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第170話
速信鳥紙は、グンデからのものだった。内容はハリスが注文していた精神操作洗脳性交剤 に関するものだった。
『足りない材料は、力素だということをグンデは突き止めた。色々な力素を試しているが、やはりヒトの力素でないと効果が薄すぎる。できれば高能力者 で、潰してもいいヒトを送ってほしい』
と書かれていた。
ハリスの口の端が上がる。‥やはりグンデはいい拾い物だった。我が強すぎてなかなかこちらの思うようにいかないところは難点であるが、まさかこんなに早く精神操作洗脳性交剤 生成に不足しているものを突き止めるとは思っていなかった。
『潰してもいい』とは、要するに殺してもいい人物、ということだろう。どのような方法で力素をヒトから抽出するかはわからないが、グンデのことだから何とかする方法を持っているに違いない。
捨ててもいい駒など、ハリスは幾らでも持っている。言い換えれば、ハリスは誰のことも惜しいとは思っていない。人材など、すぐに集めればいいと考えているのがハリスだ。人材を集めるのにも、金とハリスの能力があれば困ることはなかった。
「‥しかし、高能力者 か‥それはあまり数がいないな」
今ハリスが持っている駒で高能力者 は、諜報部隊のものだけだ。グンデは、戦闘力があり警戒心も強い諜報員から力素を抽出することができるのだろうか?
「まあ、やつのお手並み拝見、と行こうか」
ハリスはそう独り言ちると、手元の鐘を鳴らして世話係を呼びつけた。諜報部隊をいま実質取り仕切っているイシュラを呼ぶように言いつける。
イシュラから聞き取ってグンデへ送る人物を決め、さらには力素回復薬についての調べを進めさせるつもりであった。
「う~ん‥」
三つの薬草茶を目の前にして、ジュセルは一人、唸っていた。薬草茶は、普段からジュセルが作っていた、熱冷まし、鎮静、整腸に効果があるものである。
しかし、お茶を淹れる、というのはなかなか面倒な作業だ。沸かした湯を急須に入れ、その中で茶葉を抽出し、茶器に出す。一気にこの時出し切ってしまわないと、二煎めの茶は淹れられない。残った湯に茶葉の成分が全て流れ出てしまうからだ。この世界 でのお茶は、二煎目まで淹れるのはごく普通のことだった。ヒトによっては三煎目まで淹れる者もいる。
しかし、ジュセルがこの茶葉を置こうとしているのは請負人協会 内の売店だ。ここでしか取り扱わせない、ということはヤーレからも厳しく言われている。万が一のことを考えてのことだろうから、ジュセルはそれに関しての否やはなかった。
ただ、忙しい請負人 たちのこと、優雅にお茶の時間を持てるとは思えない。旅先や出先で体調に異変を感じ、さっと飲みたいこともあるだろう。そもそもお茶自体が時間をかけてゆったりと楽しむものだとされている。だからこそ高価であり、富裕な人々が飲むものだったのだ。
「ティーバッグにしたいんだけどな~‥」
前世で使われていたティーバッグ。あの方法なら、茶器にティーバッグを入れて湯を注ぐだけでいい。すぐにティーバッグを引き上げれば、二煎めも飲めるはずだ。ジュセルの薬草茶には二煎めにはあまり効能はないと思われたが、ヒトはいつも通りの行動をしたがるものである。
お茶を販売する、となったときに、すぐにティーバッグ方式のことは考えていた。ただ、その肝心の「ティーバッグ用の紙」に、思い当たらないのである。
基本、この世界の紙は丈夫だ。インク消しも普及しているので、何度も使うことが想定されているからである。だから、薄く、茶葉の成分を滲出してくれるような紙になかなか思い当たらず、この二、三日ジュセルはずっと悶々と考え続けていた。
「あ~もう!」
ジュセルはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしってガタンと立ち上がった。‥こんな時は気分を変えるに限る!立ち上がってぐるりと厨房を見回し、何か菓子でも作ろうかと思った時に、用石コンロの汚れが目についた。ついでにその横に行って大きな窯も開けて中を見てみれば、結構な汚れが溜まっている。
「そう言えば作るばかりで、最近この辺り念入りに掃除してなかったなあ‥掃除でもするかあ‥」
そう言いながら、掃除に使うボロ布を取りに行こうとしたとき、アミリが厨房に入ってきた。
「ジュセル、いい朝だね。何か作るの?手伝おうか?」
アミリは縫い物仕事も続けながら、ジュセルの料理や掃除なども時々手伝ってくれていた。「ありがとアミリ。用石コンロと窯の掃除をしようかと思ってさ‥結構脂がこびりついているから、何で落とすといいかな~‥ちょっとボロ布取ってくる」
そう言って厨房を出ようとしたジュセルに、アミリは首をかしげて言った。
「ハギ紙はないの?」
「‥ハギ紙?」
ジュセルはきょとんとしてアミリの顔を見た。‥聞いたことのない単語だった。
アミリはきょとんとしているジュセルの顔を見て、ああ、というように頷いた。
「ジュセルはあんまり、おしゃれとかに興味なかったもんね。ハギ紙は、普通の紙を作るときに出る端材で作られている紙よ。香草を入れて、箪笥の抽斗とかに入れておくと衣類にほんのり薫りがついたりするからそれを楽しむの。あとは、脂汚れなんかを掃除するときに使うわね、安いしよく脂を吸ってくれるから」
ジュセルはアミリの説明を聞きながら、だんだんと顔がほころんでいく自分を感じていた。‥‥これだ!
