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第161話

結局、一行はそのままその宿屋に滞在することにした。部屋数は少なかったが、何とか全員入ることができたからだ。宿屋は、四人部屋が一つ、二人部屋が四つに雑魚寝用の格安広間が一つという間取りだった。機工車に乗り込んでいるセキセイの二人は、見張りも兼ねて機工車に寝泊まりするというので、十一人がそこに泊まることになった。 カジャとナルグ、ルフカの親子は、元々雑魚寝部屋に寝ていたらしかったので、それ以外の部屋を使うことになった。 宿屋の主が作る料理は意外に旨かった。「本当ならオクロトの魚料理を出すんだがな」と渋い顔をして肉料理を出してくれた主は、不満そうではあったが。 翌日、銘々が装備や武器の手入れをしたり、細かい段取りなどを話したりしているときに、ティルガがやってきた。 「おう、宿屋に泊まってんのか。よかったな、広い寝台で寝られて」 何の気なしにそう言ったティルガの言葉に、なぜかヤーレとザイダだけ少し顔を赤らめてもぞもぞとしていた。 ヤーレとザイダは成り行きで同じ二人部屋になったのだが、却ってそのせいでぎこちなくなり、うまく話せなくなっていた。勿論、作戦のことについてなどであれば普通に話せるのだが、何気ない会話、というのが二人ともできなくなっていたのだった。 成人したての若者(ワクシャ)でもあるまいし、とヤーレは自分に舌打ちしたい気持ちだった。年齢の差で言えば、ヤーレの方が倍以上も上なのだ。それなのに、うまい言葉一つ出てこない自分に呆れ、失望していた。 ザイダはザイダで、なぜかヤーレのことを必要以上に意識してしまい、夜になって寝台の上に横たわってもヤーレの気配を感じるとなかなか眠ることができず困っていた。 そんな微妙な二人の空気感は、翌朝には他の隊員たちにも伝わっていたが、これは本人たちの問題だな、と淡々と捉える者たちばかりだったのでそれについて言及されることはなかったのだった。二人は作戦のことに関してはしっかりしており充分に頼れる責任者であることを、全員がわかっていたからでもある。 微妙な空気感に一瞬ティルガは首をかしげたが、すぐに持ってきたものをザイダに手渡した。 「力素回復薬だ。事情があってもうこれは作られることはない。今までの一本分を、三つに小分けして小瓶に入れている。ここぞという時にだけ使え」 ティルガの説明を聞いて、ヤーレがその表情を曇らせた。 「‥‥やはり、あの子にかなりの負担が‥?」 「そのようだ。だから慎重に扱ってくれ」 ザイダとティルガは神妙な顔をしてその小瓶を見つめ、誰に持たせるかを話し合わなければならないな、と目顔で語った。 ティルガは、ふう、とひと息ついてヤーレに言った。 「とりあえずこれで俺の仕事は終わりだが、ハリスのことが片付くまではケイレンの屋敷か、請負人協会(カッスラーレ)にいることにする。何かあったらどちらかに鳥を飛ばせ」 「わかった」 頷いたヤーレに、ティルガは笑いかけた。 「‥それも片付いたら‥俺はちょっと長くこの大陸を留守にすると思うからな」 「そうか、別の大陸で仕事が入りそうなんだな?」 ティルガは笑いながら少し首をすくめてみせた。 「‥まあ、そんなとこだ。お前も頑張れよ」 ティルガはそう言ってすぐに帰っていった。 まだ夜も明けきらない頃、一行は静かに宿屋を出た。カジャと宿屋の主の知り合いから貸してもらえた馬は七頭。子ども救援隊の二人が一頭に乗り、建屋にいる村人の救援隊の五人は三頭に分乗。残る三頭に、村長宅襲撃隊が分乗した。 「‥行くぞ。第一目的は村人の救出、第二は生きて帰ること。第三がハリスの確保または殺害だ。いいな?」 「おう!」 朝まだきの空に、ひそやかな喊声(かんせい)が上がった。 作戦は、面白いようにうまく行った。やはり、村の内部を熟知しているカジャが案内してくれたことは大きかった。目につきやすいような村の道を突っ切ることもなく、外れた道を通って目的地に着くことができたからである。 建屋救援隊と村長宅襲撃隊は、近くで馬を降りて繋いでおき、それぞれ徒歩で目的に向かった。子どもたちがいる共通学校は村はずれにあったので、子どもの救援隊だけ一頭の馬でそのまま向かう。 