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第172話

昼前にさんざん抱き潰されたジュセルは、その日の昼食を用意することができなかった。そのことでケイレンはジュセルは勿論、他の屋敷の住人達からもさんざん文句を言われていたが、本人はどこ吹く風で満足そうな顔をしていた。 何とか夕方までには起き上がり、厨房に向かったジュセルだったが、居合わせたアミリに生温かい顔で「愛されててよかったね」と言われて撃沈した。 「こ‥これが続くのは、辛い‥」 アミリを追い出した厨房でがっくり項垂れているジュセルのところに、スルジャがひょいと顔を出した。 「あ、ジュセルいる〜!今日はもう寝台の住民かと思ってた!ご飯、作ってくれるの?」 「あ、うん‥」 昼間何をしていたのかすっかりバレているようなあっさりとしたその物言いに、却って恥ずかしくなってまた俯いてしまう。スルジャは、不審げな顔をしてジュセルの肩に手を置き、下から顔を見上げてきた。 「どしたのジュセル?黒剣に寝台で無体な真似でもされた?」 「むっ、無体な真似はされ、ってないっ‥」 顔じゅうを真っ赤に染めてそう答えるジュセルに、スルジャはにやにやしながら言葉を続けた。 「え~じゃあなあにい?すっごくヨかった♡って感じぃ?」 「ちっ、ちがっ、‥恥ずかしいんだよ!」 スルジャがきょとん、とした顔をした。 「恥ずかしい‥?何が?」 ジュセルは、はーっと深く息を吐いてからスルジャに向き合った。おそらく、この感覚はスルジャには理解してはもらえないだろうな、と思いながら話をする。 「アミリ‥(シンシャ)とかが同じ屋敷にいるのに、その‥っ、ケイレンと、‥するのが気まずいの!」 「え?なんで?バッチリ見られたの?」 「‥‥そんなことになったら舌を噛む」 真顔でそう言うジュセルに、スルジャはぎょっとしてその肩を掴んだまま揺さぶった。 「やだ何言ってんのジュセル!そんなことくらいで舌なんか噛まないでよ!」 「‥‥ま、そうなるよな‥」 「(シンシャ)が傍にいるの、って、そんなに嫌なの?ジュセル」 厨房の丸椅子に座るよう促され、ジュセルは素直にそこに腰かけた。 「アミリがいることが嫌なんじゃなくて‥(シンシャ)の傍でエロいことしたくないんだよ‥」 「えろいこと?って何?」 「ああ‥えっと‥性交、とか‥」 「え、傍にいるだけで嫌なの?見られてるわけじゃないのに?」 ジュセルはまた深く息を吐いて言った。 「嫌、っていうか、恥ずかしくて、気まずい‥本当はスルジャたちがいる時だって恥ずかしいんだよ、俺は‥」 スルジャは目を丸くして見開き、ジュセルをまじまじと見つめた。言い終わったジュセルの顔は、首まで真っ赤に染まっていて何ともかわいらしかった。 (ン”ン”ッ、ヒトのものヒトのもの!) ぐらりと揺れそうな理性を叱咤して、スルジャはジュセルに声をかけた。 「‥えっと、前の世界の感じだと恥ずかしいのかな?でも、ここでは別に恥ずかしく感じることないんだよ」 「‥‥わかってるよ。俺の心がついていってないだけなの」 「フーン‥」 性交一つでこんなに恥ずかしく思わなくてはならないとは、なかなか窮屈そうな世界だな、とスルジャは思った。本当は好奇心旺盛なスルジャとしては、前の世界についてジュセルに訊きたいことが山のようにあるのだ。 だが、屋敷の住人みんなで「本人が話し出さない限り、こちらから聞くのはやめておこう」と決めていたので、今までは訊かなかっただけなのだ、 「まあ‥この件が全部解決したら、アミリさんも家に帰るだろうし、もう少しだよ」 「うん‥」 「‥‥ちなみに、(シンシャ)と暮らしてるヒトは性交するときどうしてんの?しないの?」 「‥‥それ用の、宿みたいなのがある‥」 「ああ、連れ込みね!あるんだぁやっぱり」 ジュセルは顔を両手で覆った。 「も、もうこの話終わり!今から晩飯作るから!」 さすがにその日の夜は、昼間に抱き潰してしまったことをケイレンも反省したらしく、ジュセルの身体を抱きしめて寝るだけでも不満はなさそうだった。すっかりケイレンの腕の中に慣れてしまっている自分に、(こんなことで先々大丈夫かな、俺‥)と一抹の不安がよぎるジュセルだったが、ケイレンの腕が緩むことはなかった。 前の日に約束していた通り、ナジェルとサイリを伴い四人で街へ出る。