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第173話

終始ビルクに鋭い目で睨まれたまま、ケイレンはジュセルの商談が終わるのを大人しく待っていた。ジュセルは自分の考えをうまく言語化して形にしてくれるビルクとニルゼに、顔を紅潮させながら嬉しそうに話している。ケイレンはビルクの強く厳しい視線に、じっと耐えていた。 長い商談が終わり、ジュセルがハッとしたようにケイレンやナジェルたちの方を向いて言った。 「ケイレン、‥ナジェル、サイリもごめん、すっごく時間取っちゃって‥」 「いいよいいよ!今日はジュセルのために出てきてるんだし」 「お、俺も、ジュセルが喜ぶなら、全然‥」 と、ケイレンが返事をしかけたところに、のそりとビルクが近寄ってきた。 ケイレンはぴき、と身体を硬直させる。 ビルクは歳も120を越しているし、身長も二十カルに満たない(=約178㎝)ほどで、ケイレンと並べば断然ケイレンの方が体格もよく厚みもある。 それでもその身体から放たれる、熟練の気迫がケイレンを緊張させた。 「‥‥黒剣」 「はい!」 ビルクは直立不動のケイレンをぎろりと下から()め上げた。低く渋い声がケイレンの耳に突き刺さる。 「うちの子どもに傷一つでもつけたら‥その命ないと思え」 「はい!!」 ぼそぼそと話すビルクの声は、ナジェルとサイリの方を向いていたジュセルにはあまり聞こえていなかったらしく、ケイレンの異常にはきはきとした返事だけが聞こえたので首をかしげていた。 「え、何の話?」 「いやいやいや」 「大丈夫だよ、ジュセル。請負人(カッスル)同士のね、うん、話だからね」 「‥‥?」 「‥じゃあな、ジュセル。しっかりやれよ」 「あ、うんビルクありがとう!また手紙書くね!」 ビルクは外への扉を開けながらぼそりと呟いた。 「‥返事は書かねえから、おめえも書かなくていい」 「うん、返事なくても平気だからさ!ありがとう」 「‥ふん」 ビルクは一つ鼻を鳴らすとそのまま扉を開けて出ていってしまった。あれ、ビルクの用事はなかったのかな?と考えているジュセルに、ケイレンががっしりと抱きついてきた。 「うぉ、何?!ちょっ、ここ店ん中!人前だから!」 「ジュセル俺絶対ジュセルのこと守るから‥ううう」 「は?わかったから、ちょっと、やめろって」 ぎゅうぎゅうと腕の中にジュセルをしまい込もうとするかのようなケイレンに、ジュセルは困惑し、ナジェルとサイリはゲラゲラと笑っていた。 二日後にはラッサーレン隊商会から使いが来て、試作品を持ってきてくれた。ジュセルは予想を超える出来に驚いた。口頭では何とか説明したものの、テトラ型のティーバッグは難しいだろうと内心考えていた。だがしっかりとジュセルの考えていた通りに再現され、端の方の紙を残すことで紐状にしてある部分まで含めて、文句のない出来だった。 「これでいいです!えっと、発注っていくつくらいからできますか?」 「いくつでも構いませんよ。それからこちらが契約書です。この「ティーバッグ」を、ラッサ―レン隊商会が作成して売ることに関するジュセルさんの利益、取り分についてのものになります」 「‥‥一個当たり、百分の一共銅貨?!えっ、じゃあ一万個売れたら‥」 「共銀貨一枚ですね」 ジュセルはぽかんと口を開けた。あまりにも自分に取り分が多い気がする。自分の出したアイデアなど、よくて安く買い切りだろうとばかり思っていたのだ。 「‥‥あっ、期限があるとか?半年とか‥」 「いえ、今のところ期限は百年としています。百年後にまた契約の見直しをすることも、こちらに盛り込んであります。‥どこかに口座はお持ちですか?」 「あ~‥はい、あの‥一応、預取金庫(ダカスルト)に」 ラッサーレン隊商会の者は、それを聞いてひくりと眉を上げた。