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『2日目』ー3

 カメラを構えたまま森を歩いていると、ぽっかりと広い場所に出た。 「あ……」  ファインダー越しに見えたそこは――詩雨の心の奥底に昔からある風景に酷似していた。  木々の中にある大きな沼。  幼い頃に共に遊び、数年前まで好きだった男との思い出の場所。そして、想い合っている『二人』を見ているしかなかった辛い光景。 (――でも、今は平気だ。だって、オレには遥人がいるから)  そのままファインダーを覗いていると、何かが映り込んで消えた。  詩雨はファインダーから目を離した。  沼の畔に桜色のワンピースの後ろ姿が。 「あれ、あの人」  顔は見えないが恐らく昨夜大広間で出会った、桜色の着物を着た女性だろう。 「なぁ……遥人――」  後ろを振り返ると、そこには鬱蒼と繁る木々があるだけで、遥人もカイトもいなかった。 (えーっあいつらとこ行ったんだよー)  盛大な溜息を()いた後、ゆっくりとその背に向かって歩いた。  彼女はイーゼルにA四サイズ程のスケッチブックを立て、水彩画を描いていた。沼とその周りに広がる風景だ。  その画風を見て、詩雨は一階の応接間に飾られていた二枚の人物画を思い出した。 (あれは、この人が?)  背後からいきなり驚かせないように少し進路を変え、姿を見せてから声を掛ける。 「こんにちは。またお会いしましたね」  彼女は筆を止めた。昼間の陽射しの中にいるせいか、昨夜よりは幾分顔が明るく見えるような気がする。  声はやはり控えめでゆっくりとした口調で話す。 「あら、あなたは、昨夜の……こんにちは」 「あの応接間の絵は、貴女が描かれたんですね」 「はい……」  彼女はどこか遠い目をしていた。少し間があってから、 「旦那様を描きました」  愁いを含んだ声音で答えた。 (旦那様? 既婚者だったのか)  しかし、と詩雨は思う。 (その旦那様は、今どこに……?) 『わたくし、人を探しておりますの』  昨晩彼女の言ったことを思い出す。 (探している人って、旦那のことか? 自分の家の中で? それもなんだか、妙な……)  心の中でよくわからない騒めきが起きた。 「そう言えば……あの絵も、貴女が昨夜着ていた着物も、そのワンピースも桜色だ。桜……お好きですか?」  桜色のワンピースには着物と同じく、溶け込むように桜柄が(えが)かれていた。近くで見なければわからない程控えめに。 「はい……」  また、間。この女性の周りだけゆっくりと時間が流れているような気がした。 「……旦那様がお好きなんです」  それこそ花弁(はなびら)が綻ぶように愛おしげに微笑む。  一瞬詩雨の目の前に桜が舞い散ったように見えた。

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