170 / 191

第168話

「アミリさん、ジュセルが色々と面倒に巻き込まれてしまったのは俺のせいでもあります」 いきなり隣でケイレンが、そうアミリに向かって話し始めた。驚いたジュセルがキッとケイレンを見たが、ケイレンは話すのをやめなかった。 「俺はジュセルを心から愛していますし、大切に想っています。そして、ジュセルがその身を狙われていることには、‥俺のせいなのと俺がきっかけなのと両方が原因です。だから必ず、俺が守ります」 真剣にそう言うケイレンの横にぴったりとついたまま俯き加減なジュセルに、アミリはしばらく黙っていたが、じろっと二人の方を見やり、口を開いた。 「‥恋人なんかじゃない、ただの大家だ、って言ってなかった?ジュセル」 ジュセルはうっと言葉に詰まった。‥確かに、引っ越しの荷物を取りに行った際、いずれは伴侶になどと言い出したケイレンの暴走を止めるため、ことさらにそういう主張をした記憶はある。 「あ~‥えっと、その、まあ事情が変わった、っていうか‥」 「恋人ができたら私に紹介しなさい、って約束してたわよね?隠し事はしないって」 またまたジュセルは言葉に詰まった。 二年半ほど前、もう一人の(シンシャ)であるサンジュが突然の病で死んだとき、抜け殻のようになっていたアミリとお互いに慰め合った。これからは家族で協力して、隠し事などせず何でも打ち明けよう、家族で助け合っていこうと。 成人をほぼ二年後に控えていたジュセルは、「もし恋人ができたらすぐにアミリに紹介するから!」と請け合っていたことを、鮮明に思い出した。 そんなジュセルの様子を見て、アミリはむすっとした顔を崩さない。 ケイレンは、自分のせいで話がこじれたのかと焦り、アワアワしながら二人の様子を眺めている。 アミリは、アワアワしているケイレンと、目を泳がせているジュセルとを見て、はあ、とため息を一つついた。 「‥いいよ、ジュセルだってもう大人なんだし。そういうこともあるって頭ではわかってるの‥‥私が寂しかっただけ。あと、心配なだけ。ケイレンさん」 「はいっっ」 いきなり名を呼ばれて、ケイレンがぴしりと背筋を伸ばして裏返った声で返事をした。アミリはわずかに微笑を浮かべながら言った。 「‥あの後、少しケイレンさんのことについて調べてみたの。随分と有名な方だったんですね。二つ名まであるなんて」 ケイレンは背中に嫌な汗がつうッと伝っていくのを感じた。これはどっちだ?嫌味を言われているのか?褒められているのか? アミリは戸惑っているケイレンに構わず話を続ける。 「ジュセルは、‥何かすごい能力があるわけじゃないけど、本当にいい子なの。自分だってまだ子どもだったのに、サンジュを亡くして茫然としている私を支えてくれて、一つ実(ふたご)たちのことまで考えて‥‥いっぱい、苦労も我慢もさせてきたんだと思ってる」 「アミリ、そんなこと俺考えたことないよ!俺がやりたくてやってたことなんだ」 慌ててそう言い募るジュセルを見て、アミリはまた微笑んだ。 「子どもに、そんな風に思わせている時点で(シンシャ)失格なのよ。‥子どもは、無邪気に自分のことだけ考えているものだわ。それを(シンシャ)が色々と伝えて育てていくものよ。‥でも、ジュセルは‥ずっと「大人」みたいで、心配だったの」 アミリはケイレンの顔を見て、ふふっと小さく声をあげて笑った。 「‥‥でも、ジュセルが‥あんなにヒトに甘えることをしなかったジュセルが、あなたの前だとこんなに安心した顔をしているのね。‥もう、文句を言いたくても言えないじゃない」 「アミリ‥」 「ケイレンさん』 「はいっっ」 再びぴしりと姿勢を正して返事をするケイレンに、アミリは真面目な顔をした。 「‥私はジュセルの(シンシャ)だから、勝手なことを言うわ。‥あなたの命を懸けて、ジュセルを守ってくれる?絶対に、あなたがジュセルをこの先、守ると誓ってくれる?」 「守ります、俺の命に代えても」 間髪入れず、そう返事をしてケイレンは真っ直ぐにアミリの目を見つめた。きらきらと輝く黒輝石のようなその瞳を見つめ返したアミリは、ふっと表情を緩めた。 「ありがとう。‥‥でも、ジュセルが悲しむから、二人とも生きられるように頑張って」 「はい!」 ケイレンはにこ!と笑って隣に座っていたジュセルを無意識に、ぐっと抱き寄せた。ジュセルは顔を真っ赤にして腕を突っ張り、ケイレンから離れた。 「ばっ、だからやめろって!」 「あ、ご、ごめん!」 ジュセルからの拒絶に焦って情けない顔をしながら、そのご機嫌を窺っているケイレンに、アミリが吹き出した。 