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第146話

「アルア大陸で使われている繊維に、伸縮性に富んだものがあったと思う。入用なら俺が行って買ってこよう」 「うわホントに!?」 スルジャはそう言いつつ、ヤーレの方を振り返った。ティルガの転移は確かに便利なものだが、やたらにその善意につけこんで使っていいものではない。よほど、ティルガの意思が反映される行動でない限り、しっかりと転移一回につきいくらと値段がある程度決められている。転移が伴う仕事にはその金額を払うよう、サッカン大陸内では各国共通に取り決められているのだ。無論、この場合払うのはヤーレか請負人協会(カッスラーレ)になるので、スルジャはヤーレの顔を見たのだった。 「無論、金は俺が出す。頼む、ティルガ」 「わかった、どのくらい買ってくればいい?」 「えっとね‥」 スルジャが考え込みながらまた紙に何かを書き込んでいる。その横から遠慮深い様子を見せながらも、しっかりとした口調でトッテンがティルガに尋ねた。 「あの、差し支えなければその繊維の詳しい特徴や産地をお教え願えますか?‥こちらで輸入なども考えてみたいと思いますので‥」 ティルガは鷹揚に頷いた。 「構わねえよ。スルジャ、計算が終わったら教えてくれ」 「わかった、ジュセルもちょっと手伝って」 「うん」 思いがけない形で「ゴーグル」用の灰輝石が確保できたうえ、それを頭に固定するための繊維まで確保できそうだ。ヤーレは満足げに、目の前で色々と話し合っている面々を眺めた。何のかんのいってもスルジャは仕事が早いので、今日中には試作品ができるだろう。それが少なくとも十個は必要だが、頼みこめば請負人協会(カッスラーレ)の解析部なら、一日で作り上げてくれるに違いない。 だが、それでもザイダと約束した猶予の二日からは一日超過してしまう。 ヤーレは直接ザイダに会って猶予を伸ばしてもらおうと考え、ケイレンの横に来て耳打ちをした。 「すまん、俺ちょっと出てくるから」 「どこ行くんだ?」 「‥‥ザイダのとこ、今の状況を説明して、もう一日猶予をくれって頼んでくる」 ケイレンは少し呆れたような顔をして言葉を返した。 「‥先にカズリエに報告しといた方がいいと思うぞ。解析部も今は忙しいだろうから‥カズリエの許可がなきゃやってもらえねえんじゃないか?」 「‥う~ん‥まあ‥‥そうだな‥」 ヤーレは渋い顔をしながら、馬を借りる、と言い置いて出かけていった。 その後の展開は早かった。 まず、カズリエはゴーグルの話を聞いてから、即座にトッテンとそれについての商談を取りまとめ、灰輝石の購入と伸縮繊維の輸入手続きを取った。これで継続的にゴーグルが作られることになる。ゴーグルそのものについては請負人協会(カッスラーレ)が製造と商品の製法(レシピ)を保存し、他の業者が作れないように取り計らう。請負人協会(カッスラーレ)と提携している業者のみが作れる仕組みだ。 また、灰輝石の削り方については、ショレルダ隊商会にも利益が行くように手配もした。 ジュセルは、「ハリスの脅威が無くなったら、無用の長物になるんじゃないのか‥?」と心配していたが、むしろもともとジュセルが言っていた「眩しさを軽減する」方の目的で売れるに違いないから問題ない、とカズリエは胸を叩いた。 これまでにも、火を使う鍛冶屋や、荒野、砂漠などを移動する隊商会、護衛者などは、燃え盛る火や焼きつくような陽の光などに長時間晒されて、目を悪くしてしまうものが少なくなかったのだ。この視力の悪化は眼鏡ではなかなか補正できないもので、ゆえに困っている人々をカズリエは数多く見てきていた。 「下手したら他所の大陸にも売れるわよ。トイ大陸だって荒野が多いんだからきっと売れるわよね?」 「間違いないです、砂塵除けにもなりますしね」 トッテンも力強く頷いて請け合った。 そうして出来上がったのは、ほぼジュセルが考えていたものに近い形だった。目のあたりを全て灰輝石で覆い、少し柔らかい金属で枠を作ってそこにおさめている。その枠を留めるような形で、伸縮繊維で編み上げた帯を作り、頭にかぶってしっかり固定できるようになっている。ベルトのような留め金もつけ、伸縮帯の長さ調整もできるようになっていた。 