ、話せるようになるか、わからないけど‥‥俺は何も疚しいことはしてないし、ないってことだけは言っとく。‥こんな説明で納得してもらえるとは思わないけど‥」 歯切れの悪いジュセルの言葉が出た後、再び応接室に静寂が訪れた。 その静寂を破ったのはケイレンだった。 「ジュセルが、どこでそういう知識を得て、使っているのか、俺にはさっぱり見当もつかねえけど‥でもジュセルの知識は俺たちの役に立ったことしかないだろ?俺は、どんなことがあっても、ジュセルのことを信じるし、‥愛してるよ」 どさくさ紛れに愛の表明も付け加えたケイレンの言葉に、思わずみんなが笑った。 そしてその後、誰もジュセルにそのことについて尋ねることをしなかった。 「つまり、眼鏡のようなものなんだね?」 アニスが言ったように、眼鏡はこの世界にもある。ただ材料が透輝石なので、日本で買うよりはかなり高いものにつく。そもそも、目が悪いヒト自体が少ないので眼鏡は完全受注生産品だった。 ジュセルもこの世界で眼鏡をかけているヒトは、共通学校の先生しか見たことがなかった。 「そうだね‥本来、透明のところが黒くて、相手から自分の目は見えないけどこっちは見えてる、ってやつ。‥でも、材料がないのかな‥」 ヤーレが首をひねりながら言った。 「‥昔の民族衣装の中に、目を覆うものがあるけどな‥あれは細かい網目細工の布だった気がするが‥」 「でもそれだと、視線が合う可能性は皆無ではないよ。網目の隙間から目が見えることだってあるし」 スルジャが生クリームをすくって口に入れながら、反論した。ヤーレもう〜んと唸って黙ってしまう。 「そもそも、黒くて相手からは見えないけどこちらからは見える、なんて素材あるかなあ?まあ、世の中は広いしあるかもしれないけど‥そういうのって使い道がないから、あたしたちが知らない可能性が高いんだよなあ‥知らないものは探せないし」 口の周りに生クリームをつけたままスルジャが悲観したように言うのを聞いて、アニスがハッとした顔をした。 「ちょ、っと待って。あるかも、そういう素材‥」 額に人差し指を当ててしばらく考え込んでいたアニスが、そう発言した。スルジャがぐるんと首をアニスに向けた。 「灰輝石」 ぼそっと呟いたアニスの言葉を拾ったスルジャが、それを聞いて考え込んだ。横からケイレンが言葉を挟む。 「輝石に灰なんてあるか?見たことがないんだが‥」 「まあ、黒輝石の方が丈夫だし研磨すれば輝くから、よく使われているよね。‥私はショレルダ隊商会の護衛でよく輝石の輸送に立ち会うんだけど‥鉱山でよく出るのは、実はこの「灰輝石」なんだ」 「‥‥あ~~!わかったハズレ輝石のことかあ!」 それまで考え込んでいたスルジャが突然顔をあげて叫んだ。一同は驚いてスルジャを見た。それに構わずスルジャは話し出す。 「はいはい、確かに正式には灰輝石って名前だったわ‥研磨しても輝かない、強度もそこまでないし綺麗でもない、なおかつ力素の注入を全く受け付けないから、機工躯体にも使えない、役立たずのハズレ輝石!あれのことだよね?」 「そう、それだよ」 アニスはスルジャに請け合ってから、また言葉を継いだ。 「あれは、輝石鉱山なら絶対に出てくる産出量もそこそこ多いものだ。でも使い道がないから、捨てられたり池とかを埋め立てるのに使われたりしてる。‥だから、安く‥限りなくただに近い値段で調達できる」 ジュセルは気になる部分を聞いてみた。 「でも‥その灰輝石って‥あの、透明なの?視界を確保できないなら‥」 アニスがジュセルの方を向いたと同時にスルジャも視線を向けてきた。ヨーリキシャ二人は紅い目をお互いに見合わせて、二ッと笑った。 「灰輝石は、研磨しても輝かない。‥だが、透明度は増すんだ。不思議と、灰色のままでね」 「じゃあそれ使えるじゃん!」 ジュセルが叫ぶのとヤーレがすくっと立ち上がったのが同時だった。ヤーレはいつにない真剣な顔をして、アニスとスルジャに立て続けに質問してきた。 「アニス、すぐにその隊商会に連絡取れるか?現物をできる限り早く確保したい。スルジャ、ジュセルの説明からしてそのさんぐらすを作るのに時間はどれくらいかかる?うちのヨーリキ解析部がいればどうだ?」 「今すぐ速信鳥紙を会長に飛ばすよ。それから詳しい説明やすり合わせは直に話したいから、協会の機工通信を借りたい。カズリエに頼めば小型機工飛艇を飛ばしてくれるだろ?それで輸送してもらえば早く着く」 「すぐに必要なのって十個くらい?そんなら材料が届き次第製作に入るよ。まず、枠を作らなくちゃなんでしょ?元々眼鏡の枠はあるんだし、ジュセルの意見を聞きながらあたしがここで見本を作れば、解析部のみんなも作れると思う」

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