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「……ジェレミー?」  ふと、闇のなかでひそやかな声が聴こえた。  それはとても小さな声で、背後にいる門番の耳には届かなかったようだった。  けれど、ジェレミーにはたしかに聴こえた。  どくんと心臓が音を立て、額に汗が滲む。もう一度「カシウス殿下、」と心のなかで呼びかけると、人影はようやくこちらへ顔を向けてくれた。 「おい、早くしろ」  とそのとき、門番から声がかかった。  一度そちらへ振り返り、「はい、すみません」と答える。  声でわかってくれたのか、カシウスが立ち上がった。  それ以上は無理だった。ここで自分がカシウスの覚えのある人物だと露見してしまったら、怪しまれる。せっかくの救出計画も水泡に帰すおそれがあった。  ジェレミーはカシウスに視線を注いだまま、一歩あとずさる。ほんのわずかだが、こちらのほうが灯りに近い。  そうしてジェレミーはひとこと、声に出さず呟いた。 『明日、日の入りの時刻』  ジェレミーの唇の動きにカシウスもかすかな頷きで応えてくれた。  伝わった。  それだけで充分だった。  名残惜しい気持ちを振り切り、ジェレミーはカシウスに背を向ける。  部屋から出ると再び門番は施錠した。そのうしろでジェレミーはじっとカシウスを見つめ続けた。促されて階段へと向かうときにもずっと視線は逸らさなかった。  もうあと数歩で階段のまえというところまで来たとき、カシウスの姿が見えた。薄暗い地下の鉄柵越し、あのうつくしく澄んだプラム色の瞳がきらめく。  その眼差しはしかとジェレミーへと注がれていた。

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