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第155話

「心や、魂‥」 今度はジュセルがそう呟く。ハルタカはさらに言葉を続ける。 「この世界(トワ)では、ヒトは死ねば子果の巡りの輪に魂が還るとされているな。そしてまた新しい子果に宿って、この世に誕生すると」 「‥そうだね‥」 サイリを抱きしめるようにして座っているナジェルが相槌を打った。サイリは何も言わずにじっとハルタカを眺めている。 「マヒロは、身体ごとこの世界(トワ)にやって来た。子果の巡りの輪に乗らずな。‥だが、そこのお前‥ジュセルか。ジュセルの精神‥魂は、帯壁を超えその魂が子果の巡りの輪に乗った。‥そして実り、この世界(トワ)に生まれ出た」 ジュセルが、震える唇でハルタカの方を見て問い返す。 「つまり‥俺は、元居たところから‥魂だけ、こっちに来ちまった、ってこと‥?」 「諸々の情報を併せて考えれば、そう結論付けるのが最も自然だろう」 室内は依然、しんと静まり返っている。ジュセルは、なぜか震えてくる身体を必死に押さえながら質問を続けようと何度も唇を舐めた。だが、息が詰まって苦しくなって、なかなか言葉が言葉として出てこない。 「あ、の、」 動悸が止まらない、頭がくらくらする。一度ギュッと目を瞑り、落ち着けと自分に言い聞かせようとしたとき、隣からぐいっと力強く肩を引き寄せられた。そのまま頭ごと抱きしめられる。 隣に座っていたケイレンが、ジュセルを引き寄せて抱きしめてくれたのだ。ジュセルの頭が埋まったケイレンの胸からも、どくどくという早い拍動が聞こえる。嗅ぎ慣れた匂いと胸の感触に、ふっと力が抜け、震えが止まった。 耳の近くでケイレンの声がする。 「‥どんな魂でも、どこの魂でも、俺はジュセルを愛してるから」 何も心配するな。 目の奥がツンと痛くなった気がした。涙が滲みそうになるのを必死でこらえ、質問をする。ケイレンに抱きしめられたままなので、少し声がくぐもってしまった。 「俺は‥ここにいて、いい存在ですか‥?」 「なぜ、存在してはならぬと思うのだ?お前は子果に宿り、(シンシャ)の胎で実って生まれてきた。存在して当然だ」 ジュセルは、今度こそ身体全体の力を抜いて食ったりとケイレンに身を任せた。ケイレンは優しく抱きしめその髪を撫でる。「よかった」と小さく呟くジュセルが愛しくてたまらなかった。 「‥お前はなぜ、自分が存在してはならないと考えたのか?」 ハルタカがちらりと抱き寄せたマヒロに視線をくれながら訊いてきた。ジュセルは、ごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと答えた。 「‥この世界には本来なかったものを、生み出してしまっていいのか‥俺には判断がつかなかったら」 「私は、ハルタカが傍にいてくれたから‥そういうことで悩まずにすんでたんだね」 マヒロが素早くそうハルタカに囁いた。いつも泰然自若としているこの番いが、自分のことになると急に弱気になり心配性になってしまうことを、マヒロはよく理解していた。 ハルタカは、少しマヒロを引き寄せている手にちからをこめた。そしてまた言った。 「‥もしそれが許されぬものであるならば、そもそも帯壁を超えぬだろうし、魂の記憶を持ったまま成長したりもせぬだろう」 「そ、っか‥いいんだ、俺、持ってる知識を、活用したりしても‥」 「ひょっとすれば、むしろそれを期待されて記憶を保持したまま、生まれたのかもしれぬからな」 「よかった‥」 ジュセルはそう言ってケイレンの厚い胸の中に顔をうずめた。我慢していた涙が溢れてくるのを、もう留めることができなかった。 次に声を上げたのはケイレンだった。 「そんなことより‥ジュセルの寿命の話だ。‥これまでに、ジュセルは結構な量の回復薬を作っている。それがどのくらい寿命を削ったのか、‥その、削られた生命力を取り戻す方法はないのか、教えてくれ」 ケイレンの質問に、ハルタカはマヒロを抱いていない方の手を顎に当て、また考える様子を見せた。 「‥結局のところ、この世界で言うちからや生命力、というものは力素に由来している。‥取り戻す、というのなら力素を補充するのが一番だろうな」 「じゃあ俺の力素をジュセルに分け与えれば、ジュセルの寿命は延びるのか?」 「ケイレン!そんなことできない!」 驚いて胸の中から顔を上げたジュセルの頭を、何も言わずにぐっと抑え込み、ケイレンは自分の胸の中にまた抱き込んだ。ジュセルがくぐもった声で何やら言いつつ暴れているが。