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第166話

当のグンデは、イェライシェンの辺縁地区にいた。ここはシンカンの森に近く、様々な材料を手に入れるのにも便利だし、近くの村には馬貸しも住んでいて何か用事を頼むのにも都合がよかった。 怪しまれないように、という警戒の意識は、さすがにこの年になればグンデにもついてきている。村人には「薬師だが、新しい薬の研究をしている。ヒトと関わるのが苦手なのであまり構わないでほしい。その代わり十日に一度、村人に薬を安価で売る」という取引を持ち掛け、成功していた。 イェライシェンは大都市だが、シンカンの森に近い辺縁地区には商店や薬局なども少ない。グンデの提案は村人に喜ばれた。何度か薬を売った時村人に接して、いけそうだと思ったグンデは「自分を逆恨みして探している人がいるから、自分のことはあまり人に言わないでほしい」とお願いしてみた。 安価でよく効く薬を売ってくれたグンデに対する村人の印象はよく、その頼みにも快く頷いてくれた。 グンデはかつての森番小屋を買い取って、そこに住むことにした。様々な原料の宝庫であるシンカンの森が近いとはいえ、大型の野獣もよく出るこの辺りには村人は警戒して普段は近づかない。そういった事情もあって、もう長いこと森番自体も不在だったのだ。無人で傷んでいた番小屋を気の毒に思った村人たちは、親切にもその補修も手伝ってやった。 そうして、グンデがここに住み着いてからそこそこの時が過ぎた。 ハリスにもらった精神操作洗脳性交剤(パルシン)製法(レシピ)を見て、何度も何度も試作をした。その効果の確認をするために、何人かの村人に、薬に紛れさせ飲ませてみたが、思うような効果は得られなかった。 グンデは、他人の製法(レシピ)で何かを作る、という経験はほとんどしていなかった。だから、何度試作しても思ったような効果が得られないことに、随分と苛立ちを感じていた。 ある時、行き詰ったグンデは森の中をうろうろと歩き回っていた。精神操作洗脳性交剤(パルシン)の材料を集めるために出てきたのだが、既に目的の材料は採取し終えていた。それでもうまく行かない試作を思えば苛々が治まらず、歩みが止まらなかったのだ。 あてどもなくうろうろしているグンデを、森の野獣たちは警戒して息を顰め姿を隠している。 しかし、あまり知能の高くないパイキーという小動物が、トトトっとグンデの前に走り出てきた。パイキーは、手のひらにのるほどの小さな生き物で、一説によると色々な植物の種に加えて野獣や植物の子果に当たるものをあちこちに運んでいるのではと言われている生き物だ。 そういった役割があるから、あれだけ警戒心が薄く小さい生き物であるのに、厳しい森の中で生息できているのではないか、という研究結果が知られていた。 グンデはなんとなく足元を通り抜けようとしたパイキーを捕まえた。動きも大して早くないので、簡単に捕まえられる。しかし、パイキーを捕まえると森が痩せる、という言い伝えがあるので普通の人は捕まえない。子どもがよく捕まえてきて、(シンシャ)に怒られる、というのはどこの地域でも見られる光景だった。 ふっさりした尻尾を握ってぶら下げられているパイキーを眺める。すると、手にチリチリとした刺激を感じた。 「‥‥力素‥?」 すべからく生き物には力素が含まれている。動植物のそれはヒトのように体系だっては捉えられてはいないが、元はみな同じ力素だ。 パイキーは必死に暴れてグンデの手から逃れようと暴れている。チリチリとした刺激はどんどんと強くなってきた。 「‥‥‥そうか!ひょっとしたら!」 グンデはぱあっと顔を明るくして、パイキーをがっちりと掴みしめ、そのまま自宅へ向かって走り出した。 ロザイはティルガの来訪を受けた後も、精力的に振りかかる業務をこなしていた。ハリスの逃亡からこっち、依頼の種類も件数も増えてきていて、忙しさに終わりが見えない。様々な依頼人から受けているハリスの暗殺も、肝心の居場所が掴めないので全く進んでいない状況だった。 