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『5日目 或いは最終日』ー2
そんなことを聞く幽霊ではない。遥人を擦り抜け、詩雨に近づいていく。
「やめろっ詩雨さんに入るなっ」
遥人がそう叫ぶと鬼気迫る雰囲気が薄くなった。一旦詩雨に入るのを止めたのか、男のほうを見た。
軍服の男は、敬礼をした。
「自分は、小田切少尉の部下であります」
「旦那様の……」
憎みたくなるくらいに愛しい元夫の名を耳にし、彼の話を聞くことにしたらしい。
「自分は少尉と一緒に戦地に赴きました。そこで少尉は自分を庇い、銃弾を受けたのであります」
「なんてこと」
ふわふわと飛んでいた髪もワンピースも大人しくなり、桜乃の足が地に着いた。
(あ、足……ちゃんとあった)
今更ながら詩雨はそんなことを考えていた。
「旦那様はどうなったのですか?」
「少尉は……」
男はそれ以上口に出せず、唇を引き結んだ。それで彼女も察したのだろう。ほろほろと涙が零れだす。
「言付けを頼まれました。最後の力を振り絞って……。これを、貴女に、と」
胸ポケットから大切そうに取り出した名刺大の紙のようなもの。上部に穴があり、細いリボンが通されていた。
『栞』のようだった。
桜乃がおずおずと受け取る。傍に立っていた詩雨にもそれが見えた。
紙の表面に色褪せた桜の花弁 ――押し花のようだった。そこに文字が書かれている。
『桜乃。きっとお前の元に帰る』
「これはわたくしが、旦那様に作って差しあげた栞です。旦那様は読書がお好きでしたので」
すっかり先程までの鬼気迫る雰囲気はなくなり、繊細そうな身体の細い女がそこにいた。
「自分はそれを小田切少尉に頼まれていたのに。気がついたらこのお館にいたというだけで、どうしてここに来たのかを忘れてしまっていて。今、やっと思い出すことができました――忘れた理由も。自分も日本に戻る前に瓦礫に埋もれ、コンクリートに頭を打ちつけ命を落としたのだと。忘れたのはその影響だと思われます」
たぶん幽霊のほうは後半全く聞いてなかった、というより興味なかったのかもしれない。聞き留 めたのは生きてる人間だけだ。特に男と話したことのある二人が反応した。
「お前も幽霊かよ……」
遥人は低く呟き、夏生は、
「あれ? あれ?」
と混乱したあと、じわりと背筋に怖気が這い上がった。
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