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第149話
ザイダが集めた九人の人種割合は、シンリキシャが六人、レイリキシャ一人、ヨーリキシャ一人、キリキシャ一人という内訳だ。所属も、無所属のものから、請負人 、退異師、国軍兵士など様々だった。
まずはお互い打ち解けて顔をしっかり覚えるために、ミチェルに着くまでの機工車の中で名乗り合い、話をし合った。九人の内、三人は直接ハリスから何らかの被害を受けたという者たちだった。ザイダはしみじみと、自分さえ政治の世界から離れればいいと考えていたことが、いかに傲慢だったかを思い知らされていた。
もし、あのときヤーレが来て政界復帰への道を提示してくれなかったら、何事もなくハリスが次代カラッセ族長となり、権力を盾に国の中枢でもっと酷い状況を引き起こしていたかもしれないのだ。その場合、ザイダの知らないところで被害はもっと広まっていたに違いない。
ヤーレが、その考えが色々なものを含んでいたとはいえ、自分のところに来てくれたから、最悪そうならずにすんだのだ。
ザイダは、シンリキシャとゴーグルについて色々と話し合っているヤーレの顔を、横からちらりと眺めた。
いつの間にか、ザイダの人生にするりと入り込んできて、大きくかき回してきたヒト。
始めは、その強引さや人を食った態度に苛々することも多かったが、ヤーレの基本的な行動原理が「ヒトのために」であることを知った今は、何とも思わなくなった。
しかも、自分への好意を隠そうともしなくなってきている。そう考えて、ザイダは小さくため息をついた。
「‥ザイダ、おいザイダ?」
ヤーレから声をかけられて、ザイダはハッと顔を上げた。つい考え込んでしまっていたようだ。少し焦りながらヤーレの方を見ると、怪訝そうな表情を浮かべた顔が見えた。
「‥大丈夫か?色々強行軍だったからな‥疲れたか?」
「大丈夫だ、別に疲れてはいない」
息を整え、そう言って返したザイダにヤーレは眉を寄せた。
「お前が色々鍛錬しててそこそこ強いのは知ってるけどな‥軍や退異師に所属してたわけでもないだろ?そもそもお前は戦うための訓練はしてねえんだから‥あんまり無理すんな。次代族長だろ?」
そういってヤーレはニッと笑ってみせる。ザイダは慌ててふいっと顔を背けた。
その時、ごろりと重い音を立てて扉が開けられ、外からヒトが機工車内に入ってきた。鍛錬をしていたものが戻ったのかと思ったが、見えたのは、やや小柄なキリキシャでザイダの知らぬ者だった。
ヤーレが破願してそのヒトに近づいていく。
「よう、ティルガ!よく来られたな」
「お前の気配を探ってきた。ここは周りに遮蔽物がないから来やすいな」
キリキシャはそう言って、手にしていた包みをヤーレに渡した。
「大事に扱えよ。あとで返さなきゃならん代物だ。壊すと代替物がないから、どえらい国際問題になる」
「わかってる。丁重に扱うよ」
「‥ヤーレ」
声をかけたザイダに、今気づいた、というようにヤーレがこちらを見た。
「ああ、すまん。お前は初対面だったか?‥こっちは光級請負人 のティルガだ。頼んでたものを転移を使って持ってきてもらったんだよ」
ティルガと呼ばれたキリキシャは、柔らかく笑って辞儀をした。
「やあ、いい光だな。俺はティルガだ。|請負人《カッスル》で、今はケイレンの屋敷に寄宿してる」
「いい光だ、俺はカラッセ族のザイダだ」
「次代の族長だろ?色々大変だったとは聞いてる。‥なのに、また面倒事に自分から突っ込んでいくとは、物好きだなあ」
のんびりとしたティルガの言い様に一瞬ザイダはイラッとしたが、このキリキシャからはまるで悪意を感じなかった。こういう物言いをするヒトなのだろう、と心を鎮めた。
「‥我が一族のものが引き起こした事態だ。率先して同族のものがその責を負うのは自明だ」
「あはは、なるほど。確かに物好きというよりは、真面目なやつなんだな。だからこそヤーレがあんなn」
「お~~ッとと、ティルガ?この荷物の説明をまだ俺は聞いてねえんだが?」
ティルガの後ろからヤーレの太い腕がその首に回され、ティルガの口を覆った。もが、と唸りながらティルガはヤーレの腕をとんとんと叩いた。
