20 / 29
『4日目』ー3
詩雨は、はっとしたあとに、実に気まずそうな表情をした。それはそうだろう。この指輪は自分の物ではない。恐らくこの五島家の『お嬢様』の物。
「あの……これは……沼のところで拾って……」
拾ったからといってまるで自分の物みたいに嵌めてもいいというわけではない。
(はぁ……なんでオレ、この指輪嵌めたんだろう)
心中で溜息を吐 く。
「すみません、ちょっと嵌めてみたら外れなくなってしまって」
しかし、柿沼はそのことについては全く気にしていない。
「そうですか……あの沼に……」
彼は何故か泣くのを我慢しているような顔をしている。
「お嬢様の……ご遺体になかったものですから……」
「……え……ご遺た……?」
『お嬢様』に出会ったはずの詩雨は勿論のこと、全員が顔を見合わせた。
「こちらの『お嬢様』亡くなっていたんですか……」
詩雨が実際にそれらしい人物に出会っていたことを知らない夏生は、詩雨ほど驚くことはせずに柿沼に尋ねた。
「この館内にいるのかと思っていました」
「はい。お嬢様……桜乃 様は……あの沼に自ら身を沈めて……」
柿沼の目の端に涙が。
「今この館にいるお客様がたは、生前旦那様――桜乃様のお父様が、桜乃様の為にお呼びになっていた方々で、お亡くなりになった今でも、お嬢様を偲んでお集まりになってくださっているのです」
しん……と静まり返る。
素直に彼の言葉を受け取る者とそうでない者がこの場には混在している。
「えっと……」
はい、というように詩雨が挙手する。
「そのお嬢様って……よく桜色の着物やワンピースを着ていたりしましたか?」
「そうですね……桜乃様のお名前にちなんで圭吾 様が贈られていました」
「圭吾……様、とは?」
詩雨は悲鳴をあげてこの場を去りたいところを、どうにか理性を総動員させて平静を保つ。
「桜乃様の旦那様……いえ、元旦那様です。応接間に飾られた絵の……」
「元……旦那様……」
詩雨の胸が何故かきゅっと痛む。
「はい」
* *
柿沼は語る。
五島家と小田切家は昔からのつき合いがあり、桜乃と四歳年上の圭吾は幼い頃から仲が良かった。長い月日の中で二人はお互いを想い合うようになり、二家もそれを微笑ましく思っていた。桜乃が十五歳になった年二人は祝福され結婚をした。
しかし、彼女は元々身体が丈夫なほうではなかった。一度妊娠して流産した後には子どもが授からない身体になってしまい、それを理由に離縁させられた。それは親同士が勝手に決めたことで、二人とも納得していなかった。
そのことで余計に体調を崩していく桜乃は、東京の実家を離れ空気の良い別邸に籠もることになる。圭吾は何度も親から縁談を持ち込まれるが承諾せず、桜乃のいる別邸に足繁く通った。
ともだちにシェアしよう!

