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第153話

「いつごろ、こっちに来たんだ?」 「え~と、令和六年‥」 「は?れいわ、ってなんだ?」 この答えに今度はマヒロが目を丸くした。 「‥こんなこと聞くのすっごく変だけど、あなた‥ジュセルだっけ?死んだ、って記憶してるのはいつ?」 「多分、平成二十七年‥2015年かな?」 「ええ!?」 今度はマヒロが叫び声をあげる。驚いたジュセルが一度口を噤むと、「ご、ごめん」と言いながらマヒロが続けた。 「え〜と、2019年の五月?かな、元号が変わりまして‥」 「はっ?天皇陛下崩御されたの?」 「いや、生前退位?とかで‥いつ発表だったかなあ‥え、じゃあジュセルって新しいお札知らないんだ」 「はああ?えっ、今一万円札諭吉じゃねえの?」 「渋沢栄一に変わったはず] 「マジか‥」 「え~、じゃあ、ジュセルってあのパンデミック騒動知らないんだ‥」 「何だよパンデミックって」 「いや~~感染症が全世界規模で流行ってさあ‥マジ大変な状況だったんだよ?学校は休みになるし飲食店とかも営業できないしイベントなんかは全滅だし。世界的には結構な規模で死者が出た」 「嘘だろ‥」 ジュセルは驚いてそのままばふっと長椅子に背を預け、顔を覆った。そしてすぐに跳ね起きた。 「え、でもおかしくねえ?俺、十六だけど、今年で十七になる。あんた、この世界(トワ)に来て何年だ?」 「ん?ん~~~‥見た目が変わらないからなあ‥えっと‥多分だけど、四十年くらい?」 「‥今、いくつなの‥?」 「こっちに来た時が十八だったから‥六十になるかならないか、ってところかな。歳月の変化が、ヒトに会わないとわからなくてさ」 「‥俺多分、死んだの三十五の時だったんだ。だからまあ、累積すれば俺は五十過ぎってところかな‥」 「この世界(トワ)と、日本じゃ時間の流れが違うのかもね」 二人揃ってはああとため息をつく。 「「実感わかない‥」」 「だよね」 「だよな」 そこから二人は、いかにこの世界に馴染むのが大変だったかをお互い、気のすむまで語り合った。性別のないこと、みな何かのちからを大小関わらず持っていること、そのちからによって髪色が違うことなどへの違和感、日本にあるもので恋しいものや、ジュセルの知らない2015年以降の様子なども語り合った。 「そう言えばこないだ俺、出汁取れたんだ」 「だし!!出汁!?うどんとかそばの出汁!?どうやって?!」 ガタリと椅子を蹴って立ち上がり身を乗り出すマヒロに、カッソの説明をしてやると目を輝かせて喜んだ。 「うわ~絶対カッソ探してもらおう」 「削るのコツ要るぞ」 「そこは何とか頑張る」 「やっぱ日本人は出汁だよな」 「うどんとか蕎麦とか食べたい‥ラーメンも‥!」 「‥‥やめてくれ‥」 ひとしきり懐かしい話をした後。ふっと沈黙が訪れた。 「なんで、こんな目に遭ってんだろね、ウチら」 「‥生まれ変わるにしたって、記憶を保持してる意味、あるか‥?」 マヒロはぐいっと顔をあげて、真面目な顔をした。 「‥役割、があるらしいよ、ウチら。四十年くらい前に、龍人(タツト)の最長老ってヒトにそう言われた」 「‥また何か知らんワードが‥」 「でも、その龍人(タツト)の最長老もカベワタリ。しかも私より未来からやってきて、もう5500年?くらい生きてるらしい」 「ちょちょ、情報量がえぐいって」 またどちらともなくため息をつく。 「私も、お前がこの世界(トワ)に来た意味、役割を考えろって言われて‥なんかよくわかんなくなってさ。結局人間、幸せになることが一番じゃない?とか思って、幸せになる事です、なんて言っちゃったんだけど」 「幸せかあ‥」 何だか考えさせられるような話だ。役割がある、というのなら、自分の役割は回復薬を作ることだったんだろうか。 そう言うと、マヒロは眉を顰めて首を傾げた。 「でも‥ハルタカは懐疑的だった。そういったものが、今のヒトに必要だろうか、って。‥ハルタカと話してるときは、ジュセルのことカベワタリだって思ってたからさ‥でも、まあジュセルって言うなれば百パーセントこの世界(トワ)のヒトじゃん。カベワタリとは違う気がするんだよね、見た目もまるっきりキリキシャだし」 「だよなあ‥」 他に大したものを思いついたわけでもない。多少、菓子やカッソの出汁などここにはないものを作ったかもしれないが、それがこの世界(トワ)に必要とされるものかと言われたら、とてもではないがそうだとは思えない。 「‥あとは、ハルタカに見てもらうのがいいかな、と思う。ハルタカは龍人(タツト)だから、ヒトにはわからないこともわかるよ。