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第158話
ハルタカは憮然とした顔で応えた。
「過分なちから、と言っただろう。別にこの者の寿命が減るわけではない」
そう言われてもジュセルは半信半疑の顔を崩さず、さらに尋ねた。
「‥それを俺に分けたことで、ティルガさんが何か不利益を被ることは、本当に何もないのか?」
ハルタカは面倒くさそうにひらひらと片手を振った。
「ない。そもそもこの者は、あまりに過分なちからを持ちすぎている。|龍人《タツト》になれぬのなら、その命私が刈り取ろうかと思っていたくらいだ」
ひ、と声にならぬ声を上げたのはアニスだった。ティルガがそのような事情を抱えていたなどとは全く知らなかった。ティルガは、アニスに向けて宥めるように優しく笑んだ。僅か一年ほどではあるがともに暮らしたアニスのことは、ハルタカへの気持ちとはまた別のところで大切に思っていた。
アニスも幸せになれそうだ、ということも最近聞いたばかりだ。それも、ティルガの決心を後押しした。
ティルガは、先ほどは近寄れなかった二歩を踏み込んだ。そして座っているハルタカの肩にそっと手を置いた。
<‥ハルタカ様、私の声が聞こえていますか>
<聞こえている。みなの前で話さぬのには理由があるのだな>
身体の接しているところを通して念話をしかけてきたティルガに、ハルタカは少し眉を寄せた。
「ご協力できますよ、龍人 様。‥」
<ですが、ジュセルにちからを渡した後に、お願いがあります>
「そうか」
<その願いは、ここにいるものには聞かせたくないものなのだな>
「はい」
二人のやり取りを応接室にいた者たちは見つめていたが、念話を交わしていることには気づかれていないようだった。
「どうすればいいですか」
尋ねるティルガに、ハルタカは辺りを見回して少し考えた。
「万が一を考えて、屋外の方がよかろう。‥この家の裏手にあるのはここの所有地か?」
誰にともなく尋ねたハルタカに対して、ケイレンが頷いて応えた。それを見たハルタカは立ち上がった。
「では、移動しよう」
手入れをする暇もなかったので、裏庭は荒れたままでほとんど植物も這えていない。
「まずは『枷』を外すか」
<準備はいいか。大きなちからの動きがあるぞ>
「はい」
<あなたと別れてから七十年経っています。ヒトの世の七十年は、なかなかに長いものですよ>
ハルタカとティルガは向き合って両手を繋いでいる。少し離れたところで見守っている人々には、二人が少し地面から浮いているように見えた。
「では、外す」
<お前の願いとはなんだ>
「お願いします」
<‥‥俺の、命を。あなたに、俺を殺してほしい>
ハルタカは、金色の瞳を少し大きくして目の前で目を瞑っているキリキシャを見つめた。そういえば以前に会った時にも、このキリキシャは自分で死のうとしていた。
ハルタカは少しずつ自分のタツリキをティルガの体内に巡らせた。
<‥なぜ、と訊いていいか>
<‥‥‥あなたが、番いを持ったから>
ぶわっ!と青銀色の光が二人の姿を包んだ。あまりの眩しさに、他の者にはその姿が見えない。
<なぜだ?何のかかわりがある?>
<ああ、本当にヒトの感情に疎くていらっしゃる。伝承の通りだ‥番いにのみ、その感情は向けられる>
<我ら龍人 のことを言っているのか?それは間違ってはいない、だがなぜ>
<俺は、あなたを愛していたから‥あなたが俺のことを何とも思っていないのはわかっていた。でも、あなたが誰のものにもならないのなら、と諦められた。姿を見ずとも心の裡で想っていられれば孤独でも耐えられた。‥だが、もう無理だ。俺は、この先の何十年を、孤独には生きられない>
かちり、とティルガは体内で何か音がしたような気がした。ふわああっと自分のちからが液体のように広がっていくのを感じる。これが、押さえられていた自分のちからなのか。‥この七十年、キリキを使いこなしてきたティルガには、この本来の自分のちからが途轍もない大きさであることがよく理解できた。
「ジュセル」
ハルタカの声がした。呼ばれたジュセルは、夢に浮かされたようにふらりとハルタカの傍に近づいていく。そのジュセルの姿が目に映ったとき、ティルガは自分の腕を伸ばしてジュセルの手を取った。
「余分なものを、分けるだけだからな‥何も心配いらない」