「ようやく、値段によっては譲ってもいい、というヒトがいましたよ」 往診に来た医師が、ハリスの身体にマリキを流しながらそう言った。ハリスは眉をしかめながら医師の顔を見た。 「いくらなら、と言ってるんだ?」 「とりあえずは前金で共金貨十枚。あとは会ってから交渉したいそうです」 「‥前金だけで五倍に吹っかけてきやがるのか‥いい度胸をしているな」 医師はマリキを流し終わり、ハリスに上衣を着せかけてやる。 「今、市場には回復系の薬剤がほとんど出回っていませんからね‥まあ、たぶんあなたが脱走したせいでしょうけど」 「ふん」 医師はちらりとハリスの顔を見た。 「私が出向きますか?あなたご自身で行かれます?」 ハリスは少し考えてから返事をした。 「‥まだ、身体の中の力素が元に戻っている感じがしないからな‥お前と‥諜報員を何人かつけよう」 そのハリスの言葉を聞いて、ああ、と医師が何かを思い出したような顔をした。不審に思ったハリスが「どうした?」と促すと、医師は話し始めた。 「‥そう言えば、請負人協会(カッスラーレ)で、力素回復薬、というのを少し前に売り出していたな、って‥販売個数も限定的でしたし、最近では販売自体が中止になったみたいですが‥効き目は確かなようで、三分の一にして少しずつ使ってる者もいるとか聞きました」 ぎらり、とハリスの目が光った。 「‥そんな薬剤があるのか?今までいろいろなものを見てきたが、力素を回復させるものなど、見たことも聞いたこともない」 医師は少し首をかしげながら言った。 「まあ、私自身が見たわけではありませんが‥先日のタラッカンでの異生物討伐に遠征した知り合いの医師が、その目で効果を見たと言っていましたよ。三分の一でもなかなか効き目があったとか」 「力素、回復薬‥」 それがあれば、力素の枯渇を心配せずにシンリキを使うことができる。‥さらには万能薬だけでは癒しきれない体力までも、その回復が望めるかもしれない。 「おい、その万能薬を譲ってもいいというのは、どういう人物だ」 「投資家ですね。色々なものを手元において、値が上がった頃に売りさばいて利ザヤを得ているようです。投資先はモノや土地、ヒトにまで及んでいるとか」 「‥じゃあ、力素回復薬も手元に置いているかもしれんな‥よし、諜報員の中でも精鋭を三人ほどつけてやる。そいつが力素回復薬を隠し持っていたならそれも奪ってこい」 はあ、と医師はため息をついた。 「医師たる私に、人殺しの片棒を担がせるんですか」 「私の治療を引き受けている時点で、お前は善良な医師ではないだろう?‥頼んだぞ」 医師は、仕方がない、というような顔を作り肩をすくめると身支度を終えて部屋を出ていった。 投資家の家は、族都イェライシェンのほぼ中心にあるシュカンデ地区にあった。医師は、華奢な身体つきのマリキシャを連れてその屋敷を目指していた。 小柄な身体つきのマリキシャは、イシュラといい、ハリス子飼いの諜報部隊では実質副首領のような役目を持つヒトだった。首領であったレイリキシャは、オクロトでハリスを庇って死んでいる。だから現在では、イシュラが諜報部隊を仕切る形になっていた。 身長が18カル(=約162㎝)に満たない小柄なイシュラは、平均身長が19カル半(=約176㎝)の世界(トワ)では、ほとんど警戒されることがない。大人し気な顔つきとほっそりした身体つきは、相手の油断を誘うのには絶好の武器だった。 しかし、その身体は細い鋼をより合わせたような屈強な筋肉で覆われており、敏捷性においては右に出るものがいない、恐ろしい腕利きでもあった。 屋敷の呼び鈴を押すと、大柄なレイリキシャが応対しに出てきた。これ見よがしに腰には大剣を提げている。いかにもな医師と、小柄なイシュラを見たレイリキシャは、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らすと横柄な態度で二人を中に案内した。 廊下を進んだ奥の、広く豪奢な一室に案内された二人は、長椅子にかけて大人しく待っていた。すぐに、主人である投資家がやってきた。 投資家はやや体格のいいレイリキシャだった。 「前金は確認しました。さて、今日は幾らお持ちですかな?」 医師はそういった失礼な物言いを気にすることもなく、のんびりとした口調で言った。 「まずは、万能薬の実物を見せていただきたいですなあ」 投資家は、露骨に嫌そうな顔をして舌打ちをしたが、大柄なレイリキシャに合図をして万能薬を持ってこさせた。医師はそれを見て「失礼」と言いながら勝手に瓶のふたを開け、細長い試験紙を突っ込み色の変化を見た。 あまりに不躾なその行動に、投資家は顔を真っ赤にして怒りだした。

ともだちにシェアしよう!