145 / 155

第143話

それぞれから返事をもらったヤーレの顔は、一気に晴れて明るくなった。 「よし、目途がついてきた!まずはアニス、連絡を頼む」 「わかった」 「速信鳥紙の費用は後で払うからな!」 アニスはひらひらと手を振ると応接室から出ていった。自室で連絡用に速信鳥紙を書くのだろう。ヤーレはジュセルの方を向いてその両手を握り、ぶんぶんと上下に振った。 「ジュセルありがとうな!何とか希望が見えてきたぜ!」 「いやあの、本当にそれでうまく行くかはわかんないよ‥?俺もさすがにそこまで保証できないし‥」 自分の軽はずみな提案から、一気に物事が動き出したことにジュセルはやや怯えながらそう付け加えた。だが、ヤーレの笑顔は変わらなかった。 「いや、その提案がなかったら、丸腰で向かわなきゃならないところだったんだ‥縋れる糸には何でも縋っておくさ!じゃあ俺もちょっと連絡とってくる」 そう言ってヤーレも慌ただしく団欒室へと移動していった。 「じゃあジュセル、さんぐらすのこともう少し詳しく聞かせてくれる?」 「あ、うん‥」 ケイレンがヤーレの握った後の両手をしっかりと握りしめてやたらに口づけているのを、スルジャは完全に無視してジュセルの目を見ながら聞き取りを始めた。 その横で、ひとり、サイリはじっと考え込んでいた。 アニスが速信鳥紙を飛ばして一時間半ほど経ったとき、返信の速信鳥紙が矢のように飛び込んできた。 ショレルダ隊商会の現会長であるトッテンに宛ててアニスは事情を書き送ったのだが、その返信は先代のハルケがしたためたものだった。いつもなら几帳面で読みやすいハルケの字が、やや乱れていることからもハルケの動揺が見てとれた。 ハルケからの返信内容は、これは今後かなり大きな商品になりそうな気がする、取り急ぎ使えそうな灰輝石を送るが、こちらでも試作品を作ってみてもいいだろうか、という問い合わせだった。 アニスはさっそくヤーレがいる団欒室を訪れ、ハルケの提案について話した。 「う~~ん‥発案はジュセルだからなあ、請負人協会(カッスラーレ)としてはハイ作っていいですよとは言いづれえけど‥」 「じゃあ、製作に関して色々と制約をつけておこうか?ハルケは信頼に足る人物だから、今すぐシンリキ誓書で縛らなくてもいいと思うし‥もし、ハルケたちの作ったものが有用ならそれを使ってもいいしね。そんな感じで返信してもいい?‥‥ていうか、ここまで複雑になってきたら機工通信使った方がいいよね。ケイレンに馬を借りて、協会まで行ってきていいかな?」 ヤーレは頷いて付け加えた。 「会長室の機工通信が使えるはずだ‥確かもう修理が終わったと言ってたしな。もしカズリエがいたら、あいつも交えて話を詰めた方が早いかもしれん。頼んだぜ、アニス」 アニスはぱちんと片目を閉じてみせた。 「まあ、たまにはヤーレのために一肌脱いで、貸しにしとくのもいいだろうからね。‥じゃ、行ってくる」 「おう、一応俺もカズリエに鳥を飛ばしておくわ」 アニスはそのまま、スルジャの部屋に向かった。中に入るとあれこれと話し合っているスルジャとジュセルの横で、ケイレンがにやにやと相好を崩しながらジュセルの顔を眺めていた。 「しゃっきりしなよ、黒剣。顔が緩んでエライことになってるよ」 そう窘めながら、アニスは馬を借りたい旨を伝えた。ケイレンは快く承諾して、馬具が収めてある場所などの説明をする。その間にもスルジャとジュセルは熱心に話し合っていて、こちらの様子など耳にも目にも入っていないようだった。 馬を駆って協会本部へ急ぎ、中に入って聞いてみるとカズリエは留守のようだった。しかし、ヤーレからこちらにも先に鳥が着いていたようで、滞りなく機工通信を借りることができた。 機工通信の送受話器を取ってショレルダ隊商会の鍵番を押す。呼び出し音が一度なったかと思うとすぐに相手が出たのでアニスは驚いた。 『はいっショレルダ隊商会ですがっ』 「‥‥ハルケ?」 機工躯体の向こうから伝わってくる声は、少し雑音が混じっているが聞き覚えのある懐かしい声だった。 『アニス!?アニスなのか?』 「そうだけど‥ちょっとハルケ落ち着いて。身体に障るよ」 ハルケの声は機工通信伝いであっても、興奮冷めやらぬ様子がうかがい知れるものだった。 『いやお前これが興奮せずにおられるかっ、今までほとんど捨てるしかなかった灰輝石に使い道ができたなどと‥下手をすれば我がクゼレ連合国の未来をも変えうる素晴らしい提案だ!』 アニスは思わず機工通信の送受話器を耳から離した。ハルケは興奮のあまり、半ば叫ぶように喋っているからその音量で耳が痛い。 「頭の血管がキレるぞ。それで死んだら新商品も何もなくなっちまうだろ?」 『‥‥わかった、ふ~~‥よし、落ち着いたぞ。詳しい話を聞かせてくれ』 「いやそもそも私はトッテンに鳥を飛ばしたんだけど‥」 『アニスさん、私も聞いております~~』 送受話器から微かなトッテンの声が聞こえてきた。おそらくハルケと共に送受話器にかじりついているのだろう。 アニスはややホッとしながら話を続けた。ハルケは確かに凄腕の商人だが、今の会長はトッテンなのだからその意向を無視するのはよくない、と考えていたのだ。 