何より、目の周りをがっちりと覆っているので、相手にこちらの目を認識させることはない。今回の場合はそれが一番の目的なので、何度も試してみて出来上がったときには、一同ホッとしたものだ。 そのようにして、とりあえず大急ぎで作らせた試作品のゴーグルを持ち、ザイダとヤーレを含む十一人がハリスの潜伏する村へと旅立っていった。カズリエはヤーレの同行にかなり渋い顔をしていたが、許可してくれないなら請負人(カッスル)を辞めていく、とまで言い切ったヤーレに、半ばキレながら許可を出した。 「どいつもこいつも、色ボケするとホント使えないわね!」 とは言いながらもゴーグルの使用許可も出してくれたので、ヤーレは笑顔で礼を言った。 ハリスがイェライシェンにいないことが確実になり、ジュセルは気分的には少し気楽に過ごすことはできていた。やるべきことがあって忙しいことは、ジュセルとしてはあまり苦にならなかった。 ヤーレたちのためのゴーグル試作が終われば、あとは請負人協会(カッスラーレ)の解析部とショレルダ隊商会へと引き継がれた。 再び、スルジャと共に力素回復薬を生成する日々に戻っていく。作業は大変ではあるが、もうずいぶん手順も頭に入ってきており、以前ほど体力を削られることはなくなった、とジュセルは思っていた。 ただ、ハリスに脅える人々からの注文は相次いでおり、一日に生成できる数を大きく上回る需要があることには変わりはない。だから、一般人への販売再開はいつになるか目処が立たない、という状況も続いていた。 そんな中、依頼に出かけていたナジェルが帰ってきた。ナジェルはジュセルの菓子や料理を楽しみに帰ってきたのに、ジュセルがそれどころではないほどに回復薬の生成に時間を取られているのを見てがっくりした。 そこで、自分も手伝う、と言い始め、回復薬生成の作業に加わったのだ。 しかも、 「この先の依頼を整理してきたから、当分はここで暮らせるよ。サイリもまだここにいてくれるみたいだし‥俺が手伝えば、ジュセルも料理する時間作れるだろ?ジュセルの作ったものが食べたいんだ‥頼むよ」 などと言うものだから、仕方なくその手伝いを受け入れることにしたのだった。 この状況に、ケイレンはかなり不満を感じていた。‥無論、ジュセルのちからが必要とされて、ジュセルが生き生きと働いているのを見るのは嬉しい。嬉しいが、そもそもこの屋敷ではジュセルと二人で過ごす予定だったのだ。ところが、色々あって本当に二人っきりで過ごしたのは、幾夜もないほどである。 想いが叶って心も身体も通じ合えたのは嬉しいことだが、その夜の睦み合いだってジュセルの体力の問題や、「聞こえちゃうかもしれないし恥ずかしい」などという理由で、なかなかケイレンの思うようにいかないのが今の現実である。 「ジュセル」 忙しい一日がようやく終わって、寝台にのる時間はこのところいつも遅い。そのこともケイレンの不満と不安の一つになっていた。ジュセルの顔色が悪いような気がするのだ。本人は「大丈夫」としか言わないが、本来高能力者(コウリキシャ)でもないジュセルが、毎日あのような作業をしているのが負担になっていないはずはない。 それがわかっているから、あのカズリエだってむやみに数を増やせとは言ってきていない。 「ん?なに?」 振り向いたその顔は、なんだか青白く見えた。明かりを落とした寝室内だからかもしれないが、うっすらと目の下に隈ができているのは、きっと気のせいではない。 「身体‥つらいんじゃないのか?顔色が悪そうだし、隈だってできてる」 そう言いながらジュセルの目元をすり、と撫でてやる。ジュセルがほんの少し頬を赤らめてその手を取った。 「大丈夫だよ、何回も言ってるだろ?‥倒れるほどキリキを使ってるわけじゃないし、そもそも俺の作業にキリキは使ってないし」 「でも、体力を使っていることに違いはないんだ‥働き過ぎはよくない」 ジュセルはケイレンの手に頬を寄せて、ふにゃっと笑った。 「‥なんか、ケイレンにそうやって、心配してもらえるの‥嬉しいな」 「俺はいつだってジュセルのこと考えてるし心配してる!!」 鼻息も荒くそう告げるケイレンに、またジュセルは笑った。 「はは、すげー勢い‥でも、ありがとな」

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