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第145話
ジュセルに手招きされたケイレンは、嬉しさを隠そうともせず弾む足取りでジュセルのあとについていった。他の面々はそれを見やりながら応接室へ移動していく。大きな荷物は、遠慮するトッテンからティルガが受け取って運んでやっていた。
応接室に入り、それぞれが長椅子に腰を落ち着けたところで、机の上に置かれた箱をトッテンが開けて中身を取り出して見せた。
「すぐに欲しいのが十個分ほど、ということで、比較的透明度の高いものを厳選してきました」
といって取り出された灰輝石は、研磨と加工がある程度すませてあるものだった。
「厚さはすべて三分の一シル(=約0.3㎝)以下のものを揃えてあります」
トッテンの説明を聞き、現物を手にしてスルジャが歓声を上げた。
「三分の一シル!?すご、こんな短期間にそんなことよくできたね?!」
トッテンは後ろ頭を掻きながら苦笑いをした。
「いやあ‥これは偶然の産物といいますか‥研磨職人の弟子たちが、廃棄処分の灰輝石を使ってどこまで薄くできるか、という遊びをしていたらしいんですよね。職人頭と話しているときに、偶然その話が出まして。それで引き取ってきたものなんです」
「‥あ~、確かに削りむらはあるかも‥でもまあそれはこちらで調整できるから、これだけでもありがたいよ!」
スルジャがほくほくとした顔で灰輝石を検分していると、そのわきに入れてあった紙包みに目をつけた。
「これは?」
トッテンが、ああ、とその紙包みを取り出し、開いて中身を見せた。
「アニスさんからその用途をうかがって、こういうのはどうか、と当地の職人でこれだけ作ってみたんです。協会の解析部の方からすれば、拙いものに見えますでしょうが‥」
取り出されたものを見て、スルジャは息をのんだ。
「‥ねえ、ケイレン‥なんか、また俺のせいで、大ごとになってきてる気がするんだけど‥」
茶菓の準備をしながら、ジュセルはぽつりと言った。作り置いている菓子がないので、簡単に蒸しパンのようなものを作り、今蒸かしている途中だった。ケイレンは俯きながらそう言ったジュセルの後ろに回ってその小さな背中を抱きしめる。
「不安になる?」
「‥‥‥うん、俺‥なんか、みんなが知らないこととか言っちゃってるみたいだし‥」
「その理由は、俺にも言いたくないのか?」
自分の胸に回っているケイレンの太い腕に、そっと手を添えながらジュセルは呟いた。
「‥言っても‥信じてもらえなさそうだし、俺も何か‥うまく説明できないし‥」
「俺は、ジュセルの言うことならなんでも信じるよ」
くるんと身体の向きを返されて、ケイレンと正面から見つめ合うような形になる。顎を取られ、上を向かされた。ケイレンとジュセルの身長差は1カル(=約9㎝)より少し大きい。
ケイレンは、輝く黒輝石のような瞳で、じっとジュセルの目を覗き込んでくる。
ケイレンが、心からそう思って言ってくれていることはわかっている。それでも、転生者であることを打ち明けるのは怖い。
知らず、目を逸らしてまた俯いた。
そもそもそういった概念があるのかもわからないし、自分の他にもそういう人物がいるのかもわからない。サイリの話に出てきた龍人 の番い様であるという「マヒロ」は、その言動などから見てもどうやら日本人なのではないか、とジュセルは考えていた。しかしそれをはっきりと確かめられたわけではない。わかっているのは、生粋のカルカロア王国人ではない、ということだけだ。
それに、そのマヒロという人物は、今まで聞いたこともないような龍人 という、神のような存在の番いであるという。平凡でしかない自分とは比べようもない。
おそらく、あちらは主人公コースで、自分は大多数の中の一人 のコースに生まれたんだろう。
マヒロのことを聞いてから、ジュセルはいつもそんな風に考えていた。
だからこそ、「モブ」でしかないはずの自分が、色々と大きなことに関わっていくのが恐ろしい。力素回復薬なんて大それたものを生み出すつもりもなかった。それに、サングラスやゴーグルのことも、自分としては身に降りかかる危険を避けようとしただけなのに、話がどんどん勝手に大きくなっていく。
またそれとは別に、ケイレンに押しつけた共金貨の詰まった袋のことを思い出す。前世も今世も、金なんてあればあっただけ困らないと思っていたのに、いざ自分の掌の上に落ちてくると、その存在が恐ろしい。
ジュセルはケイレンの上衣をぎゅっと握りしめた。顔を下に向けたままのジュセルを無理に上向かせようとはせず、ケイレンはちゅっと音を立ててその頭に唇を落とした。そうしてゆっくりとその身体を抱きしめる。
きっと何か、自分にはわからない屈託があって、ジュセルはそれに悩んでいるのだろう、とはケイレンも思っていた。いくら盲目的にジュセルのことを愛しているとはいえ、共に暮らし始めてからわかったジュセルの様々な知識には、内心何度も驚かされている。
