159 / 191

第157話

龍人(タツト)はこの世界の調整者だ。世界にひずみが生まれたり、大きすぎる天災、災害が起きたりしたときなどにその調整をする。最近この辺りで大きすぎるちからの発露が見られたので私が見に来たのだ」 大きなちから、というのは、最近自分が訓練をしていたときのことを指すのだろう、とティルガは思った。 ハルタカの言葉は続く。 「私自身も、まだ若い龍人(タツト)であるから、見聞きした範囲でしか説明はできぬが‥お前は『過剰なる力の貯蔵庫(リキオーラク)』ではないかと考える」 「‥過剰なる力の貯蔵庫(リキオーラク)‥?」 耳慣れない言葉を力なく繰り返すティルガに、またハルタカは頷いてみせる。 「そうだ。普通のヒトであれば持ちえないほどの力素を持つものだ。あまりに過剰なちからを持つ者が、ヒトから龍人(タツト)へ変化した、という事例もこれまでに二例ほどあったと聞いたことがある」 「お‥俺、ヒト、じゃなくなっちまうのか‥?」 震えながらそう尋ねたティルガの問いに、ハルタカはあっさりと否定した。 「いや、お前のちからはタツリキ‥龍人(タツト)のちからとは相容れぬもののようだ。龍人(タツト)に変わることはないだろう」 「じゃ‥じゃあ、こんなちからを抱えて、俺はどう生きればいいんだ‥」 目を瞑り、横たわったままぽろりと涙を零したティルガに、ハルタカは言った。 「‥まあ、どれほどの効果があるかはわからぬが、私がお前のちからに『枷』をつけてみよう。それですこしは変わるかもしれぬ。どれ」 ハルタカはそう言って、横たわっているティルガの頬に手を伸ばし自分の身体の方に引き寄せた。 そして、唇を重ねられた。 「!!!???」 あまりのことに仰天しているティルガに構うことなく、ハルタカは大きな舌でティルガの咥内をくるりと舐め、自分の唾液を音を立ててティルガの中に流し入れた。 むせるような甘いそれを、ティルガは知らず知らず夢中になってのんだ。 身体中が熱い。ふわふわする。きもちいい‥‥ 「よし」 気がつけばいつの間にか唇は離され、ハルタカは椅子にまっすぐ座っていた。ティルガは何が起こったのかわからぬながら、今唇に触れた温かさとその甘美な快楽にくらくらと酔っていた。その様子を見てとったハルタカは、ぐるりと小屋の中を見回し机の上にあった粗末な木の椀を取り、その中に水を生み出した。 「落ち着いて飲め」 少し頭を持ち上げてやり、ティルガの唇にそれをあてがう。ティルガは流れ込んでくる水を素直に飲んだ。すこしだけ、頭がすっきりしたような気がする。 「意識がはっきりしたか」 抑揚のない美しい声に問われて、ティルガはぎこちなく頷いた。それを見て、またハルタカが口を開いた。 「お前のちからに、一応私のちからで『枷』を嵌めておいた。ぎりぎりヒトの間でもこれなら生きられるだろう。‥ただ、もう少しこの地でちからの制御を学ぶがいい」 「‥どのくらいの間‥制御訓練をすればいいんだ‥?」 震える声で何とか疑問を伝えると、ハルタカは顎に手をやってふむと少しだけ首をひねった。 「‥そうだな。お前はもう私の気配を覚えただろう。私のところに転移してこられれば、制御ができた証になるかもしれん。‥あと二年ほどは、お前が来ようと思えば私のところに転移できるよう、道を開いておく」 「二年‥」 ハルタカはそう呟いているティルガを見ながら、すっくと立ち上がった。 「二年経っても、ちからが制御できぬようなら私がお前を殺してやる」 ハルタカはそう言うと、一度だけティルガの頭に触れてから小屋を出ていった。 ハルタカが去ってから、ティルガはまず自分の身体の不調と闘わねばならなかった。龍人(タツト)がどのような処置をしてくれたのかはわからなかったが、とにかく異様に身体が重い。通常通りに動けるようになるまで、およそふた月ほどかかった。 そして、ハルタカとの邂逅から二年足らず。 「‥ほう、間に合ったか」 ティルガはハルタカのもとに転移してきていた。 ティルガがハルタカの気配を探って転移した先は、サッカン大陸最北部にある龍人(タツト)の住処だった。普段であれば、人が来られぬようハルタカによって結界が張られているのだが、二年の間はそれを解いてやっていたのだ。目の前に現れたティルガを見て、ハルタカは目を細めた。 「お前を殺さずに済むようだ‥‥ただ、それでもお前は、ヒトの中にあっては持つ力が大きすぎる。