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第176話

ティルガはこちらをじっと窺うようなジュセルの顔を見て苦笑した。 「ジュセルは心配性だなあ‥大丈夫だよ、何ともないって」 「そんならいいんですけど‥」 そう言いながら唐揚げの準備を進めていく。どうせ他の人々も食べるだろうから、今からどんどん大量に揚げていくつもりだった。下味はつけてあるので、ときほぐした卵と芋から取れる粉をまぶしていく。朝、野菜の煮込みスープを仕込んでおいたので、それにコモ(エン)を入れ、主食にするつもりだった。最近は皆コモ(エン)を好むので、手の空いている人に予め粉ひきをお願いしてある。そういったこともあって、麺や、生地にすることが増えていた。 一度、コモを白米のように炊いてみたのだが、あまり受けが良くなかった。好んだのはケイレンだけで、他の面々は「麺の方が好きかな〜」という感想だった。 大鍋に油を入れて、温度を上げていく。この用石コンロは、温度が高くなりすぎると勝手に火が止まるように設計されているので、揚げ物にも手を出しやすい。前世で使われていたコンロに似ているなあ、と思ったものだが、無論こちらの世界(トワ)ではこの用石コンロはかなりの高級品で、どこにでもあるものではなかった。ジュセルの実家では、薪で火を熾して熱する竈を使っていた。火加減が難しくて、料理を始めたばかりのころは色々と失敗した思い出がある。 ホロ鳥は、前世で言うならダチョウくらいの大きさの鳥だ。こちらもあまり空を飛ぶことはなく、たまに大きく跳躍するくらいのもので足が速いことが特徴だ。ほとんどのホロ鳥が野獣だが、ごくまれに畜獣化に成功しているところもあるようだ。今回入ってきたのは畜獣化されたホロ鳥だった。その、大ぶりに切って漬けておいたホロ鳥の肉に、ときほぐした卵と粉をまぶしたものを次々に熱された油の中に入れる。大鍋でじゅうじゅうと大きな音を立てて揚がっていく様は壮観だった。 普段、卵や肉として使われる鳥は、イロットという大型の犬くらいの大きさの鳥である。こちらは広く畜獣化されているので、流通にも乗りやすい。それに比べてホロ鳥は、野獣として捕らえるのは足が速いので難しく、かといって畜獣化されていても世話に手間がかかる鳥なので、どちらかと言えば高級素材だった。 「うまそう!」 ティルガが、音を立てながら香ばしく揚がっていくその様子を見て、歓声を上げる。屋敷の他の面々は、今中庭で鍛錬をしているからこの音は聞こえていない筈だ。しかし、強香草(パクラス)というにんにくに似た香草で漬けてあるから香りが強い。その内この匂いにつられて、きっと皆やってくるのだろう。 揚げたてをどんどん網にあげていく。ティルガが「一個いいか?」と言って手を出してきたので、黙って頷いた。この屋敷の住人のほとんどは黙ってつまみに来るから、ティルガはちゃんとしてるなあといつも思う。 「あつ、あち」 と言いながらはふはふ唐揚げを頬張っているティルガを見ていると、とてもこの人物が「迅雷(ゼッツ)」という二つ名を他の大陸にまで轟かせている光級請負人(カッスル)だとは思えなかった。 半分ほど揚げた頃合いで、野菜スープの大鍋も火にかけた。ぐらぐら沸いてきたのを確認して、コモ(エン)をほぐしながら入れる。時折(ジュセルが作った)太い箸でくっつかないように混ぜながら唐揚げの面倒も見ているジュセルを、ティルガは感心しながら見つめていた。 「手際がいいなあ、ジュセル。どこか、飯屋で働いてたことでもあるのか?」 「いや、俺は‥家で下の一つ実(ふたご)の面倒見たり、請負人(カッスル)になる前の一年くらいはビルクのところで家事を手伝ったりしてたくらいなんです。だから料理はほとんど自己流‥なんで、ちょっと色々普通の料理とは違うかも」 「‥帯壁の向こうの世界(トワ)のものだったり?」 