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第154話

「お前が訊きたいのは、身体の不調についてか、それとも先ほどマヒロに話していたことについてか。どちらから先に話す?」 ハルタカが淡々と立ったまま、ジュセルの方に目線を下げて訊いてきた。ジュセルはその言葉を聞いて、ん?と首をひねった。 「なんで、さっき話したこと知ってる感じなんだ‥?」 するとハルタカに肩を引き寄せられていたマヒロが、あ、という顔をして小さく舌を出した。 「‥ごめん、私たち番いだから‥私がいるところの音声は勝手にハルタカ拾えちゃうんだよね‥」 「‥は?」 驚きのあまりジュセルが絶句していると、マヒロがハルタカの太い腕を軽く叩いた。 「ハルタカ、でも聞くときは一言断ってって言っといたでしょ」 「緊急事態だった。まだ素性の知れぬものとお前を二人にしただけでも、私にとってはかなりの譲歩だ」 秀麗な顔をむっすりとさせたままそう答えるハルタカに、そこにいるものは何も言えない。 ケイレン以外の人々は(なんかちょっとケイレンに似てる‥)と思ったが、賢明にもそれは顔にも口にも出さずにいた。 「それで、どうなんだ」 改めてハルタカに問われ、自分の転生のことについて皆にまだ説明するかを決められていないジュセルは、慌てて答えた。 「かっ、身体!身体の方にしてください」 「ふむ」 そう言われたハルタカは軽く鼻を鳴らすと、手に持っていた小瓶を自分の目線の高さにまで上げて、じっと見た。それは、スルジャから受け取った最終工程の途中である力素回復薬だった。 ハルタカはしばらくの間、そうやって薬を眺めていたが、「とりあえず座ろうよ」とマヒロに促され、ハルタカを含めた全員が長椅子に落ち着いた。 「‥なぜ、お前がこのようなものを作れるに至ったか、の方が私にとっては興味深いが‥まず結論から言うならば、お前はこれを作り続けたら死期が早まる」 「‥‥え?」 「‥どういうことだ‥?!」 ハルタカの言葉の意味を、全員がその胸の内で咀嚼した。そして理解したはずなのに、その言葉の持つ意味が重すぎて、全く心の方が理解しようとしない。その証拠に、ジュセルの思わず漏らした声と、ケイレンが零した疑念の声以外、誰も声を発しようとはしなかった。 しかし、ハルタカは人々の困惑にも斟酌することなく、淡々と説明を続けた。 「もともと、お前は高能力者(コウリキシャ)でも何でもない。そんなお前が特別なちからを使えることはあり得ない。‥どうやってか、というのが私にとっても最大の疑問だが、お前はいわゆる生命力を削ってこの薬剤に込めている。生命力だからそれはよく効くだろう。‥‥しかし、生命力を削っているということは、もともと寿命などへ振り分けるべきものを使っているということだ。だから、このまま作り続けるならば、お前の寿命は短くなると言わざるを得ない」 ハルタカはそこまで言うと、まだ机の上に残されていた茶器を取って口に運んだ。その様子は、重大な話をした、というようなものではなく、ごく当たり前の話をし終わった、という風情である。 しかし、この内容を聞いた者たちは、マヒロを含め全員が言葉を失っていた。 最初に、言葉を発したのはスルジャだった。 「ジュセル‥ジュセル、ごめん、ごめんあたし‥どうすればいい?どうすれば」 「‥落ち着いて、スルジャ」 アニスがボロボロと涙を零すスルジャの肩を叩く。しかしそれを振り払ってスルジャは叫んだ。 「落ち、落ち着けるわけない!あたしの、興味本位で始めたことが!大きなことになって、ジュセルの人生に大きく影響して、それだけでも申し訳なかったのに!せい、めい‥寿命、を削らせてたんだよ!?じわじわジュセルのこと殺しかけてたんだ!あた、あたしのせいで、」 「スルジャ」 ジュセルが細い声でスルジャに呼びかけた。スルジャはようやく叫ぶのをやめ、ゆっくりとジュセルを見た。スルジャの顔は真っ赤に染まり、涙が後から後からあふれ出ていた。ジュセルは、少し困ったように笑った。 「そんなの、スルジャのせいでも何でもないよ。‥スルジャは知らなかったし、俺も知らなかった。だから必要があって、作っただけだ‥スルジャが、気に病むことなんて‥」 「あるよ!だってあたしさえ興味を持たなかったら、そしてより濃縮したものを作ろうなんて言わなかったら、こんな」 「スルジャ、それは違う」 声を挟んだのは、今度はケイレンだった。