本気でジュセルを抱き込んでいるケイレンのちからは強く、その腕はびくともしなかった。 「‥お前もなかなかの高能力者(コウリキシャ)ではあるが、‥‥寿命、というかヒトの生命力に関する力素は、普段使っているものとは少し違う。分けるなら、異常に余っているものの力素でないと成り立たぬだろう。たとえば私のような龍人(タツト)とかだな」 「分けてくれるんですか?」 勢い込んでそう言ったケイレンに、ハルタカは無情に首を振った。 「基本的に龍人(タツト)はヒトの営みに手を出さぬ。ましてや個人にはなおのことだ。龍人(タツト)がそのちからを使うヒトは、番いのみだ」 「え、じゃあ私がお願いって言ったら、ハルタカやってくれる?」 ハルタカは苦い顔をしてマヒロを見た。 「‥‥そう単純なことではない。この場合はできぬし、私はまだ生まれて四百年も経たぬ未熟な龍人(タツト)だ。おそらく、生命力として分けられるほど余剰のタツリキは生成できない。もともと、龍人(タツト)とヒトは違う生き物でもあるからな」 「そんな‥」 がくりと肩を落とすケイレンに、ジュセルは言った。 「いいよ、ケイレン。二百年の寿命が百年になったって、俺は何とも思わない」 「ジュセル、」 「だって、俺がいた世界では平均寿命って八十年くらいだったから」 ジュセルはそう言ってケイレンの顔を見上げ、にこっと笑ってみせた。 部屋の中にいた者達は息をのんだ。 ジュセルが、はっきりと別の世界から来た者である、ということを自分の言葉で語ったのが初めてだったからだ。 「‥なんか、薬とか、そういう方法はないんですか」 そう聞いたのは今度はスルジャだった。ハルタカはあまり考えることもせずにすぐ答えた。 「ない、とは断言しがたいが、難しいだろうな。少なくとも私が知っている薬草などの中に、そういった効能を持つものはない」 「ハルタカさんどのくらい薬草の種類を知ってるんですか?まだ知られていないものもあるかもしれませんよね?」 突っかかるような言い方をするスルジャの背中を、アニスがまた宥めるように叩く。しかし、ハルタカは全くそのスルジャの棘のある物言いなど、気にしていないようだった。 「この大陸であれば‥‥三千種、くらいは知っているな」 スルジャは呆気に取られて口を開けたまま固まった。スルジャの手元にある、サッカン大陸を網羅すると言われている植物図鑑三冊に載っているものすべて合わせても、およそ千種類ほどだったからだ。 事実上、無理だと言われたことに対し、またスルジャの目に涙が浮かんできた。 ジュセルはそっとケイレンの腕を押しやって顔を出した。 もう身体の震えはない。 心がすっきりと晴れたような気がしていた。 「スルジャ、泣かないでよ。さっきも言ったけど、俺が前にいた世界では八十年も生きられれば長生きだったんだから」 「‥でも、ジュセルは、今この世界(トワ)にいるじゃん‥それなのに‥」 「それに、どのくらい短くなったか、なんてわからないだろ?寿命なんてわからないのが普通なんだし‥元気なヒトでも怪我したり病気になったり、事故にあったりすることもあるんだから。変わんないよ」 「変わるよ‥やだよ、そんなの‥」 ジュセルはハルタカの方を向いて尋ねた。 「俺の‥寿命がどのくらい減ったか、とかわかるんですか?」 「‥こっちへ来い」 手招きをされてジュセルは長椅子から立ち上がる。思わずケイレンがその腕に縋ったが、ジュセルは柔らかく笑んでその腕をそっと離した。 ハルタカが座っているところへ近づき、マヒロを抱いていない方の腕の近くに立った。 ハルタカが腕を伸ばし、ジュセルの腕を掴む。掴んだところが、青銀色にふわっと光った。 身体の中を何か温かいちからが巡っているような気がした。これがさっきこの龍人(タツト)がいっていた「タツリキ」というものなのだろうか、とその温かさの中でジュセルはぼんやりと考えた。 そうしているうちに、その温もりがすうっと身体から引いていった。見ればすでに、ハルタカが手を離していた。 「あまり正確なことはわからんが‥もともと持っていたものからすれば、四分の一から五分の一ほどは減っているようだ」 「‥寿命を単純に二百年と考えれば。五十年から四十年、といったところか‥」 と呟いたのはナジェルだ。それを聞いたスルジャは歯を食いしばり、ケイレンは膝の上で再び固く拳を握りしめた。 「おお、半分とかじゃないんだ!意外と残ってる」 ジュセルは、明るい声を上げた。その声は、静かな応接室に妙に響き渡った。 その時、ビーッという音が鳴った。

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