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第174話

「と、いうわけだから、回復薬の代わりにこのお茶を融通することで勘弁してくれ」 ぬけぬけとそう言いながら、ヤーレはロザイの前にジュセルのお茶が入った袋をいくつか置いた。力素回復薬がもう作れない事情は今聞いたことで納得ができた。アニスはそういった内部事情はロザイに一切話さないので、龍人(タツト)の来訪についてはロザイも知らなかった。 「‥‥そんな、重要なことを俺なんぞにまるっと話してよかったのか?俺がどこでどんな風に悪用するかもしれねえのによ」 ロザイが冷たい顔をして低い声で言えば、ヤーレはからからと笑い飛ばした。 「お前、その内裏請負会(ダスーロ)の主頭を退くつもりだろ?しかもアニスのためによ。そんなやつが、今聞いたようなことをおいそれと利用するはずがねえさ」 「‥‥チッ」 嫌そうに渋い顔をして舌打ちをするロザイに、ヤーレはまたからからと笑った。ヤーレからしてみれば、ロザイというこの男は”裏”の世界で生きていることが不思議に思えるような、真っ直ぐで義に篤い人物に感じられた。無論、依頼に関しては『血も涙もない』所業をしたことがないわけではない。だが、付き合いが深くなるにつれ、ヤーレはこのロザイという人物に好感を抱かざるをえなかった。 本来なら約束通り、力素回復薬を都合しなければならないところを、できなくなった理由と共にヤーレはジュセルの茶葉を持参していた。わずかながら力素を回復する作用があることも含んだうえでの譲渡だった。 力素回復薬ほどの劇的な効果はないが、ないよりはあった方がいい。しかもそれは一風変わった代物で、急須がなくとも茶を飲める仕様になっていることにもロザイは驚かされていた。 力素回復薬を作れない事情も、理由を聞けば納得はできる。無理やり作らせ続けてジュセルが早死にするよりは、僅かな効能であってもこういったものを作り続けて長く生きていてくれる方がありがたい。 「しかし、本当に龍人(タツト)なんてのがいるとはな。話には聞いたことがあったが、こんなに近いところの出来事を聞いたのは初めてだ」 「そりゃあ、俺もおんなじだよ。あ~俺もこの目で見てみたかったぜ~。おっそろしい美形だったみてえだぞ」 「フン」 鼻を鳴らしたロザイに、ヤーレは揶揄うような声をかけた。 「ま、お前さんの目にはアニスしか映ってねえみてえだから関係ねえかあ」 「うるさい」 目の前でひらひらと舞うヤーレの手を、ロザイはバシッと叩き落とした。ヤーレはさして痛そうな顔も見せずに「お~いて」と大仰に手の甲をさすっている。 「そんなことより、情報だ」 「ああ、わかったのか?医師の正体」 ロザイはこくりと頷いてみせた。 「二十年ほど前に、違法な治療をして医師連会から除名された医師がいる。カンメというマリキシャだ。その名前は俺も何度か聞いたことがあった。裏稼業のやつらでも、高い金を出せば見てくれるってことでな」 国によって制度は違うが、基本的にどこでも医療費というのは高い。それは、治療は医師のマリキ量によっていることが多いためと、またそれほどのマリキを備えた高能力者(コウリキシャ)はそこまで多くないからだ。国民全員に高度な医療を受けさせようとすれば、圧倒的に医師は足りない。 だから自然と医療費は高くなる。そうすると庶民には、適切に医療が受けられなくなる。そこで、サッカン十二部族国ではその収入に応じて、医療費の補助が受けられる仕組みがあった。 が、これは裏を返せばしっかりとした身元‥国民証がなければ医療が受けられないことを示している。国民として管理局に登録のない者は、自費でバカ高い医療費を払う羽目になるし、国民証を示せない患者が来た場合には医師の方にも国への通告義務がある。 そこで、闇医者、もぐりの医師が出てくるのだ。正規の医師のように通告はせず、金だけを受け取る。金さえ出せば医局に行って待つこともなく診てもらえるので、時間を惜しむ金持ちや裏稼業の者は、こういったもぐりの医師に診てもらう者も少なくなかった。 「おそらく、ハリスもカンメの患者だったんだろう。あいつは、金だけは腐るほど持ってるだろうからな‥俺の縄張りでクソみたいなもんを捌きやがってよ‥」 ロザイは忌々しそうにそう言い捨てた。グーラに殺された副頭のヨキナは、ハリスがさばいていた強制性交幻覚剤(パルーリア)の販路に一役買っていたようだったし、その子であるラスはその薬剤を使って色々と非道を行っていた、というのも既にロザイのもとに報告されていた。 