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第147話

「寝れば大丈夫だから、あんまり心配しなくていいよ」 ジュセルはそう言ってごろりと横になった。その身体を包み込むようにしてケイレンは抱きしめてやり、布団を肩までかけてやる。 ケイレンの厚い胸に頬を寄せる。ケイレン自身の香りなのか、いい匂いがした。屋敷で使っている石鹸と、ケイレンの汗が混じったような匂い。それを嗅いでいると安心できる。 ジュセルは自分も腕をケイレンの身体に回した。きゅっと抱きつけばケイレンの身体が温かくて気持ちがいい。すぐに重たくなってくる瞼を、何とか開けて、ジュセルは言った。 「ごめんな‥ケイレン‥」 「何が‥?」 両腕でぎゅうぎゅうとジュセルを抱きしめながらケイレンは言う。ジュセルの腹に、熱く昂ったものが当たっている。 「俺‥疲れ、ちゃってて‥全然、最近できて、ない、から‥」 本当はこの熱を受け止めてやりたい。でもその気持ちを大きく上回って、眠気が襲ってくる。 ケイレンは一度上を向いて細く息を吐いてから、また下を向いてジュセルの頭に口づけた。 「ごめん、こんななっちゃってるから全然説得力がなくて、恥ずかしいんだけど‥ジュセルを抱きたい欲よりもジュセルの身体を大事にしたい欲の方が大きいから大丈夫」 正直にそう心情を述べて、ジュセルの腹に当たってしまっている熱いものを隠すようなことはしなかった。 ジュセルとしても、本当はたくさんケイレンと繋がって精神的な安寧と多幸感を得たい、という気持ちは重々にある。だが、本当にこのところ疲れやすくて自分でも戸惑っているのだ。前なら食事の仕度をしてから回復薬の生成に取りかかり、その後菓子を作る余裕もあったのに、今では一つのことをやり終えたら身体が重くなってしまって、少し横にならないと次の仕事に取りかかれない。 何か病気なんじゃないか、とナジェルの知り合いの医師に診てもらったのだが、医師も首をひねりながら 「う~~ん、力素の巡りが特に弱い、というわけでもないし内臓に異常はないし‥やはり、疲労が蓄積している、と診るのが相当かなあ?滋養のあるものを食べて、働き過ぎないことだね」 というだけだった。 それを聞いたカズリエは、あったのかどうかわからない良心が咎めたのか、ランガという非常に高価で希少な果実を送ってきた。それを見たサイリが目を丸くした。 「うわあ~、ランガってイェライシェンでも手に入るんだ‥初めて見たよ」 サイリ以外でランガを知っていたのは、ティルガとナジェルだけだった。その二人も目をみはり驚いているようだ。 ケイレンが、ランガの紅い実を取ってしげしげと眺めながらサイリに尋ねた。 「これって、そんなに珍しいのか?」 サイリは小さく頷いて説明してくれた。 「うん、とても高い、空気の薄いところにしか生らないし、毎年同じところに生るわけでもないからね‥採るのが難しいんだよ。うちの故郷(アツレン)だと、一個共銀貨八十枚、くらいだったかなあ?十二部族国ならもっと高いかもね」 ジュセルは何度も瞬きをして、紅い実がこんもりと盛られた篭を見た。どう見ても六つ以上は入っている。果たしてこれだけでいくらなのだろう‥考えると眩暈がしてきた。 思わず目を瞑っているジュセルを見て、スルジャはあははと大きな声で笑ってからジュセルの背を軽く叩いた。 「ジュセルのお陰でだいぶ協会だって儲かってる筈だから!遠慮することないよ!」 「そ、そうかな‥」 「そうだぞ、カズリエの無茶ぶりのせいでジュセルの身体が調子悪いんじゃねえかと、俺ずっと思ってるからな」 ケイレンも横から口を添える。それに対して一同が何となく柔らかい雰囲気になったところで、サイリが立ち上がった。 「じゃあこれは私が剥いてくるよ。殻が固いし、剝くのにちょっとコツがいるんだよね」 それを聞いたスルジャが不思議そうにサイリに尋ねた。 