人との接触は最低限にし、伴侶や子を持つな。争いの火種にしかならん」 「‥わかった。わかったから‥‥」 一度だけ俺を抱きしめてくれ。 そう言いながらそっと手を広げたティルガを、ハルタカは何も言わず抱きしめてやった。そしてその腕を解くと、淡々と言った。 「では帰れ」 ティルガは、ハルタカの目をじっと見つめてから転移して去った。 ハルタカはすぐさま結界を張り直した。 ティルガの心には、いつもハルタカの面影があった。 成らぬ恋だとわかっている。それでも、伴侶も持てぬ自分の身の上を嘆かずに済む。叶わぬ恋を追いかけているのだと思えれば、隣に立つ者がおらずとも生きていける。 そうやって、希薄な人間関係の中、大陸をまたぐ勢いで光級請負人(カッスル)としてヒトのために生きてきたのだった。 あの、最後の出会いから、約七十年。 今目の前にいる、ハルタカの姿は、その時と寸分変わらぬものだった。 ‥‥いや、違う。 あの、何にも興味を持たぬような、冷然とした瞳ではない。 ハルタカの隣に座って肩を抱えられている、小柄なヨーリキシャ。 「‥どう、いう、集まりだ‥?」 何とかその問いを投げたティルガに、ハルタカが視線を向けた。 「‥ちょうどいい者が、やってきたな」 ハルタカはティルガに手招きをした。ティルガは、事情がわからぬながらも、長い間思い続けた想いビトの傍へふらふらと近づいた。しかし、その横には黒い瞳を輝かせた小柄なヨーリキシャが、ハルタカに肩を抱かれたまま座っている。その姿を見て、ティルガの足はハルタカまで後二歩のところで止まった。 「何、でしょうか‥」 自分の喉から、こんなに干からびた声が出るとはティルガは思わなかった。今の自分の感情をどう整理すればいいのかわからない。 あの後、請負人(カッスル)になってから様々なところへ行くたびに、龍人(タツト)について調べた。そして、龍人(タツト)の番いと呼ばれる存在のことを知った。 自分が、その番いになりたかった。だが、あの邂逅を経てもハルタカに何も言われていない自分は、おそらくハルタカの番いにはなり得ないことがわかっていた。 それでも、龍人(タツト)の番いが見つかるのは稀なことであると聞いていたから、少なくとも自分が生きている間にはそれを見ることはないだろうと思っていた。 「ハルタカ、知ってるヒト?」 少し高い声で、そのヨーリキシャが龍人(タツト)の名を呼び尋ねている。自分は、一度も呼んだことのない、その名を。 「昔、少し知り合ったものだ。あまりに過分なちからを持っていて苦しんでいたので、私が『枷』をつけた」 ハルタカはヨーリキシャの方を向いてそう答え、‥‥その額に軽く口づけた。 ティルガは、ぐっと拳に力を入れた。全身で踏ん張っていないと身体からキリキが溢れてきそうだった。その揺らぎを感じたのか、ハルタカがふとティルガの方に目を向けた。 「どうした?」 ああ、そう言えば自分は名乗ってもいなかったのだ、とその時になってティルガは気づいた。 自分の名に、ハルタカは興味もなかったのだ。 「‥‥いえ。お久しぶりです。‥なぜここにいらっしゃるのですか?」 鋼の精神でもって内心のざわめきを抑え込み、ティルガはその問いを重ねた。答えはハルタカからではなく、その奥に座っているケイレンの方から降ってきた。 「‥ジュセルの体調不良の原因とか色々‥見てもらうためにサイリが呼んでくれたんだ」 「サイリが‥」 まさかそんなところに繋がりがあったとは思いもよらなかったティルガは、茫然として呟いた。ナジェルとサイリとは以前からの知り合いではあるが、やはり踏み込んだ付き合いはしていなかった。 この屋敷にいるときでさえ、できうるかぎり深い付き合いにならぬよう気をつけていた。 そうやって、生きてきた。 「今ここに、お前がやって来たことも偶然ではないのかもしれぬな」 淡々とそう言うハルタカの言葉に、ティルガはぎこちない笑いを浮かべて尋ねた。 「どういうこと、ですか?」 「‥ああ、それで、龍人(タツト)様が俺にかけた『枷』を外せば‥俺の余剰なちからでジュセルの寿命を取り戻すことができるかもしれない、と。そういうことですか?」 「そうだ」 ジュセルはそれを聞いて、顔を青くした。 「‥だから、誰かを犠牲にしてまで長く生きたいとか思ってないって!」

ともだちにシェアしよう!