「それで、こっからが本題だ」 ロザイの目が一段と鋭く、厳しいものになる。キン、と引き締まった空気に、ヤーレも真面目な顔をしてロザイを見返した。 「あまりいい噂を聞かなかった投資家が、殺されているのが発見された。家の者も皆殺しにされていた。そこの隠し金庫は開けられていたが、金目のものはそこまで盗られていない。だが‥‥薬剤は、ほとんど残っていなかったようだ」 ヤーレはきゅっと唇を噛んだ。‥それは、おそらくただの強盗殺人事件として処理され、請負人協会(カッスラーレ)の方まで報告が上がっていない事件だったのだろう。その現場の人間にとっては、なかなかそれをハリスと結びつけるのは難しかったのに違いない。 「‥渡りをつけたカンメが、ハリスの手の者を使って奪ったか‥」 「おそらくな。そしてその後からカンメとの繋ぎはつけられなくなってる。ハリスからたんまり金をもらって、ほとぼりが冷めるまでどこかに雲隠れしてるんだろう。‥ハリスへの糸は切れたが‥」 「その薬剤の中に、力素回復薬が入っていたら、ってことだな」 ヤーレが固い声で答えたのに、ロザイは厳しい顔のまま頷いた。 「‥ハリスは、その生成者をどんな手を使ってでも探り、狙ってくるだろう。ジュセルの警護を‥傍目にはわからねえように厚くした方がいいと思うぜ」 「わかった。‥引き続きやつの居場所の捜索を頼む」 「ああ‥尤も、望みは薄いがな‥」 ロザイは机の上に置いてあった杯をぐいと呷った。 「‥う~ん‥」 目の前に横たえられている二人のヒトを見やりながらグンデは首をひねった。この二人は、ハリスに差し向けてもらった「生贄」だった。高能力者(コウリキシャ)を頼んだところ一人は諜報員だとハリスから聞いていたグンデは、抵抗されないように家の中を麻痺毒(パルローク)香で満たしてから招き入れたのだ。うまく身体の動かなくなったヒトは、高能力者(コウリキシャ)の諜報員といえどもグンデが好きに扱うことができた。 力素を抜き出すために、グンデは様々な機工を作っていた。直接管のようなものを刺して抜き出すものや、投擲して対象の身体に刺し力素を吸い出すものなど様々だった。力素を吸い出す、というのは以前にも興味をもって研究しかかっていたことがあったので、面白いように進んだ。今のところハリスが惜しみなく金を出してくれるお陰で、研究費にも困らない。グンデは毎日が楽しくて仕方なかった。 力素を抜き出すのに、最初は村人を二人ばかり「使って」みたのだが、大した効果もみられなかったうえに村人たちの警戒を変に高めてしまったため、これ以上村人で実験するわけにはいかなかった。だから高能力者(コウリキシャ)を都合してくれ、とハリスに頼んだのだ。 やって来たのはレイリキシャの高能力者(コウリキシャ)と特にちからのないシンリキシャの二人だった。意識朦朧となった二人を床に転がし、改めて神経毒を注入して動けなくしてから、その力素を吸い出した。 ヒトは、力素が枯渇すれば死んでしまう。そして、力素というのはなかなか溜めておくことの難しいものである。 つまり、思うさま力素を吸い出された後のヒトは、死んでしまうのだ。目の前にいる二人も、シンリキシャの方はとっくに死んでいたし、レイリキシャの方は瀕死状態で、今にも息が絶えそうだった。それだけ、力素を吸いつくされたのだと言える。 「量は絶対、レイリキの方が多い筈なのに‥」 目の前には、シンリキを混ぜた試薬とレイリキを混ぜた試薬が並んでいる。完成品は「美しい紫紅色」だと製法(レシピ)には書いてあったし、見本の色もそこにもあった。 だが、どちらかと言えば、量が少ない筈のシンリキの方が見本の色に近かったのである。 「‥‥‥必要なのは‥シンリキの、高能力者(コウリキシャ)なのか‥?」 だとすれば、ハリスだ。この国にハリス以上のシンリキシャはいないはずだ。どこの国でも、たいていシンリキシャの数は少ない。シンリキの高能力者(コウリキシャ)ともなれば尚更である。 「けど、‥素直にはくれなさそうだなあ‥」 今やグンデの頭の中からは、この精神操作洗脳性交剤(パルシン)を作るように依頼してきたのがハリスである、ということがすっかり抜け落ちてしまっていた。難しい課題を出されその解決をすること、の方にグンデの興味と好奇心は集中してしまっていたのだ。 「一応、頼んでみるかぁ‥グンデの大事な研究だからな!」 うん、とグンデは一人で深く頷いた。

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