「え、サイリそんなにこれ、食べたことがあるの?」 サイリは少し困ったような表情を浮かべながら、簡潔に答えた。 「‥ああ、昔‥これを取るのがうまいヒトがいて‥小さい時によく食べさせてもらってたんだ」 「へえ!そんなヒトいるんだねえやっぱり!ランガ採り、とかなの?」 「う~ん、まあ‥違うけど‥色々できるヒトなんだよ」 サイリはそう短く応えると、篭を持ってすぐに厨房の方へ行ってしまった。 せっかくだからみんなも食べようよ、と何度も繰り返しジュセルがいうので、仕方なく他の面々もほんの少し口にすることにした。剝いてもらったランガの実は外側と同じく真っ赤で、みずみずしく濃厚な甘さを持っていた。 スルジャはランガの実を舌の上にのせ、しばらくそれを解析するかのように転がしていた。 「‥‥確かに、これは信じられないほど色んな栄養が詰まっているねえ‥この感じだと、消化にもよさそうだし‥いいものだね!たくさん食べなよジュセル」 確かにスルジャの言う通り、濃厚な味わいながらも口の中にするすると滑っていくようで、非常に食べやすかった。剥いておいても大丈夫だからと言って、サイリは二個も剥いてくれた。みなに勧められて、ジュセルは大きさにすれば小玉西瓜くらいのランガ一つを、ほとんど食べてしまっていた。 そのまま眠気を感じているらしいジュセルを、ケイレンが甲斐甲斐しく抱き上げ、寝室まで連れて行ってしまった。 その後ろ姿を見ながら、残った四人は不安そうに顔を見合わせた。 このところのジュセルの疲れ具合いは、どう考えても異常だ。スルジャは、力素回復薬の生成が、ジュセルの身体に悪影響を与えている可能性がある、と、既にカズリエに鳥を飛ばしている。 カズリエもそのことは重々承知をしていたが、今、ハリスの残党とやりあっている者たちやハリスの本拠地を狙い活動しているザイダたち、また政府筋からの注文などが立てこみ、どうしても今、その生産数を減らすわけにはいかないのだ。 その代わり、海を越えて各国に連絡を巡らせ、万能薬や一般的な回復薬の数を集める手配もやっていた。 そのうち、力素回復薬の販売自体を休止しようと考えているらしいが、一度そういった素晴らしく便利なものがある、と知ってしまった者やそれを使って素晴らしさを知ってしまった者たちは、生成者の体調不良ごときではなかなか納得しないだろう。 こんなものが作れるのでは、と言い出したスルジャ、これを請負人協会(カッスラーレ)で個数を限定しつつ売り出そう、と決めたカズリエ。それぞれに責任を感じている。 それがジュセルにもわかっているし、このような状態に自分がなるとは予測もつかなかったのだから、といつも二人には言っているのだが、どうもそれだけでは二人の気分は晴れないようだった。 ジュセルは、暗殺の危険が完全に去ったわけではないが、自分の周りを実力者たちが守ってくれ、またこの回復薬のお陰でケイレンに金銭的負担を負わせないで済んだことをありがたいと思っていた。幾らかは(シンシャ)であるアミリにも渡すことができたし、アミリと一つ実(ふたご)達が住んでいる家の修繕をすることもできた。 自分は、駆け出しの請負人(カッスル)としては、恵まれているのだ、としみじみジュセルは思っていた。 だから、この体調不良が早くよくなって、周囲の人々に心配をかけないで済むようになりたい、と考えていた。勿論、体調さえよくなれば、ケイレンと身体を繋げて安心感を得ることもできる。むしろ、ケイレンのためにも自分のためにも、早くそうしてあげたい、と思っていた。 あの後、少しずつ食べていたランガの実が無くなった頃、ナジェルに肩を抱かれて少し青い顔をしたサイリが、ジュセルのところへやってきた。ちょうどケイレンが買い出しに行って留守にしているときだった。

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