「ありがとうアミリ!そのハギ紙ってどこに売ってる!?」
子ども のあまりに勢いに押されてたじたじとなりながら、アミリは答えた。
「え、普通に雑貨屋とかで扱ってると思うわよ‥ただ、そんなにいっぱい売れるものでもないから、いつもあるかはわからないけど‥」
「わかった!」
そう言うなり、ジュセルはバタバタと走り出ていった。アミリは首をかしげながら、用石コンロや窯を眺めていた。
自分の部屋に戻り、財布を隠しにねじ込み外套を取ったジュセルは、そのまま階段を駆け下りて玄関に向かった。
そこで、大柄なレイリキシャに止められる。
「ジュセルさん、外に出られるおつもりですか?」
警護の役目で現在、この屋敷に詰めているそのレイリキシャの顔を見て、ジュセルの気分はしおしおとしぼんでいった。‥自分は、好き勝手に出かけられない身の上であったのをすっかり忘れていた。
「‥あの‥いえ」
「何かご入用のものがあれば、誰かやって買いに行かせますが」
「いえ、大丈夫です、すみません」
ジュセルは力なく首を振って外套を片手に今来た道を戻ろうとした。その時、庭で鍛錬をしていたサイリとケイレンが玄関から戻ってきた。
「ジュセル!‥‥どうした?」
思いがけず玄関でジュセルの顔を見たケイレンの顔は一瞬ぱあっと明るくなったが、ジュセルの手にある外套を見ると厳しい顔になった。それを目にしたジュセルは、やはり自分は出かけるべきではなかったのだと痛感して、弱々しく首を振って答えた。
「ううん、何でもないよ‥お疲れさま、ケイレン、サイリ」
そう言ってそのままホールの階段を上に上がろうとする。二、三段上がったところで、ケイレンがその腕をはっしと掴んだ。
「ジュセル?どうした?俺に言って、何でも」
ケイレンの湯浴みと着替えのために、一緒に二階へ上がり、ケイレンの部屋に入った。汗で汚れた衣服を脱ぎ捨て、裸になったケイレンを直視できないジュセルは黙って俯いている。
(顔だけじゃなくて、身体もかっこいいんだもんなあ‥)
身長もジュセルより1カル以上(=約10㎝)高い。衣服を身につけているときにはあまりそうは感じさせないが、ケイレンの鍛えられた身体はしっかりと筋肉がのっていて美しかった。
「‥一緒に湯浴みする?」
「しっ、しないっ!」
真っ赤になったジュセルの顔を見て、微笑みながらケイレンは湯浴み室へ消えていった。しゃああ、と湯が落ちる音がやけに聞こえる。
タラッカンから帰って一線を越えてから‥これ以上ないほどケイレンが甘い気がする。アミリにも指摘されたが、自分はそんなにもケイレンに甘えた顔をしているのだろうか。そう考えるとジュセルは恥ずかしくていたたまれない気持ちになるのだ。
何度、ケイレンと睦み合ってもその甘さは変わることなく、ますます増していっているように思える。ジュセルも、本当に好きな人と身体を交わしたのは前世も含めて初めてだったので、これが通常なのかもわからない。
しかし、これが通常なのか?と、この家にいるヒト達には絶対に訊けない。ろくなことにならないのが目に見えているからだ。
もう少し、自分に喝を入れてしっかりしないといけないかも、と頬をパシンと両手で打ってみる。少しひりつくような痛みが、ぼうっとしていた頭をしゃっきりさせてくれた気がした。
「何してるジュセル」
その様子を目にしたらしきケイレンが、まだ濡れたままジュセルの傍に飛んできた。身体からぽたぽたと滴を垂らしながら心配そうにジュセルの頬に手をやるケイレンは、息が詰まりそうなくらいに艶めかしかった。
「だっ、だいじょぶ、だから!身体ふいてっ、冷えちまう!」
「ジュセル」
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