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『2日目』ー7

  * *  夏だというのに。  玄関前の桜の大樹は、満開だった。  はらはらと花弁が散る中で、  桜色の着物を着た女が、  独り立っていた。  蒼白いほどに白い肌。細い指先。  閉じた瞼からほろほろと、  涙が零れ落ちている。 「旦那様……どこへ行ってしまわれたの」 「早くお帰りになってくださいまし」 「ずっとお待ち申し上げております」  花弁は嵐のように吹き荒れ狂い散る。  女は目を見開いた。  美しい顔の、その瞳は。  恨みがましく――。 * * 「……なさま」  うとうととしていた遥人の耳にその声は届いた。 「詩雨さん……?」 「どこへ……ってしまわれ……」 「詩雨さん」  声を掛けてみたがそれへの反応はなく、起きているようではなかった。 (寝言?)  触れている身体は何故かいつもよりもひんやりと感じる。 「……なってくだ……」  唯の寝言ではないように感じ、手で額に触れるとびっしょりと汗を掻いていた。 「詩雨さんっ」  起こすつもりでさっきよりも音量を上げた。遥人は身体を起こし、詩雨の顔を覗き込む。  苦しげに顔を歪ませている。 「……ずっとお待ち申し上げております」  言葉ははっきりとしていた。まるで起きているかのように。しかし、そうではないのだ。 「詩雨さん、詩雨さん」  これは起こしたほうが良いのではと感じた遥人は、彼の肩を揺すった。  詩雨がぱちっと目を(ひら)いた。 「詩雨さん」と目を合わせて名を呼ぶ。  ――目が合ったように思えたのに。 「ああ……旦那様。ここにいらした……」  遥人に向かって手を伸ばした。その手は遥人の首に巻きつく寸前で、ぱたっとベッドの上に落ちる。  あとにはすぅすぅと安らかな寝息を立てている詩雨がいるだけ。 「え? なに? 今の」  聞いている者もいないのに、思わず声に出してしまう。 (寝言……かな……)  いつもと様子が違うことが気になりながらも、取り敢えずそれで片づけて再び定位置に戻り眠りについた。

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