それでも、そのたびにジュセルが躊躇うような怯えるようなそぶりを見せるから、そこに気づかないふりをしていたのだった。
先日には、はっきりと「今は言えないし、言える日が来るかわからない」というジュセルの意思表示があって、却ってケイレンはホッとしていた。‥言えないかもしれないし聞かれたくない、というのなら、こちらが訊いた方がいいかもしれないと気を揉む必要がない。
自分は、ジュセルを丸ごと愛して、守っていくだけだ。
ただ、そのことを、ジュセル自身に納得して理解してもらいたいとは思う。
腕の中の小さな温かい身体のキリキシャが愛おしい。その頭に自分の顔を擦りつけながら言う。
「ジュセルの言うことを疑うことはないよ。どこまでも信じてるし、愛してる。俺から離れてさえ行かないでくれれば‥ジュセルが何者であっても、構わないんだ」
ケイレンの上衣をぎゅっと握りしめていたジュセルの手が、そろりとケイレンの背中に回された。そしてきゅっと抱きつかれる。
たったそれだけのことでも、胸が締めつけられるように嬉しくて愛おしい。ああ、ジュセルは自分を頼ってくれているのだ、と思える。
「俺のこと、愛してる?」
「‥‥そんなの、いちいち、言わせるなよ‥」
蒼いつむじに尋ねると、少し不貞腐れたような声が帰ってくる。だが髪の毛の隙間から見える耳の端は、真っ赤に染まっている。思わずそこにちゅっと唇を落とすと、ジュセルの身体がびくっと震えた。
「‥俺は、ジュセルの口から聞きたいんだ、寝台の上じゃなくても」
「ばっ、‥莫迦、お前、もう、恥ずかしいな‥」
背中に回された手でトンと叩かれる。痛くもかゆくもないその行動は、ケイレンに愛おしさを覚えさせるばかりだ。
「お願い、ジュセル」
「‥‥‥愛してるよ、知ってんだろ」
「‥うん」
ケイレンは、ふふっと微笑んでまたつむじに何度も唇を落とした。ジュセルも嬉しそうにケイレンの首筋に顔をうずめて擦りつける。
「‥‥いつか、‥俺の話、聞いてくれるか‥?」
「いつでも。ジュセルが話したいときに話せばいい。何があっても、俺はジュセルを愛してるから」
「ありがと」
耳を真っ赤に染めたジュセルが、ちう、と小さな音を立ててケイレンの首筋を吸ってからその腕の中から離れ、蒸かしあがったと思われる蒸しパンの方に向かった。
ケイレンは平静をよそおいながらも、荒ぶる股間を必死に押さえ込んでいた。
ケイレンとジュセルが、蒸かしあがった蒸しパンとお茶、ジャムの類を盆にのせてお説室の扉を開けると「すっごなにこれ!?」というスルジャの叫びが響き渡った。
何事か、とスルジャの方を見れば、手に何か持って興奮し、持ってない方の手をぶんぶんと振り回している。
「スルジャ、どう‥」
「あ、ジュセル!これ見てこれ!」
スルジャが手にしていたものは黒っぽい何かで、それをぐいと押しつけられる。慌てて持っていた盆を机に置き、それを受け取った。
それは灰輝石を研磨したものらしく、‥一つは完全に形がゴーグルだった。ただ、ゴーグル部分の真ん中には線が入っている。もう一つは、少し幅広の灰輝石を何枚も張り合わせ、曲面にしたもので、こちらはやや視界が歪みはするがある程度きちんと向こう側は見えた。
「スルジャ、これって‥」
スルジャに聞こうとしたとき、灰輝石を持ってきたトッテンが言葉を挟んだ。
「あの、視線を遮りたいということで、眼鏡のような形では隙間ができるだろうと‥それで、その二枚の灰輝石でできている方は、分厚い灰輝石の塊を同じような曲線になるように削り出しました。だいたいのヒトの顔に合わせられるような大きさに二枚削り出し、研磨した後、溶接してあります。ただ、これは職人一人が一枚削り出すのに半日かかりました。
‥‥もう一つの方は、薄く削りだした灰輝石の板を、曲面に近い形になるように繋げて溶接したものです。これだともっと短い時間でできますが、視界はやはり二枚のものと比べるとよくないですが‥」
スルジャがジュセルの手を取ってぴょんぴょんと跳ねまわる。
「曲面に加工するんじゃなくて最初から曲面に削り出すって、すごいよね!?あ~その発想なかった‥それに、この何枚か張り合わせたものだって、そこまで視界は悪くない、普通に歩けるくらいには見えるし」
「確かに‥」
なまじ前世での記憶があるせいで、硝子をカーブさせるような技術か、プラスチックのような素材がないと無理だと思い込んでいた。が、この世界の職人は、それをあっさりと解決してくれたのだ。
「ホントに、凄いね‥」
「だよねだよね!?あとは、頭にしっかり固定できる器具で止めればもうできるよこれ!」
ジュセルは曲面になっているゴーグル上の灰輝石を見ながらぽつりと言った。
「‥ゴムみたいに、伸縮する素材があったら‥この灰輝石を枠に止めて、その両端につけられれば‥」
ジュセルの呟きを聞いたティルガが、何かに気づいたように問い返す。
「ごむ?はわからんが。伸縮する素材ならあるぞ」
「え!?」
スルジャとジュセルが一斉にティルガの方に目を向けた。
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