ザイダは、先ほどからなぜか苛々した気持ちが治まらない。光級請負人 というのならその実力は折り紙付きなのだろう。ヤーレの腕くらい、簡単に躱せるはずだ。それをしないのは、ヤーレとティルガの間に強い信頼関係があるからに違いない。
ティルガはヤーレの腕から逃れて床に置き去りにされていた荷物を拾い上げた。
「‥ヤーレお前な。これをここまで持ってくるのに、どんだけの手間がかかったと思ってる?ぞんざいに扱うんじゃねえよ全く‥」
そう言いながら辺りを見回し、空いている椅子に座って膝の上に荷物を載せた。
ティルガの行動を見てヤーレもその近くに腰かける。ザイダも一拍遅れて、二人より少し離れた椅子に座った。
がさがさと厳重に包まれた包みをほどいていきながら、ティルガは説明をした。
「俺も現物を見るのは初めてだ。これを借りるまでも長かったらしいぞ?何せ遠く離れたリンクウ大陸最北部の、秘ターシャン王国からの借りものなんだ」
「秘ターシャン王国‥?」
ヤーレでさえ聞いたことのない国名だったらしい。首をひねっているヤーレにティルガは続ける。
「ほとんど鎖国状態で、あまり他国とのやり取りはしない国だ。そこが唯一、他と交渉してくれるのが、この『力素神鐘 』の貸与なんだと」
ようやく、何枚もの包装紙とその下にある分厚い布の中から姿を現したのは、大人の手のひらほどの大きさの鐘だった。
「おう‥これは‥」
「美しいな‥」
鐘は透輝石でできているのだろうか、美しく透き通った硝子の鐘のようだった。
それがただの鐘ではないと感じさせてくれるのは、向きや光によってきらきらと極光のように色を変えてその輝きを揺らめかせているところだろう。
「まあ、美しいのは確かだな。この材料は異生物由来の素材らしいが、今では何というものかわからんらしい。それくらい古い昔から秘ターシャン王国に伝わっているものらしいぜ」
ことり、と横にあった小さな机上に置かれた透明な鐘は、きらきらと美しい色を様々に見せながら静かにそこにあった。
「使えるのはシンリキシャだけだ。しかも、『シンリキ支配を受けているヒトを解放したい』と考えているシンリキシャだけ、らしい。鐘なんぞに人の意識がわかるもんか?とは思うが、かの王国のやつは大真面目でそう説明したらしいぜ」
ティルガはそう言って説明を終えた。
「‥どういう経路をたどってこれに行きついたんだ?」
ティルガは軽く肩をすくめながら首を振った。
「さあ?多分だが、国際速信鳥士を介して連絡を取ったんじゃねえか?俺は指定されたところへ、このブツを取りに行っただけだからな‥いや~~遠かった!全く知らねえところに行かなきゃならねえから、久しぶりに手間を食ったよ」
そう言いながらも涼しい顔をしているから、ザイダにはティルガが実際のところ、どれほどの苦労をしたのかを計り知ることはできなかった。
ヤーレは机上に置かれた『力素神鐘 』をじいっと眺めながら、ティルガに質問をした。
「これは、有効範囲はどのくらいなんだ?一度この鐘を聞かせれば、シンリキ操作は解けるのか?」
「あ~、そういう詳しいことは‥っと」
そう言いながらティルガが胸元の隠しから紙を引っ張り出した。少し皺になっているそれを広げ、ぐいぐいと皺を伸ばしてヤーレの方に寄こす。
「ここに書いてあるらしいぜ。ちょっとリンクウ大陸の言葉も混じっているから読みづらいかもしれんが‥お前はまあ読めるだろ?」
基本的に、この世界 の言葉は『大陸共通語』であり、どこの大陸に行っても大抵のことは通じる。
しかし、やはり大陸が違えば、そこで培われた歴史の成り行きや風土などによって、転訛のような言語の変化が出てくる。他の場所とのやり取りが少ない場所ほどそういう傾向になりやすいので、大陸から遠く離れた島などでは全く言葉が通じないこともある。それは非常に珍しい事象として語り継がれるほどであった。
だから、言葉が通じない、ということは、あまりこの世界 では起こり得ないことなのだ。
ヤーレは小さく頷いてその紙を受け取り、ふんふんと何か呟きながら読んでいるようだった。
「ひとたび‥鳴らせしは‥ああ、古語に近いんだな‥うん」
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