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第10話 必ず海原へと追い払う……
指名手配犯ではあるまいし、ふつうの人間は周囲への警戒心が薄い。野々宮にしても最寄りの駅で電車に乗るまでの間、いちども振り返らなかった。
星輝は同じ車輛の、ただし七人がけのシートをふたつ挟んだ位置から監視をつづけた。冀 くは野々宮が途中下車して、いかがわしい店に入る瞬間を激撮。と、いうぐあいに棚ぼた式でカードが増えるのが理想的だが。
歓楽街に近い駅に着いた。しかし野々宮は吊り革を摑んだままだ。結局、私鉄沿線の駅のホームに電車がすべり込み、降り立つまで、スマートフォンをいじりっぱなしだった。
しかも改札口を出たあとは階段へと通路を急ぐありさま。会社から自宅に直行するようでは、凍てつく夜に遠征してきた甲斐がない。
敵意に満ちた視線をぶつける先で、通勤仕様のコートをまとった後ろ姿が階段の下り口に達した。
雨に濡れて、どこもかしこも滑りやすい。折しも階段を上りつめた男性が、ずるりといった。
示唆に富んだ、ひとコマだ。星輝は薄笑いを浮かべた。そうだ、遠回りなやり方にこだわる必要はない。野々宮とすれ違いざま体当たりを食らわせて、よろけた瞬間を狙ってひと押しすれば、バランスを崩して転げ落ちるはず。
かすり傷ですむか、重傷を負うか、それは神のみぞ知る。害虫の末路にふさわしい舞台を演出してあげたあとは素早く立ち去り、その後は知らぬ存ぜぬで押し通す。
この手を血に染めてでも、奈月とふたりで完結している世界を死守してみせる。もっとも防犯カメラがそこいらじゅうに設置されている昨今、公 の場で事におよぶのは自殺行為に等しい。
アシがつくのは時間の問題で、刑務所にぶち込まれたら奈月と離れ離れ、本末転倒だ。
焦るな、と自分に言い聞かせた。ひとまず家路をたどる。アパートのドアを開けると、トナカイの角 を模したカチューシャをつけて待ちかまえていた奈月曰く、
「クリスマスにお正月。恋人未満を卒業するイベントが目白押しだねえ」
能天気な科白にイラッときた。星輝はヘッドロックをかけたうえで盛大にくしゃみをした。風邪をひいて、寝込んで、野々宮が会いたがっても断りつづけているうちに愛想を尽かされて自然消滅といく。そんなオイシイ展開を、つい期待してしまう。
「んー、もうバッチイな。ほら、セイちゃんのぶんね」
「サンタ帽ってキャラじゃねえし……」
ひらめいた。ネット社会ならではの遠隔操作。最少の労力で最大のパフォーマンスが得られる、この方法で野々宮を袋小路に追い詰め……、
「悪い表情 して。黒いことを考えてるよね」
双子あるあるの以心伝心ぶりを発揮するのも時によりけりだ。星輝はサンタクロースの帽子を目深にかぶると太鼓腹を揺らすように、のっしのっしと歩いてみせた。
だが無垢な瞳に見つめられると、カクカクシカジカと口をすべらせてしまいそうだ。
「クリスマスソングのトナカイが、まんまとただ働きさせられてると思ってさ」
その歌をハモった。聖沢兄弟のクリスマスといえば市販のチキンとケーキを食べて、仲よくまったり。べつべつの店で選んだにもかかわらず、用意した品 は色違いの同じもの、というプレゼント交換。
それが恒例行事で、きらびやかな夜景も豪華なディナーも、ましてや野々宮が出る幕なんて一ミクロンもない。
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