「使い道は今のところ、シンリキシャの精神操作に関する視線を遮断し、こちらの目を相手に視認させないことだ。‥多分、戦いの場になるだろうからしっかりと目のあたりに固定されているものの方が望ましいだろうな‥。こちらの請負人協会(カッスラーレ)解析部の者たちも、今色々と試作について話し合っているから」 ハルケが唸るように言った。 『シンリキシャが精神操作をするのに目を見ることは知っていたが‥それを遮断するものはシンリキ遮断頭環(とうかん)しかないと思い込んでいた。‥商人にあるまじき固定観念だったな‥』 そのハルケの言葉を聞いて、アニスはジュセルのことを思った。なぜそういったことを知っているのかの説明はできない、この先もできるかわからないと言ったジュセルの苦しそうで辛そうな顔が脳裏に浮かぶ。 「‥うん、まあそういうことを考えるのがうまい子がいてね‥。とにかく透度の高い灰輝石をすぐ手に入るだけでいいから準備してほしい。通信で知らせてくれれば多分こっちの協会長が機工飛艇で取りに行くから‥」 そう言いかけたアニスの言葉を、やや小さいトッテンの声が遮ってきた。 『アニスさん、それには及びません。ものが準備でき次第、こちらからイェライシェンまで機工飛艇を出します。その方が早いでしょうし』 『トッテン!お前よく言った!そうだ、こういう時に使えるものは使うべきなんだ!』 急にまたハルケのどでかい声になって、アニスは再び送受話器を耳からパッと離した。 「‥‥ハルケ本当に落ち着いて。耳が痛いよ」 『おお、すまんな‥しかし、トッテンの言うように、こちらで機工飛艇を準備するからアニスは心配するな。うちの隊商会のものも一人つけておくから、しっかり協会本部まで届けさせる』 「ありがとう。‥それから、後日でいいから製作や使用目的についてなんかをシンリキ誓書にしたいんだけどいいかな?一応、協会に所属している子の発案だから、権利やなんかを協会が管理しておきたいみたいなんだよね」 『もちろんだ、それくらい私とてわかっている。心配するな』 「よかった。じゃあ詳しい話なんだけど‥」 そのあと少し詳しい話をして機工通信を終えた。正直、アニスにはなぜあそこまでハルケが興奮しているのか、あまりわかっていなかった。まあ商人だから、今まで捨てていたものが商品になるということが大変なことに感じるのかな、と思いながら帰途についた。 帰りに市中警備隊に出くわして騎乗通過料(市中を馬で通行する場合、最初に出会った警備隊に払う通過料)を払った。そのついでに、最近の市中警備状況はどうなっているかなどを軽く聞いてみた。始めは胡乱な顔をされたが、アニスが三級請負人(カッスル)の証石を見せると、ほっとしたような顔をして知る限りのことを話してくれた。 今は色々な情報が錯綜して、市中の警備がやや薄くなっているらしい。それに乗じた犯罪も増加の傾向にあり、市中警備隊だけでは足らずに国軍からも助力を願っている状況だ、ということだった。 「請負人(カッスル)の方からも結構な人数を出していただいているようですけどね」 警備隊のレイリキシャがそう言うのに、アニスは苦笑して答えた。 「大丈夫だよ、うちはちゃんと取るものは取ってるだろうから」 そのまま別れて家に着き、馬をねぎらって水と飼い葉を準備してやった。馬はこれほどのことなど何ということもない、という顔をして水を飲んでいた。 屋敷に入ってすぐ、団欒室に行きヤーレに状況の説明をする。カズリエからもすぐさま鳥が飛んできていたようで、かなり喜んでいたということだった。 「今聞いた話も、カズリエに詳しく伝えておくよ。ありがとな、アニス」 そういうヤーレにアニスは小さく笑ってみせた。 「いやあ、ハルケが興奮しちゃってて、こっちが戸惑うくらいだったよ。意外にいいものを作ってくれるかもしれないね」 そう話し合っていたとき、ビーッと無機質な呼び出し音が鳴った。ヤーレとアニスは思わず腰をあげて扉の外へ出てみる。 音を聞いてすぐにやってきたのか、表階段の下にもうケイレンの姿が見えた。廊下から様子を窺っていると、玄関扉の前で応対していたケイレンが「へ?!」と奇声を上げた。 「‥何かあったのかな」 アニスがそう呟き、ヤーレも頷いて獲物を手に取り、ゆっくりと足音を忍ばせて玄関の方へ向かった。 するとケイレンが躊躇いなく玄関扉を開くのが見え、二人は焦った。 「ケイレンっ、」 ガチャリと開いた扉の向こうに見えたのはシンリキシャの金髪。 獲物を構え直し、ぐっと身を低くした二人の目に入ってきたのは‥ 「アニス」 癖のある金髪をほとんど短く切り、ほんの少しだけ後ろを長くしている大柄なシンリキシャ。 ロザイの姿がそこにあった。 ヤーレとアニスはそれぞれ安堵して、構えを解いた。 しかし、ロザイは最高に不機嫌そうな顔をしてずんずんとアニスの方に近づいてくる。その顔つきの鋭さに、アニスは思わず身体を引いてヤーレの後ろに隠れるようにした。 それを見たロザイは「チッ」と鋭く舌打ちをする。 そしてアニスの腕に手をかけるとぐいっと引っ張って自分の前に引きずり出した。 「ロ‥ロザイ、お前、どうしたんだ‥?」 アニスがおそるおそるそう尋ねるが、ロザイはぶすっとした顔のままそこにいるだけで何も言わない。

ともだちにシェアしよう!