まず、子どもたち約百人が囚われているところには、どうしてもと言ってきかずついてきたルフカが、こっそりと年長の子どもたちの傍に近づき協力するように言い含めたおかげで、大きな混乱もなく、見張りの三人を倒すことができた。その後すぐに、ルフカの案内で子どもたちとアズ、トスカが馬であとから警戒しながら、林の中の空地へと向かった。馬に乗ってから赤い煙色弾をあげた。 それを見た建屋救出隊が、次に行動を起こす。 建屋は元々、水揚げした魚介類を荷捌きしたり加工したりするためのものだ。だから非常に入り口が開けているし、中の構造も単純である。つまり見ようと思えば簡単に中の様子を窺い知ることができるのだ。 建屋の外側から注意して観察すれば、見張りのものが五人ほどしかいないことが確認できた。ちょうど隊と同じ人数だったので、それぞれがひとりずつ仕留めようということになった。 村人は、ぼんやりとした顔でのろのろと作業しているものと、嫌そうに顔を顰めながら作業をしている者とがいるようだった。 「おそらく、あのぼんやりしているやつらがシンリキ支配下にあるんだろうな‥」 シンリキの高能力者(コウリキシャ)であるミジェは、そう結論付けた。 先に見張り役を襲撃しても、まともなやつもいそうならそこまで騒ぎにならないかもしれない。ぎりぎりまで、先に力素神鐘(りきそしんしょう)を鳴らすか迷ったが、支配されていない村人も一定数いる、とみて先に襲撃することに決めた。 とはいえ、さすがにここを守らされていたハリスの手の者達はかなりの手練れだった。容易に制圧するとまではいかず、エンダとハスがかなりの重傷を負った。医療行為ができるマリキシャは同行していないから、自分の持つ力素で踏ん張り、しばらくは命を繋がねばならない。ミジェはザイダに渡されていた力素回復薬の小瓶を、迷わず二人に渡して飲ませた。 そして鐘を鳴らした。 鐘の音は、まるで風が吹き渡っているかのような音で、一般的に想像する鐘の音とは違っていた。しかし、ミジェがシンリキを込めながら何度も何度も鳴らしているうちに、ぼんやりしていた村人たちの顔に少しずつ生気が戻り始めた。 十分後には、全ての村人が、シンリキ支配から解放されたようだった。大竜(ワターシュ)の牙の下には?の問いも随分役に立った。 元々正気だった村人にも確認を取り、建屋にいるものは全員支配を脱したことを確信したミジェは、赤い煙色弾を上げた。 「二つ目の赤だな」 ヤーレは煙色弾の色を確認して呟いた。少し小高いところにある村長の家は、そこまで大きくはない。しかもおおよその中の間取りも、カジャとナルグに訊いて予想できている。煙色弾を確認できたら、あとからやってくるタカエの到着を待たずに先に襲撃すると決めていた。どういう手段でハリスとその手の者が連絡を取り合っているかわからなかったからだ。作戦の進行速度を優先した形である。 ザイダとヤーレは幅広の大剣、ピオは室内でも使える短弓に鎖鎌、ノースは揃いの短刀を両手に構えている。みなそれぞれ幾つかの投擲刺剣(とうてきしけん)も隠しに入れていた。 そしてそれぞれ、「ゴーグル」を装着し、万が一にもズレることのないようきっちりと帯を締める。 「‥行くぞ」 ザイダの合図で、裏口の扉を蹴り開けた。 村長宅にいたのは、ハリスを含めて八人だった。最初の二人はピオの短弓で動きを封じ、すぐに傍に寄ったノーズが短刀で喉を掻き切った。ぶしゃっ!と大量の血液が噴き上がるのには目もくれず、ヤーレとザイダは村長宅の奥へ踏み込む。 執務室らしきところに、ハリスと他に二人の者がいた。ヤーレとザイダは知らなかったが、この者たちはハリス子飼いの諜報部隊の者達だった。裏口にいた二人とは比べ物にならないほど、腕が立つ。 ハリスは扉を蹴倒して入ってきた二人を見て目を細めた。 「‥こんなところまでやってくるとは。次代は随分お暇だと見える」 顔は何かで覆われていたが、姿かたちからザイダだと確信したハリスは、そう言って静かに立ち上がった。その脇を、諜報部隊の二人が守るようにして構えた。 「我が部族の恥は、我が部族のものが始末をつけねばならないからな」 ザイダはそう答えて大剣を構え、ぐっと膝を落とした。

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