この優しい若者 に、要らぬ心配はさせたくない。ティルガはそう思いながら優しく声をかけた。ハルタカがもう片方のジュセルの手を取る。
三人は輪のようになって手を繋ぎ、青銀色の光の中に浮かんでいる。周りにいる人々は言葉もなく、じっと見つめていることしかできない。
ジュセルは、温かいちからに包まれているのを感じていた。ずっと浮揚感に包まれていて、自分の身体の輪郭が無くなっていくような、不思議な感触だった。そして色々な方向から細い紐状になったちからが、自分の中に溶け込んでくるのがわかる。
温かく心地いいちからが、どんどんと溶け込んでくるのは言いようもなく気持ちよかった。ちょうどいい温度のぬるま湯の中に、全身の力を抜いて揺蕩っているような心地よさだった。
「もういい、十分だ!」
ハルタカの叫ぶような声で、ジュセルはハッと目を開けた。その瞬間、最後に一段と大きなちからが自分の身体の中にグン!と入って来たのがわかった。そのずっしりとした重みを感じて思わずたたらを踏む。ふらついたジュセルの両手を、ハルタカとティルガがぐっと掴んで支えてくれた。
ハルタカはキッとティルガの方を見た。
<余分なちからを流したな>
<‥‥どうせ俺はもうすぐ死ぬ身です。この子が、この先少しでも生きやすくなるよう、不要なものを譲っただけだ>
「‥ジュセル」
身体の重さによろめいていたところに、ケイレンが駆け寄ってきた。ふらふらとしているジュセルの身体をしっかりと支えてくれる。その姿を、ハルタカとティルガが眺めていた。
「ジュセル」
ハルタカが口を開いた。重い頭を持ち上げ、ジュセルは高い位置にあるハルタカの顔を見上げた。
「‥かなりの、キリキがお前に渡った。‥失った寿命分を補っても余りあるほどだ。今まで通り‥茶や菓子などを作ってそれに何かしらのちからが籠る分には、寿命を脅かすことはないだろう。だが、精製して回復薬を作るのは推奨しない」
「‥はい」
かなりの、という部分に随分ちからを込められた気がする。ジュセルは思わずハルタカの横に立っているティルガの方を見た。ティルガは何も言わず、いつもの優しげな顔で立っているだけだった。
「ティルガさん‥ありがとうございます」
「いいんだジュセル、さっきも言ったけど、要らないものを渡しただけだから。俺には何も不利益はないよ」
ジュセルを安心させたいのか、ティルガはそう言葉を重ねると大きく口を開けて笑ってみせた。
一連の様子を見守っていた他の面々も近づいてきた。スルジャはまだ涙顔だ。ゆっくりとジュセルの傍に近づいてきて、その頬に手を当てようとする。すかさずケイレンに払いのけられたので、むかっ腹を立てたスルジャは素早くその手を握って捩じ上げた。
「痛っ!」
すぐにケイレンはスルジャの手から逃れたが、スルジャはぎろりとケイレンを睨んでからジュセルの顔を見、そしてハルタカの顔を見上げた。
「ほ、本当にもうジュセルは、大丈夫ですか?早く死んだり‥体調不良が続いたりすることは、もうない?」
ハルタカはむっすりとした顔で応えた。
「ここの者達はみな疑い深いな‥少なくとも、この薬剤を作ったことで失われたものはもう補われた。他の原因なら知らんが、それが原因で何か起こることはない」
素っ気ない言い方でそう答え、横に立っているティルガの手に少し触れた。
<‥ここで死にたいのか>
<いえ、できれば人目のないところで。急に俺の生命活動が終われば、俺の体内にある膨大なキリキがどうなるかわからない。あなたの思う、ヒトに被害のない場所に連れて行ってください>
「ふむ、」
<この者たちと別れたらすぐ行くか?>
ティルガは、すり、とハルタカの小指に手の甲を摺り寄せた。念話のため、であってもハルタカに触れられることは嬉しかった。少し離れたところに立っている、小柄なヨーリキシャの姿は極力目に入れないようにした。
<いえ、まだ少し、色々と仕事もあるので‥それが終わったらお願いします>
ハルタカはその念話を聞いて、少しその流麗な眉を寄せた。ややあって、またハルタカが返した。
<‥‥では、全てが終わったらこの座標に来い。そこへお前が来れば私にもわかる。そのときにしよう>
ハルタカから、ある場所の座標情報が送られる。しっかりとそれを記憶して、ティルガはそっと手の甲を離した。
「ありがとうございます」
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