無論、依頼者からは何度も催促を受けている。何か多少なりとも進捗があればそれを出していけるのだが、結局オクロトからも逃げおおせたというあまり嬉しくない情報しか出せないので、どの依頼者も随分焦れて言葉もきつくなっていた。 「‥そちらを信頼して大金を払い、任せているのにこんなにも長くかかるとは‥」 「お言葉ですがね、これはどちらかと言えば国防案件ですぜ。それを暗黒街の裏請負会(ダスーロ)に丸投げされても、こちらとしても荷が重すぎましてねえ」 相手のやまぬ愚痴に、ロザイの言葉も自然と棘のあるものになっていく。依頼者はそう言われて一瞬口を噤んだが、ため息とともにとにかく早く頼むとだけ言い含めて機工通信を切った。 ロザイも叩きつけるように送受話器を戻し、サレーニにじろりと睨まれる。機工通信の躯体も回線も大変に高価なのだ。肩をすくめて息を吐いたロザイの部屋の扉が、控えめに叩かれた。 「”蝶”です、主頭」 「おお、入れ」 入ってきたのはロザイが個人的に契約している情報屋、”蝶”の片割れであるマリキシャのサミだった。ほっそりとした身体つきで、どこにでもいそうな平凡な顔立ちをしている。 「何か突き止めたのか?」 そう言いかけたロザイの言葉に、サミは少し首をかしげてみせた。 「‥これが、何かに繋がるかどうかはわからないんですが、相棒‥タミが知らせておけというもので」 サミとタミは、二人で一組の情報屋、”蝶”だ。タミはいまだ何かの活動の最中なのだろう。口の重いサミに、ロザイはにっと得意ではない笑顔を見せた。 「今は何でもいいからとっかかりが欲しい。無駄な情報でもいいから教えてくれ。何があった?」 そうまで言われてサミはようやっと話し出した。 「‥大きな薬局二つ、裏でやっている薬剤屋一つ、‥それから『アルバの夜明け』にも、今すぐ万能薬の扱いがないか、っていう問い合わせがあったらしいんです。問い合わせてきたのは、いずれも医師なんですが、‥その名前は医師連会にはないんで、偽名かもぐりの医師じゃないかと思われます」 ロザイの目が鋭くなった。同じ部屋にいたサレーニも作業の手を止めてサミの方を凝視している。 「共通しているのは、金はいくらかかってもいい、ということ、薬剤は配送ではなく直接取りに来ると言っていたことです。‥たったこれだけの情報なんですが‥一応、その医師が何者なのかを特定するために、今タミが色々動いています」 言い終わったサミに、ロザイは満足そうな笑みを浮かべ、頷いてみせた。 「‥そりゃあ、糸口ってやつだ。ひょっとしたらその糸の先はハズレかもしれねえが‥今まではその糸先さえも手繰れなかったんだ。引いてみる価値はあるぜ。‥タミが情報を掴んだらすぐにまた知らせてくれ。助かる」 ロザイはそう言って机の抽斗を開け、そこから幾枚かの共銀貨を取り出しサミに渡した。 「これは駄賃だ。医師の正体がわかったら、その情報の有用性に関わらず共金貨一枚を渡す。頼んだぜ」 サミは受け取った数枚の共銀貨を無造作に隠しにねじ込むと、軽く会釈をしてすぐに部屋を出ていった。 サレーニがサミの消えた扉の方を眺めながら、囁くように言った。 「‥やつですかねえ‥?」 「そうかもしれねえしそうでないかもしれねえ。‥請負人協会(カッスラーレ)の情報からすると、ハリスはかなりの重傷を負っている可能性が高いんだ。‥しかし、皮肉にもやつの起こした騒動がもとで回復系の薬剤は今、市場にあまり出回ってない。‥‥それでもほしいやつは金を積む。‥そして、やつは金ならたんまり持ってる筈だ」 ロザイは別の抽斗を開け、薄黄色い速信鳥紙を取り出した。 「一応、義理としてこの情報は請負人協会(カッスラーレ)にも共有しとくか。‥‥あの会長、黙ってたら何をしてきやがるかわからねえからな」 カズリエの勢いと凄まじさを知っているサレーニは、黙って深く頷いた。 ロザイは今聞いたばかりの情報を簡潔にまとめて速信鳥紙にしたためると、すぐさまそれをカズリエに向けて飛ばした。

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