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第178話
ティルガにパウンドケーキと少しだけ余ったティーバッグを持たせ、改めてまた礼を言ってから送り出した。たまたまアニスも帰ってきていたから、会えてよかったと喜んでいた。アニスが知らないうちに、ティルガはロザイにも会いに行ってお祝いを渡していたらしい、ということをアニスから聞いて、やっぱり優しいヒトなんだなあ、とジュセルは思った。
なかなか会えないのは寂しくないの?とアニスに訊いたら、少し困ったような笑顔をして
「でも、どこかできっと元気にしてるって思えるから‥だから、大丈夫なのかなあ。‥まあ、死ぬ前くらいにはもう一度会いに来てほしいけどね」
と言っていた。
この世界 では、前世よりも倍ほどもヒトの寿命が長い。そして最近わかったことだが、どうも一年という単位も前世よりは長いようなのだ。自分の記憶や感覚よりもずっとずっと長い時間の中で、ヒトとどう付き合っていくのが当たり前だと言えるのか‥‥。ティルガやロザイ、アニスたちを見ているとなんだかそれは、とても難しいことのように思えた。
ティルガを送り出してから厨房で朝食の片づけをしていると、ケイレンがそっと入ってきた。すぐにジュセルの傍にやってきて、後ろからぎゅうっと抱きついてくる。最近はそれがもう当たり前になってしまっていて、ジュセルはケイレンに抱きつかれたままてきぱきと食器を片づけていた。
「‥ジュセル、やっぱり同じキリキシャの方が好みだったりする?」
「は?‥何言ってんの」
呆れたジュセルが手を止めてケイレンの顔を見ると、しおれた顔でケイレンは下を向いた。
「だってさ‥昨日の昼から今朝まで、‥全部ティルガの好きなもんばっかり嬉しそうに作ってるからさ‥」
ジュセルは手に持っていた食器を棚に収めてからケイレンの方を向き、はああっと深いため息をついた。
「お前の嫉妬心って、どこにどんだけ発揮されんの‥?きりがなくて怖えんだけど俺」
「‥ごめん‥俺‥怖くて」
下を向いたままぼそぼそ喋るケイレンの手をぎゅっと握りながら「ん?」と促してやる。こういう時は、ケイレンの胸に溜まっているものを全部吐き出させた方がいいのだ、ということをジュセルは学んできていた。
ケイレンは大きな身体を縮こませるようにしながらも、ジュセルの手に自分の手をかぶせて包み込んだ。
「自分でも、どうしてこんなにジュセルに惹かれるのか最初はわからなくて、でも絶対に捕まえておかないといけないんだって焦って‥でも、ジュセルのことを知っていくたびにどんどん好きな気持ちが大きくなった」
「うん」
ケイレンは悔しそうに顔を歪めた。
「けど‥俺のせいでジュセルは命を狙われる羽目になって自由が無くなるし、回復薬のこととかもあって余計に狙われる要素が増えて、さらにはジュセル具合が悪くなって寿命が縮んだとか言われるし‥色々考えると、ジュセルがいつ俺のことを嫌になっても不思議じゃないからさ‥」
ジュセルは、苦笑しながらもケイレンの手をまたぎゅっと握りしめた。
「寿命の件はティルガとあの龍人 様のおかげで何とかなっただろ。回復薬のことだってカズリエがあちこちにかけ合ってくれて、作らなくてもよくなったんだし‥そもそもケイレンのせいってことは何もねえだろ?」
回復薬が今後作れないと請負人協会 が発表した時には、またものすごい騒ぎになったのだ。まだハリスの行方も知れない中で脅迫じみた要請もカズリエのところにいくつも来ていたようだ、とケイレンはヤーレから聞いていた。
無論、ジュセルの耳に入れていない。
それでも、カズリエは力技で各所を黙らせた。「作成者がおっ死んだんだから仕方ないでしょ!」で乗り切ったのがカズリエのすごいところだ、とヤーレも感心半分呆れ半分といった様子だった。
ケイレンは握られていた手を振りほどいてジュセルの身体をぎゅっと抱きしめた。‥自分よりもずいぶん小さくて華奢な身体つきのジュセルが、愛おしくてたまらない。本人はもう少し身長や立派な体格が欲しいと言っているが、どんな見た目であってもジュセルだから好きなのだ、とケイレンが何度も言って聞かせたことで最近はあまりそういうことを言わなくなってきた。
ジュセルもごそごそとケイレンの身体に手を回す。人目のないところでなら、こうやって反応も返してくれるようになったことも、また愛おしかった。
