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第152話
水を飲んでひと息ついたらしいシンリキシャは、ぶは、と大きく息を吐いてからザイダの方に向き直った。
「ザイダ様、遅くなって、すいません、でした、あの」
まだ肩を揺らしているシンリキシャに、ザイダはゆっくりと声をかけた。
「エンダ、慌てなくていい、お前の無事がわかっただけで今は安心してる。息が整ってから報告してくれ。もう少し水を飲んだ方がいいか?」
「あり、がとう、ございます、」
手にした木筒 をもう一度ぐいと呷ってごくごくと飲み、何度か深呼吸してからようやくシンリキシャは話し始めることができた。
「オクロト村からもう一つ村を隔てたところに、中規模のカタラニエという街があるのですが、そこで今回の嘆願直訴状を書いた人物に会えました」
おお、と機工車内にいた者たちがざわめいた。書状を出した人物はかなり用心深く隠れていたようで、書状を受け取ったミチェルの各担当部署の者達が行っても、会うことはできていなかったのだ。
「それで?」
ザイダが促すと、シンリキシャは頷いてまた話し出した。
「書状を出したのは、オクロトの村の漁師であるカジャ、ナルグという伴侶です。子どももいて三人ともにシンリキシャであったことから難を逃れたのか、と思われます。この二人は高能力者 というほどの能力はありませんが、一般的なシンリキシャよりはシンリキが強かったようです」
「なるほど‥」
「やはり、シンリキが強ければ影響を受けにくいのは、間違いないようだな」
「しかし並みの者では太刀打ちできん、ということもわかったな‥」
てんでにシンリキシャの報告を聞いて感想を述べている人々の声を横に聞きながら、ザイダは目顔で先を促した。
「‥なかなか豪胆な漁師たちで、時折村の様子などを見に行っていたそうです。そこで見たところでは、村の集会所や魚介の引き揚げ建屋などを使って薬剤を生産しているようだ、とのことでした。それが何かまではわからなかったようですが、薬剤は液体で、紫に近い淡紅色だった、と言っています」
「‥‥やはり、強制性交幻覚剤 か‥」
「窓口になって輸入するばかりでなく、自分で生産まで始めたんだな」
「ということは、おそらく症状緩和剤 の生産も視野に入れているとみて間違いないな‥」
シンリキシャはもう一度、水を飲んでから答えた。
「龍尾山麓の町タシュグからタツエル川を使った運送経路で、何やら怪しげなものも届いているようだ、と言っていました。そして今現在は、全ての村人がシンリキ操作下にあると思われる、とまで教えてくれました。‥漁師なのに、本当にあの二人はすごいですよ‥どうにかして、あのヒト達に村を取り戻してあげたいです‥」
そう言って項垂れたシンリキシャの肩を、もう一人のシンリキシャが優しく叩いた。
ザイダはそれを見ながら、また質問をした。
「近くに機工車を目立たせず、停められるような場所はあるか?」
「はい、先ほど申し上げましたカタラニエとジャクセという村の中間に、背の高い木がたくさん生えているところがあります。少し開けたところも中にあるので、問題なく停められるかと思います。‥ただ、機工車自体が、たまにカタラニエに季節便が来るくらいなので‥移動するなら夜の間が目立たなくていいかもしれません。カタラニエの手前で、人通りや昏さを見ながら時間調整をする必要があるかと思います」
「わかった、ありがとう。とりあえず休め。希望するなら国軍の駐留地で湯浴み場も借りられるから行ってくるといい」
ザイダがそう言うと、シンリキシャはほっとした顔を見せながら笑った。
「では、後でお借りします。今はとにかく‥寝かせてください!眠い!」
その声を聞いて、周りの人々がどっと笑った。
スルジャとしてはもうジュセルに回復薬を作らせたくはないし、それはカズリエも同じ思いだったのだが、現在の状況を鑑みればどうしてもまだ数が必要だった。それを頭を下げながら説明し、頼みに来たカズリエに対し快諾したのはジュセルだった。
「ただ、ちょっと今までより遅くはなっちまうけど」
「‥‥そんなの、構わないわ‥本当にごめんなさい。どうにかするから、絶対」
カズリエはそう約束してくれた。
もうすぐ龍人 とその番いがやってくる、とサイリが告げに来たのは、ジュセルがスルジャと二人で、頼まれている回復薬の最終工程にかかっているときだった。
「わかった」
「ジュセル、いったん休憩しよう。しんどくなる前に応接室の一番いい長椅子に横になって身体休めて。‥さすがに寝台で龍人 に会いたくないでしょ」
スルジャにそう言われて、それもそうだな、と思い大人しく応接室へ向かう。
すると、ナジェルが知らせたのか、ケイレンとアニスも既に応接室まで来ており、そこで待っていた。
ケイレンがすぐにジュセルの腕を取って、一番広くて柔らかい長椅子に座らせる。「でもお客さんに座ってもらった方が」と反論するジュセルに、ケイレンは厳しい顔をして首を横に振るだけだった。