いつもわかったことの全部を教えてくれるわけじゃないけど」 そう言われて初めて、ジュセルはサイリに説明されたマヒロの境遇を思い出した。 「龍人(タツト)、の番い、ってやつなんだよな?マヒロ‥」 「うん」 にこ、と笑って答えるマヒロは、二十代前半くらいにしか見えない。確かにこの世界(トワ)の人々は、若い時期は長いのだが。 「‥番い、は、寿命が‥」 「うん、永い。ハルタカが死なない限り‥多分、私も死なない」 怖くないのだろうか。この先の、長い永い時間が。 先ほど聞いた最長老という|龍人《タツト》は、5500年以上も生きていると言っていた。途方もない、想像もできないような時間だ。 ジュセルが困惑している様子が見てとれたのか、マヒロは少し困ったように笑って言った。 「‥正直、番いになるかどうかは‥すっごく迷った。でも‥私は、ハルタカを好きになっちゃったから‥」 「そ、か‥」 ジュセルの脳裏に、ふっとケイレンの笑顔が浮かぶ。もしケイレンがそういう寿命の長い生き物で、伴侶になるなら永い時を共にしなくてはならないのだとしたら。 「そうだな‥」 きっと、自分も同じ道を選ぶかもしれない。ジュセルには素直にそう思えた。 マヒロがすっと立ち上がった。 「さて、懐かしい話ばっかりしてても仕方がないし、そろそろハルタカを呼ぼうか」 「待ってくれ」 「え、何?」 立ち上がって振り向いたマヒロに、ジュセルはどのように訊けばいいかと一瞬躊躇った。 転生して、生まれたときからこの世界(トワ)にいる自分と、前の人生のままここへやって来たマヒロとでは、色々と条件も違うだろう。 しかし、他に訊けるヒトはいない。 「俺‥やっぱり日本のこととか、前の世界での常識とか、たまに口走っちまうし、‥ここにないものを作ったりしちまうんだよな。気をつけてはいるけど、それを一切洩らさないってのは、やっぱり不可能に近くて‥‥」 マヒロは、ジュセルの言葉を聞いて、またストンと長椅子に座った。目を合わせたまま、じっと話を聞いてくれている。 ジュセルは震える指先を自分の手で握りしめた。 「‥俺‥ヒトの間で、暮らさない方が、いいのか‥?俺って‥この世界(トワ)に存在してて、いいのかな‥?」 少し震える声でそう絞り出したジュセルに向かって、マヒロは首をかしげた。僅かに考えるそぶりを見せたあと、明るく言った。 「‥うん、それも含めて、ハルタカに訊いてみよう。‥多分、龍人(タツト)ってこの世界(トワ)の上位存在ってやつだと思うから‥訊けば何かしらの結論は、出してくれると思う」 そして再び立ち上がり、扉を開けて龍人(タツト)を呼んだ。 「マヒロ」 すぐに龍人(タツト)ハルタカがやって来た。そのすぐ後ろから、ケイレンも両腕にアニスとナジェルを引きずりながらやってきていた。 ハルタカは、その三人の様子を眉間に皺を寄せながら冷ややかに眺めていたが、 「お、お前がここにいるなら俺もジュセルの傍にいる!」 と言い張るケイレンに対しては、ふんと鼻を鳴らしただけで何も応えなかった。 再び、応接室はヒトで賑やかになった。元々の屋敷にいた六人に加え、存在感のあるハルタカにマヒロを加えた八人だ。この屋敷の応接室はかなり広く、長椅子も大小合わせて幾つもあったが、ハルタカの存在感はその応接室さえも狭く感じさせるほどだった。 三人掛けの長椅子にマヒロを引き寄せながら、ハルタカが腰かけた。アニスが「お茶を淹れてくるよ」といって厨房に行こうとする。ジュセルも腰を浮かせかけたが、スルジャに止められてそのまま座った。 結局、お茶の仕度はアニスとスルジャがしてくれた。今日の菓子は、昨日のうちにジュセルが焼いておいた、ラッカ蜜を浸み込ませた濃厚な味わいのパウンドケーキだ。かなり味が強いので、一人当たりの量が少なくてすむだろう、と目論んだ一品である。 切り分けられたケーキがのった皿を見て、マヒロが歓声を上げた。 「美味しそう!なんかケーキ屋さんとかで売ってるお菓子みたい!」 「うん、基本はパウンドケーキなんだ‥レシピがまあ単純だから応用もきいてさ‥」 「ジュセルって自分でご飯つくる系の人だったの?」 「まあ、一人暮らしが長かったし、暇つぶしにね‥」 と、マヒロとジュセルが話しているのを、屋敷の者達は不審げに聞いていた。 ジュセルが、独り暮らしをしたことなど、なかったはずだ。 しかし、この龍人(タツト)の番いは、当たり前のようにジュセルと会話をしている。 その不自然さに皆気づいていたが、誰もそれを指摘しようとはしなかった。

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