「‥とにかく、俺は‥ケイレンのこと好きだからさ‥俺‥前世も含めて、こんなに誰かを好きになったこと、ないんだよ‥だから、信じてもらわねえと、どうしていいかわかんなくて、困るよ‥」
ケイレンの胸に顔をうずめてもごもごとそう言ったジュセルの顔を、いきなりぐいと持ち上げ、深く口づけた。
「うう!?んむ、」
予想もしていなかった口づけにジュセルは驚いて目を瞠ったが、ケイレンに咥内を厚い舌でまさぐられて力が抜ける。思わず背中に回していた手でギュッとケイレンの衣服を掴んだ。
ケイレンはぢゅう、とジュセルの舌を強く吸い上げながらその頭を右手でしっかりと固定し、左手で腰を支えた。そのまま左手がするりとジュセルの尻の方へ向かう。
「んん!?」
怪しげな動きをする左手に、ジュセルは背中に回していた手を離しケイレンの身体を引き剥がそうとした。ちゅっと生々しい音がして唇が離れる。
「‥‥やり過ぎ!!」
「ごめん‥でも嬉しくて‥」
そう言いながらまた顔を寄せてくるケイレンに、ジュセルは顔を赤らめながらも黙って目を瞑った。許しを得たケイレンは、今度は優しくジュセルの唇を吸った。ケイレンに柔い唇を唇で挟むようにちゅくちゅく吸われるのは、堪らなく気持ちがよかった。
「‥ん、今は、ここまで‥な?」
ジュセルはそう言いながらケイレンの胸をそっと押して唇を離した。欲に濡れたケイレンの瞳がきらきらと輝いている。
「夜、いいのか‥?」
「‥‥わかんねぇ!あとで!」
ジュセルは顔を真っ赤にしてケイレンの身体を押しのけ、昼食の仕込みを始めた。それを見たケイレンは、後ろから軽くその身体を抱きしめ、頭にちゅっと唇を落としてから「じゃ後でな」と言って厨房から出ていった。
それを確認してからジュセルはへなへなとその場にへたり込んだ。
(‥身がもたねえ‥っていうか、心臓がもたねえ‥ケイレンって‥自分の顔がどんだけ綺麗かわかってねえんだな‥)
美しさだけで言えば、きっと先日やってきた龍人 の方が美しいのだろう。しかしジュセルには、ケイレンの方が何倍も魅力的に見えた。
今日はナジェルとアニスは依頼があって屋敷にいない。ジュセルの家族も、今日は護衛をつけて一度自分たちの家に戻っていた。アミリの仕事の打ち合わせをしたり、一つ実 を共通学校での友達と会わせてやったりするためだ。
そのため、今日は屋敷内の護衛が一人少ない状況だった。ケイレンとアニスは「他に護衛は頼めないのか」とヤーレに文句を言ったが、ヤーレも疲れた様子で
「今は警護ができる人材が払底してんだよ‥ハリスのせいでな。それでも最大限、人数は都合してるんだ。すまねえがこの日だけ、一人少ない状況で頑張ってくれねえか」
と拝むようにして言ってきたので、二人とも黙らずを得なかった。
こういうわけでこの日は、外の警護が四人、中の警護が三人。それにサイリとケイレン、ジュセルがいるという状況だった。スルジャも今日は解析部の会議があって協会本部に出勤している。
「ごめんな、ジュセル今日人が少なくて‥でも俺が絶対に守るからな」
と眉を下げながらいうケイレンに、ジュセルは笑って答えた。
「大丈夫だよ、俺的にはアミリたちがいない分気楽でいいな。アミリたちがいるときに警護が少ないと俺まで不安になっちまうから‥」
そう言いながら少し俯いたジュセルに、サイリが横から言葉を付け足した。
「ジュセル、アミリたちについていってる三人のうち二人は本当に腕利きだから!私も知ってるやつだし、大丈夫だよ」
「ありがと、サイリ」
サイリの言葉に、ジュセルは精いっぱいの笑顔を作って答えた。
外の警護の者達は自分たちで昼食を用意し、警護の隙を見ながら食べることになっているが、中の警護の者達はジュセルが作ったものを交代で食べられるようになっている。すぐに食べられるように、「お弁当」形式で作っておくのだがこれが警護の者達にかなり好評で、二度目に来るものからは「あれが食べられるなら多少警護料が安くてもいい」というものも出るほどだった。そのことは、この「警護者不足」の中でも一定の人数を確保できる一因となっていた。
こういった事情もあって、このところジュセルは午前中と夕方以降はほとんど厨房に詰めて様々に料理を作り、それ以外は自室で「ティーバッグ」の製作をする、という日が続いていた。
そんな日々は、ハリスの諜報部隊にしっかりと監視されていた。
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