さらりとそう続けたティルガに、一瞬ジュセルの手は止まった。が、あくまでいつもと何も変わらないティルガの様子に、ふっと息を吐いて微笑んだ。 「‥‥そうですね。唐揚げも、向こうの料理ですよ。でも、同じような調味料がないから、‥かなり、自分なりにアレンジしてますけどね」 そういったジュセルにティルガは軽く首をかしげた。 「あれんじ?」 「あ、あ~~‥何ていうかな、自分なりに、違う材料で何とかしてるってこと、ですかね」 ティルガは丸椅子の上で、ジュセルがまた渡してくれた小ぶりな唐揚げを頬張りながら呟いた。 「‥不思議だなあ‥ジュセルの使う言葉は確かに大陸共通語なのに、時々全く聞いたことのない言葉がぽんと入ってくる」 ジュセルも困ったように少し眉を下げて笑う。 「そうですね。それは俺も不思議なんですよ‥変に前の文字を覚えているから、子どものころこちらの文字を覚えるのに苦労したんだよね‥前の世界(トワ)の文字の記憶が強くて、なかなか入ってこなかったんで」 「その辺も‥本当は龍人(タツト)様に訊けば、ある程度のことはわかるのかもなあ‥」 そう答えたティルガに、ジュセルは片手で自分の身体を抱きしめつつぶるると身体を震わせた。 「いやあ‥‥命の恩人?にはなるんだろうけど‥俺はもうできればあの龍人(タツト)、様には会いたくないですねえ‥なんか、すっごく怖いというか近寄りがたいというか‥傍にいると息が詰まりそうで」 「そうか‥」 ティルガがなんとなく俯いたことに、作業に追われているジュセルは気づかなかった。まだ残っている肉を鍋の油の中へ入れたり、コモ(エン)の鍋の味を見たりと忙しく動きながら言葉を続ける。 「でも、あの番い?になってるマヒロさんとは、また話してみたかったかも‥俺と同じ世界から来たヒトなんて他に聞いたことなかったですし、そうそういないでしょうし‥」 「‥‥そうか。だが‥あまりそういうことは、ヒトには言わない方がいいと思うぞジュセル」 ジュセルは肉をつまんでいた箸を止め、ティルガの方を見た。俯いたままでその表情はあまり見えなかったが、随分真剣な様子が窺えて思わずごくりと喉を鳴らした。 「‥うん、この屋敷以外のヒトには言わないようにしてる、つもりです。‥気をつけますね」 「龍人(タツト)の番いへの執着、庇護欲は、俺たちが考えるよりも遥かに強い。下手に関わらない方がジュセルのためだ」 てっきり前の世界関連のことについて、軽々しく口にするなと咎められたのだと思ったジュセルは、予想とは違う答えが返ってきたことに目を瞬かせた。そんなジュセルに気づいたティルガは、顔を上げてふっと笑った。 「まあ‥今後関わり合うこともないだろうけど‥。俺が気にしすぎかもな。すまん、ジュセル」 「‥うううん、知らないことや気づかないことについて注意してくれるヒトがいるのはありがたいので‥気をつけます、ありがとうティルガさん」 ティルガはにこっと笑った。 「俺は‥明日以降は、もういつここに戻ってこれるかわからないんだ。ちょっと‥仕事が立て込んでてな。だから、アニスやみんなを頼む。たまにでいいからうまいものを食わせてやってくれ」 ジュセルは目を丸くした。 「え、そうなんですか?じゃあ、夜ごはんも朝ごはんも、ティルガさんの好きなものにしますよ?何が食べたいですか?」 ティルガは、優しい笑顔を浮かべながら考えるそぶりを見せ、色々とジュセルに希望を出し始めた。ジュセルは何もそこに含まれたものを感じ取ることなく、素直にティルガの希望を聞きながら笑顔で対応していた。 その後、ジュセルの思った通り、強香草(パクラス)漬けの肉が揚がるいい匂いを嗅ぎつけた人々が厨房に押しかけてきて、一気ににぎやかになった。 その中で、ティルガは終始、穏やかな笑顔を浮かべていた。

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