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89.
笑って手を振り去ってゆく友人を見送ったあと、ジェレミーは部屋へと戻った。
その途中、こっそりカシウスの様子を見にいこうかと思ったけれど、やめておいた。自分はいま体調不良で寝込んでいることになっている。嘘の理由でそうしていることがカシウスにバレたらまたややこしいことになりそうだ。
「あの人自身、嘘とか吐きそうにないしなぁ。吐きそうにないというか吐けそうにないというか」
カシウスは、真面目で誠実な人間だった。
知り合った当初こそ、とっつきにくくて冷たい人だと思っていたけれど、その実親しみやすい面もあると知った。執務にも実直に取り組んでいる。そういうところは大変好ましいと思えた。
しかしでは相手が自分のことをどう思っているかについては、正直わからない。
いま彼が自分をかまいたがる理由は、ノーランに話して聞かせたとおりだと推測している。ノーランはあかちゃんだと言っていたが、あながち間違いでもないだろう。鳥のヒナが生まれて初めて見た相手を親だと思ってついて歩くように、彼もはじめて触れたオメガにのぼせてしまっているのだ、きっと。
そのせいか、ここ数日ジェレミーはどこかすっきりしない気持ちを持て余していた。
カシウスにかまいたがりな態度を示されると、正直困惑のほうが勝る。だけどそういうふうにかまわれるとうれしいと思ってしまう気持ちもたしかにあった。
相反する感情が生まれているのだ、自分のなかに。
生まれてしまった感情はどうしようもなかった。整理するまではこのモヤモヤも続きそうだし、その整理が終わるころには自分はここから去ってしまっているかもしれない。
そう考えると、幼馴染とのひとときで束の間晴れたと思っていた心も再び沈んでしまうのだった。
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