預取金庫(ダカスルト)は、ある程度の預金額がなければ開設さえしてもらえず、口座管理料も預貨倉(アムサルテ)よりは随分と高い。まだ年若く見えるジュセルが、そこに口座を持っていることに驚いたのだろう。 しかしさすがに商人、その驚きは表に出さなかった。 「‥ほう、それは何よりです。ではこちらの契約書に目を通していただき、署名後ちからを流してもらえますか?」 すっかり出来上がっている契約書に、ジュセルは慌ててそれを手に取り、隅から隅までじっくりと眺めた。どこをどう見ても、ジュセルの不利益になりそうなことは書かれていない。おそらく、ビルクの意向を汲んだニルゼがそのように取り計らってくれたのだろう。つくづく自分は周囲のヒトに恵まれている、とジュセルは思い感謝した。 そして署名をし、自分のちからを流して契約を有効化させた。 その後は、茶葉の原料集めの依頼をかけたり、茶葉をティーバッグに詰める作業を試してどのようにするのがいいかと考えてみたりして工夫を重ねた。そして思ったより早く茶葉の販売にこぎつけることができた。茶葉効能の名目はあくまで、「鎮静」「熱冷まし」「整腸」の三つだ。 しかし、茶葉が請負人協会(カッスラーレ)の売店に並んだ日、ナジェルとアニスがいくつも購入してくれたことで興味を持った人々が物は試しだと購入し、予想外に即日完売してしまった。 ヒトは手に入らないと欲しくなるもので、その日から請負人協会(カッスラーレ)売店には「あの茶葉はいつ入荷するのか」という問い合わせがぽつぽつと届くようになる。 その様子は、ケイレンの屋敷の様子を探っていたハリスの諜報部隊にも届いていた。 「‥茶葉?」 「はい。‥あの屋敷に滞在している一級と三級の請負人(カッスル)が相次いで購入したことで人気になったようです。一つ、手に入れてみましたが、変わったもので‥」 目の前に置かれたのは、茶葉が薄い立体的な三角形の紙の中に収められているという代物だった。ハリスは胡乱気にそれを指先でつまみ上げる。 「‥これが、茶葉‥?この紙は破いて出すのか」 「いえ、‥少々お待ちください」 諜報員は世話係に、沸かした湯と大きめのカップを持ってこさせた。「ティーバッグ」をカップの中に落とし、紙紐をカップの外側に垂らして湯を注ぐ。立体的な三角形の中で茶葉が躍り、じわじわと湯の中に茶葉の色が滲み出してくるのが見ていてもわかった。しばらく時を置いて、「ティーバッグ」が引き上げられる。そのカップがハリスの目の前に滑らされてきた。 中を見れば、しっかりと「お茶」になっているようだ。ハリスは目を見開いた。 「ほう‥」 そのままカップを手に取って吹き冷まし、茶を啜った。清冽な薬草の香りが鼻に抜ける。 そのとき。 「!?」 確かに、微かではあるがふわりと力素が身体に滲んだような感覚があった。 力素の回復薬は、高能力者(コウリキシャ)であるほどその変化、効果を感じやすい。シンリキの異常な高能力者(コウリキシャ)であり、長い間その能力を抑制されていたハリスは、他の高能力者(コウリキシャ)よりも余程この効果を感じやすくなっていた。 「‥これを作っているのは誰だ」 「あの屋敷にいる、ジュセルという四級請負人(カッスル)のようです」 ハリスはにたりと口の端を上げて狡猾そうな笑みを浮かべた。 「そいつだ。そいつが力素回復薬を作ったに違いない。‥‥ふふ‥殺すしかないと思っていたが‥‥ケイレンから引き剥がし、どこかに閉じ込めて回復薬を作らせるとするか。運が回ってきたな‥」 ハリスは諜報員に命じた。 「ケイレンの屋敷を襲撃する計画を立てろ。目的はケイレンと、このジュセルという四級請負人(カッスル)の確保だ。それが成れば‥俺はこの国を大きく動かすことができるようになるぞ‥」

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