ケイレンは背を伸ばして長椅子に座り、膝の上で硬く拳を握りしめていた。 「‥俺だよ。全部のきっかけは、俺だ。俺のせいなんだ‥」 ケイレンは、ジュセルがこれまで見たことがないようなくらい、冷たい顔をしていた。顔色は蒼白く、目線が自分の膝の上から全く動かない。ただ、かすかにぎりぎりと拳を握りしめ続けている音が聞こえてくる。 「‥俺が、勝手にジュセルを好きになって、無理やりここに連れてきて‥ジュセルのお茶のこと、解析とか頼んだから‥余計な、ことばかりして‥」 「ああああああああ!もう!」 ジュセルが叫んで低い机の脚の部分を乱暴に蹴った。人数分の茶器が、ガチャン、と派手な音を立てていくつかが倒れた。普段のジュセルなら絶対にやらないようなことだ。ジュセルは机の脚を蹴ってからすっくと立ち上がった。 「誰のせいでもない!自分のせいだとか思うな!そう思われる方が、なんか嫌だ!‥‥色々な偶然が重なった結果なだけだ!‥俺、が、普通とは少し、違ってたから」 大声で叫んだジュセルだったが、後半の言葉は少しずつ小さくなった。室内の人々はみな、黙ってジュセルを見ていた。ケイレンだけが頑なに下を向いたままだった。 「‥次のことについて説明していいか?」 その場の雰囲気など一切知らぬげに、ハルタカが言葉を続けた。そのハルタカのわき腹をマヒロが肘でドンと突いた。 「空気読んでよ!今そう言う場合じゃないでしょ?!」 「‥空気とはそこに存在してその役割を果たすものであって、読むことなどできぬものだと思うが」 「正論はいい!とりあえず黙ってて!」 「私がここで黙っておったとて、事態は何も変わるまい?我々は役割を果たすためにここに来たのではないのか?マヒロ」 真顔でハルタカにそう言われ、マヒロはぐっと言葉に詰まった。ハルタカはいつも正しい。感情に左右されず、冷静に俯瞰で物を見ている。マヒロに関すること以外であれば。 マヒロは渋々、頷いた。だが、ジュセルに向かって尋ねるのは忘れなかった。 「‥‥ジュセルの、色々なこと‥ここにいる人たちに言っても大丈夫なの?」 問われたジュセルは一瞬顔を強張らせたが、青い顔をして俯いたままのケイレンを見て、こくりと頷いた。それを確認したマヒロは、ハルタカに向かって「‥いいみたい」と伝えた。 ハルタカはそのやり取りにもそれほど注意を払ってはいないようだった。また、淡々とした調子で話し始める。 「カベワタリ、という言葉は、一部のヒトの間でも知られているようだが、それは何もヒトだけを指すのではない。そのことをヒトはあまり知らぬようだが」 「どういう、ことですか?」 かすれた声で、ジュセルが尋ねる。ハルタカは、ふむ、と少し考えて答えた。 「そもそも、カベワタリというのは『帯壁を超えてきたもの』という意味だ。ヒトなればわかりやすいが、例えば植物や動物、野獣、ごく小さな菌類などであっても、帯壁を超えてやってきたならばそれはカベワタリだ。ただ、ヒトよりもそれが気づかれることがないというだけのことだ」 「へ」 間の抜けた声を出したのは、サイリだった。カベワタリ、という言葉を知っていたサイリだったが、そこまでの詳しい内容は知らなかったのだ。 一方、ジュセルは初めて聞く内容に、唇を噛みしめながら身を乗り出して聞き入っていた。 ハルタカは続ける。 「この世界(トワ)には、不安定な部分が多々ある。それを補うためにカベワタリが呼ばれているのではないか、というのが一般的な考え方だ。何がしかの影響を与えてこの世界(トワ)をよい方へ導くように。‥‥マヒロもカベワタリだが‥私には正直、マヒロが何の役割を持って帯壁を超えてきたのか、理解できていない。ただ‥私の番いとなるために来てくれたのではないか、と勝手に思っている」 「ハルタカ‥」 ハルタカがそこまで考えていたとは思いもよらなかったマヒロが、茫然として横にいる偉丈夫を見上げた。ハルタカはマヒロの方を見ることなく、その肩を強く抱いた。 「‥色々なものが帯壁を超えてくる。その頻度は正直我々龍人(タツト)にもわからない。そして、その色々なものの中に、おそらく『精神』も入っているのだろう」 「精神‥」 おうむ返しに言葉を返したスルジャに、補足するようにハルタカは言った。 「そうだ。お前たちにわかりやすく言うならば、心や魂といったものだな」

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