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見放されたオメガ1
――「律 」は、「オメガである己を律する意味」とアルファである両親から聞かされてきた。
下級オメガはオメガの中でも発情期 が不安定で、いつ発情するかわからない。発情期じゃなくても複数のアルファから襲われやすく、身内と番 う事故が一番多いのだ。
だから物心がつく頃には両親から距離を置かれ、上級アルファの弟が生まれると見向きもされなくなった。
勉強も、運動も不得意な僕と、何でもそつなくこなし、周りの期待を一身に受ける弟。
妹が生まれる頃には「お兄ちゃん」や「律」ではなく、「おい」とか「おまえ」と呼ばれるようになっていた。
中学へ上がると「子ども部屋が足りない」と僕の部屋は妹の部屋になり、物置小屋で寝食をするよう両親からきつく言いつけられた。
弟も、妹もアルファの中のアルファである上級アルファなのに、僕だけ下級オメガ。
授業参観に両親が顔を出したことは一度だってないし、運動会の日は僕だけ除 け者 扱いだ。誕生日やクリスマスでもプレゼントをもらえず、遠足の日にお弁当を作ってもらえない。家族が出かけたり、旅行のときは、いつも留守番を任される。
学校の子どもたちや、その保護者も「触らぬ神に祟 りなし」と遠巻きにし、教師も両親や弟たちの顔色を伺って一切口出ししない。
田舎だからか、ご近所さんに「忌み子」と敬遠された。
拠り所は、上級オメガであるおじいちゃんだけ。お父さんの生みの親だけどオメガだから、アルファのおばあちゃんの愛人として囲われていたのだ。
優しいおじいちゃんは、いつも僕の面倒を見てくれて、両親がしてくれなかったことを全部してくれたんだ。
『律、つらいことがあったら、お稲荷さんにお話しするんだぞ』
『お寿司の?』
『違う、違う。狐を従えた神様だ』
そうして、おじいちゃんは子どもの僕の手を引いて、石でできた階段をゆっくり上っていく。
『オメガは生きるのが一際大変だ。特におまえのような下級オメガはな。お稲荷さんは、商売に衣食住、縁結び、なんでも願いを叶 えてくれる』
『ふーん、すごいね』
話の内容がいまいちピンと来ない僕は適当に相 槌 を打った。
おじいちゃんは前を向いたまま『ああ、そうさ』と口角を上げる。『じいちゃんはな、律が笑っていると胸が温かくなって、とても穏やかな気持ちになれるんだよ』
『僕も! おじいちゃんの笑った顔が好き。僕がおじいちゃんになっても、ずーっと一緒にいてね』
『それはできないな。いずれ、お迎えが来るから』
『お迎え……タクシーのこと? だったら、なるべく遅く来てって運転手さんに伝えなくっちゃ』
『ああ、そうさな。律、悲しいときは、この神社へ来るんだ。苦しく、辛いことがあっても投げやりになっちゃダメだ。じいちゃんとの約束だぞ』
『うん、約束する!』
認知症で自分が誰かわからなくなったおじいちゃんは、僕が中学を卒業した春に、旅立った。
おじいちゃんが褒めてくれたから、料理を作る仕事につき、高校卒業後は真面目にコツコツ働いた。
両親や兄弟の元を去り、オンボロアパートで暮らす生活は静かで平和だったのに……両親の手で壊されてしまったのだ。
「五億ですか?」
「そっ、おまえの両親がこさえた借金だ」
龍の入れ墨を腕に入れた男が黒いジッポのライターを使ってタバコに火をつけた。
宝くじの一等賞並の額を提示された僕は、名前も知らないジャズに耳を傾けながら、味のしないアイスコーヒーをカラカラに渇いた喉 へ流し込んだ。
紫煙をくゆらせ、男が微笑する。
「親父さんは新規事業を行おうとして失敗したんだ。傲 慢 な性格で金遣いも荒いから銀行の融資や資金援助も得られず、闇 金 に手をつけた」
「だとしても僕には関係ありません。家族とは、すでに縁を切っていますから」
「それは、どうかな」
サングラス越しに男は、猫のように目を細めた。黒革の鞄 から白い紙を取り出し、机の上に載せ、「読んでみろよ」と顎 をしゃくる。
妙な胸騒ぎを覚えながら紙を手に取り、目を落とす。
そこには両親の借金を長男である僕が肩代わりし、奴隷のように働かせても構わないと書かれ、両親の直筆サインと捺 印 がされていた。
「こんなバカな話は受け入れられません。失礼します」
紙をテーブルへ叩きつけ、伝票を持って立ち上がる。今すぐ警察へ相談しよう、と足早に出入り口へ向かっていると、ガタイのいい若い男ふたりに道を阻まれた。
「すみません、通らせてください」
「そいつぁ、できねえ約束だな」
「可哀想だけど、きみは、もう逃げられないんだよ」
「何を言ってるんです? 早くどいて――」
ポンと肩を軽く叩かれる。振り返れば、僕をカフェまで呼び出し、さっきまで話していた男がいた。
「きみのご両親は、大切な弟さんと妹さんを連れて海外へ高飛びしたんだ」
「は?」
頬 や口もとの筋肉が引き攣 るの感じながら男を凝視する。
「――でしたら一ヵ月ごとに決まった額をお支払いします」
「悠長だなあ。利子が発生するって知らねえの?」
道を塞 いだ男のひとりがゲラゲラ笑った。
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