14 / 29
『2日目』ー7
* *
夏だというのに。
玄関前の桜の大樹は、満開だった。
はらはらと花弁が散る中で、
桜色の着物を着た女が、
独り立っていた。
蒼白いほどに白い肌。細い指先。
閉じた瞼からほろほろと、
涙が零れ落ちている。
「旦那様……どこへ行ってしまわれたの」
「早くお帰りになってくださいまし」
「ずっとお待ち申し上げております」
花弁は嵐のように吹き荒れ狂い散る。
女は目を見開いた。
美しい顔の、その瞳は。
恨みがましく――。
* *
「……なさま」
うとうととしていた遥人の耳にその声は届いた。
「詩雨さん……?」
「どこへ……ってしまわれ……」
「詩雨さん」
声を掛けてみたがそれへの反応はなく、起きているようではなかった。
(寝言?)
触れている身体は何故かいつもよりもひんやりと感じる。
「……なってくだ……」
唯の寝言ではないように感じ、手で額に触れるとびっしょりと汗を掻いていた。
「詩雨さんっ」
起こすつもりでさっきよりも音量を上げた。遥人は身体を起こし、詩雨の顔を覗き込む。
苦しげに顔を歪ませている。
「……ずっとお待ち申し上げております」
言葉ははっきりとしていた。まるで起きているかのように。しかし、そうではないのだ。
「詩雨さん、詩雨さん」
これは起こしたほうが良いのではと感じた遥人は、彼の肩を揺すった。
詩雨がぱちっと目を開 いた。
「詩雨さん」と目を合わせて名を呼ぶ。
――目が合ったように思えたのに。
「ああ……旦那様。ここにいらした……」
遥人に向かって手を伸ばした。その手は遥人の首に巻きつく寸前で、ぱたっとベッドの上に落ちる。
あとにはすぅすぅと安らかな寝息を立てている詩雨がいるだけ。
「え? なに? 今の」
聞いている者もいないのに、思わず声に出してしまう。
(寝言……かな……)
いつもと様子が違うことが気になりながらも、取り敢えずそれで片づけて再び定位置に戻り眠りについた。
ともだちにシェアしよう!

