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104.
「ジェレミー、ジェレミー待て!」
執務室から出て少しもしないうちに、ヴィドールが追ってきた。
腕をつかまれ、振り向かせられる。
「こんなことになるなんて――わたしの考えが甘かった、すまない」
どうしてこの人が謝っているのだろう――?
ぼんやりとヴィドールを見上げる。
焦点の覚束ない瞳で見上げた先、責任感の強い側近は痛ましく顔を歪めた。
「おまえがそのような行いをしないことはわかっている。城の者たちを誘惑して行為に及んだとしてもおまえに利はない。利のないことをおまえが自ら行うとは思えない――いや、そういった理性さえ保てないのが発情期だということも理解はしているつもりだが……しかし、それでもだ」
ヴィドールはもどかしく言葉を続けた。
それらすべてをジェレミーは薄い膜に覆われた向こう側からのように聞いていた。
「とにかく、殿下はいま冷静ではない。兵士からの訴えを耳にしてから、こちらの話はほとんど聞いてくださらない、取り付く島もなかった……こうなってしまってはもうどうしようもない」
そうですか、とか、わかりました、とか、なにか言おうとしたような気がする。
けれど出てきたのは不明瞭な声ともつかない声だけだった。
「……ジェレミー……」
ヴィドールも掛ける言葉を失くして立ちすくむ。
最後に小さく礼をして、ジェレミーはその場から立ち去った。
部屋へと戻り、少ない荷物をまとめて城を出る。
それからどうやって故郷メールの自分の家まで帰ったのかわからない。
カシウスに淫売だと罵られ、これ以上なく拒まれて、頭はひとつも働かなかった。
ただ王都へきたときより重くなっていた荷物――金貨の重みだけが、家へと帰らなければという気持ちをつなぎ止めていた。
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