南アラマサ地区には買い物ができる場所がいくつもあるが、今回は隊商会との話に進むかもしれない、ということで、割合に大きな店舗の並ぶ商店街に来ていた。 幾つか店舗を回ってみて、紙専門の隊商会があることを教えてもらい、そこへ足を運んだ。ケイレンもナジェルやサイリも、楽しそうに談笑している様子でありながらその動きや目つきに全く隙はなく、改めてジュセルはこの三人が厳しい環境で仕事をしているのだということを感じさせられていた。 紙を専門に扱う隊商会「ラッサーレン隊商会」に入り、色々な紙を見せてもらっているとき「ジュセルか?」と渋い声が聞こえた。 振り返ると、扉のところにジュセルに色々と教えてくれた三級|請負人《カッスル》のビルクが立っていた。 「ビルク!!久しぶり!」 「おう。元気そうだな。‥‥」 ビルクは低い声で静かにそう返すと、じろりとケイレンの方を見た。その鋭い視線に、思わずケイレンの姿勢がぴしりとよくなる。ナジェルとサイリは、少し面白がるような顔をして店舗の隅の方に身体を寄せていた。 ビルクはぶしつけな視線をケイレンに投げただけで、ジュセルの方に向き直った。 「仕事は順調か?‥‥厄介事に巻き込まれたらしい、と聞いたが」 「あー‥うん、まあ、そうだけど‥今は大丈夫!えっと俺のお茶覚えてる?あれを売ることになって‥」 ジュセルが色々と説明している間にも、ちらちらとビルクはケイレンに厳しい目を向けていた。拳をぎゅっと握りしめながら、おそらく自分のせいでジュセルが危ない目に遭っているということをビルクは知っているのだろうな、と考える。 ジュセルはそんな二人の様子には全く気がついておらず、久しぶりに会ったビルクに向かってあれこれと相談をしている。ジュセルにとって、ビルクが尊敬すべき師匠であるのだろうというのが、そのやり取りからみてとれた。 「‥‥それでハギ紙で袋を作ったらどうかって思って‥」 「紐はどうやってつけるつもりなんだ」 「あっ、紐かあ‥そこまでまだ考えてなかったなあ‥」 「おい、ニルゼはいるか」 ビルクが急に店員の方に声をかけた。いきなり隊商会長の名前を出された店員は驚きながらも、「少しお待ちください」と言って一度奥に下がっていった。 「ビルク、ニルゼって‥?」 「ここの会長だ。古い馴染みでな」 呼ばれてやってきたニルゼは、ビルクと同じ年配に見えるレイリキシャだった。若い時分商売で困ったときに、ビルクが助けてやったことがあるらしい。そこからの付き合いだ、とニルゼはくつくつと笑った。 「ジュセルさんの案は面白いな。ウチでも考えて試作品を作らせてもらえるか?それで気に入ったら使ってくれ」 「えっと‥試作してもらうのって、いくらくらいかかりますか‥?」 普通、隊商会や鍛冶師に新しいものを試作してもらうのにはそれなりの金がかかる。今までないものを作れというのだから、おそらく安くはないのだろうな‥と考えながらジュセルは訊いてみた。 ニルゼはにやりと笑った。 「これはうまく行く商売だと考えてる。試作して気に入ったものができたら、同じようなものをここで売っていいか?それでよければ試作料はタダでいい。話を聞いていると、お茶以外にも使い道のありそうな代物らしいからな」 「ニルゼ」 ビルクが鋭くぴしりとその言葉を止めた。ニルゼはまたくつくつと笑いながらビルクに向かって手を振ってみせた。 「無論、その時には思案料をジュセルさんに払うよ。まあ、まずは試作品ができてから考えるか」 そう言いながら話を進めていくニルゼに、ジュセルもちらちらとビルクの顔を見ながらその話に乗っていった。 ケイレンは伸ばした背筋を緩めることもできず、ずっと直立不動の姿勢で立ち続けている。その姿を見ながら、ナジェルとサイリはくすくすと笑い合った。 「‥まあ、何だろう、ビルクはジュセルの(シンシャ)代わりみたいなところあるんだろうからな‥」 「そうだねえ。ジュセルの身が危ないと聞いて、ずっと心配してたんだろうね。でも万が一の事態を考えたら、下手に自分から連絡するのもまずいと思って控えてたところに‥」 「へらへら嬉しそうな顔をしたケイレンがジュセルと一緒にいたら‥」 くくっとサイリが声を出して笑った。 「そりゃあ、気に入らないよね」

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