十分もしないうちに、玄関からビーッという無機質な音が響いてきた。みな、大人しく応接室で待っている。しばらくして、控えめに扉を叩く音がし、「入るよ」というサイリの声と共に扉が開いた。
そこに立っていたのは、細身のヨーリキシャ、そして‥銀髪の偉丈夫だった。ここにいる者たちの中には銀髪の人物を見たことがあるものがいなかったので、一斉にみな息をのんだ。
しかも、銀髪の人物は大きい。かなり大きい体格のヤーレよりも大きいのでは、というくらい体格もよかった。胸は厚く腕は太い。しかし腰はきゅっと引き締まっており、長い足はみっしりと筋肉がついていながらもしなやかさを感じさせた。
何よりも銀髪の偉丈夫は、恐ろしいほどに整った容貌を持っていた。ケイレンもその美貌で知られているが、ケイレンの美しさは生き物の明るさ、ヒトの生命を感じさせる美しさだ。
だが、この銀髪の偉丈夫は、まるでヒトではないかのような、硬質で冷たい美貌の持ち主だった。
これが、龍人 なのか。
あまりに銀髪の偉丈夫の存在感が強くて、一同は一瞬その隣に佇むヨーリキシャの存在を忘れた。しかし、最初に声を上げたのはそのヨーリキシャだった。
「ナジェル~~!久しぶり!元気してた?ご飯ちゃんと食べてる?」
そう言って明るくナジェルに向かって手を振る。銀髪の眉間に皺が寄った。
その声を聞いてジュセルは改めてそのヨーリキシャの方を見た。
「に‥日本人ぽい‥」
その顔立ちは、これまでジュセルが見てきたこの世界 のヒト達の中で、一番「日本人らしい」顔立ちだったのだ。
その呟きを聞いたヨーリキシャの目が輝いた。そしてその時、ジュセルはまた気づいた。‥‥このヒト、目が、黒い。
ヨーリキシャなのに、ありえないことだ。
「やっぱり!?やっぱりあなた、日本人?!‥‥ん、でも目も蒼いね‥。ハルタカ、髪と目の色が同じカベワタリもいるの?」
「‥私が知る限り、そういったものはいなかった。カベワタリはみな、髪と目の色が違う」
二人が話し出すと、一気に応接室に緊張が走った。特にジュセルはヨーリキシャの言葉を聞いて衝撃を受けている。
本当に、いた。
本当に、自分の他にも、日本人がいたんだ。
その衝撃的な事実に、頭がついていかない。
そのジュセルの姿を見て、ヨーリキシャが龍人 ‥ハルタカとサイリの方をそれぞれ見た。
「‥ね、ごめんなんだけど、少しだけこの子と私を二人にしてくれないかな」
ハルタカとケイレンが二人とも露骨に嫌そうな顔をした。ヨーリキシャはハルタカの顔にしか気づいていなかったが、ケイレンの表情に気づいたナジェルとアニスがそれぞれケイレンの両脇から腕を挟んだ。
「ケイレン、大丈夫だから」
「危害を加えられるわけじゃねえんだからさ」
「そんなのわかんねえだろ!」
そのやり取りを耳にしたハルタカが、ずいと歩み寄ってケイレンの襟首を後ろから引っ掴み、軽々と持ち上げた。ケイレンとて二十カル半(=約184㎝)ほどはあるはずなのに、それを感じさせないしぐさだった。
「おい貴様、マヒロがそんなことをするわけがないだろう。あまり無礼なことを言うと、この首ねじ切るぞ」
「ハルタカ!火力強いから!ちょっと早く下ろして!」
ヨーリキシャ‥マヒロが叫ぶと、ハルタカは小さく舌打ちをしてから、ぽいとケイレンから手を離した。反動でどさりと倒れ込んだケイレンが、ぎりりと鋭い目つきでハルタカを睨みつける。
「ケイレン、俺大丈夫だから」
ジュセルからの言葉でようやく落ち着いたケイレンを、半ば連行するようにナジェルとアニスが抱えて連れて行く。その後をスルジャが追った。サイリは扉のところで振り返り、「マヒロ、頼むね」と言ってから、恐る恐るハルタカにも外へ出るよう促した。
ハルタカはサイリに目も合わせずそこに立っていたが、マヒロから「ハルタカ、大丈夫だから。お願い」という言葉をかけられ、ようやく扉の外へ出ていった。
パタン、という扉の閉まる音がやけに響いた。
お互い、長椅子に腰かけたまま、じっと相手の顔を見る。最初に声をかけたのはマヒロだった。
「ねえ‥あなたって、いわゆる‥異世界転生、ってやつ?」
「多分‥。自分が死んだな、っていう、意識はあったんだ。でも気づいたらこの世界 にいて‥おかしいな、って思い始めたのは多分五歳、くらいだったと思う」
マヒロは、深いため息を一つついた。視線は下がっている。しかし、確かにこのヒトの瞳は黒だった。そしてカベワタリの条件とは、あの龍人 が言うには髪と目の色が違うこと。
この|世界《トワ》で、髪と目の色が違うのはレイリキシャだけだ。レイリキシャは髪は白いが目は黄色い。
しかし、きっとそれは当てはまらないのだろう。
「あなたは‥異世界、転移?」
マヒロは顔をあげて、ゆっくりと頷きそれを肯定した。
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