3 / 4

ノイズ 3話※(雪広)

「は、は……っっ、は、あっ…、」 簡易的なベッドが、ギシギシと低く軋む。 それに重なるように、青年の控えめな息遣いが聞こえる。 雪広は青年の両足を掴み、腰を前後に振り上げる。上着は脱がないまま、距離だけを詰めている。 ____部屋に入ると、奥にベッドが見えた。物の少ない空間の中で、それは、ぽつんと置かれていた。 言葉は、必要なかった。 雪広は靴を揃え、上着を脱ぎ、そのまま奥へ向かう。青年も、それに続く。 止める気配はない。 ためらいもない。 やはり、彼もそのつもりだったのだろう。 ベッドに腰を下ろすと、小さく軋む音がした。古いアパートだ。壁は薄い。 雪広はそれを理解し、動きを抑える。 声も、無駄な息も、必要ない。 青年も同じだった。 触れ合う距離にいても、口づけは交わさない。視線も、長く合わせない。確認するのは、身体だけだ。 淡々と、必要なことだけを済ませる。 それで十分だった。 どちらも、余計な音を立てなかった。 壁の向こうに、他人の生活があることを知っている。 必要以上に踏み込まない、行きずりの関係だ。一時的な関係として、手早く済ませるつもりだった。 「……はぁ、っ……っん、」 「……く、…っ…」 二人は同時に呻いて達する。 短い呼吸音が、静かに交差した。 雪広は、目を閉じながら思う。 後腐れはない。 条件も、悪くない…… ズルッと腰を引き抜き、青年を優しくベッドに寝かせた。 手早く身支度を整えていると、青年は、まるで何もなかったかのように体を起こした。 息を整える様子もない。服の乱れを軽く直し、部屋の灯りを点ける。 だが、声だけは少し低く、抑えた調子で、青年は言った。 「……パン、食べます?」 その言い方が、ひどく日常的だった。 雪広は一瞬だけ間を置き、答える。 「……いや、いいかな。もう失礼するよ」 やることは済んだ。 あとは帰るだけだ。 パンを食べる、というのも口実だったのだろう。雪広自身、最初から本気で食べるつもりはなかった。 だが、青年は引き止めることも、残念そうな顔をすることもない。 「そっか」 短くそう言って、キッチンへ向かう。 背中が、妙に静かだった。戸棚から紙を取り出し、手早く包む。慣れた動作だ。 「じゃあ、これ」 差し出されたのは、丸く包まれた紙袋だった。 「今日の夕方に焼いたやつです。……持って帰って」 声は小さい。さっきよりも、少しだけ柔らかい。 雪広はそれを受け取った。紙越しに、まだ温もりが残っている気がした。 「ありがとう」 それだけ言って、立ち上がる。 青年は玄関まで見送ってきたが、距離は詰めない。視線も、必要以上に向けない。 ただ、別れ際に、ほんの一瞬だけ目が合った。その目元に、さっきの名残がわずかに滲んでいる。 笑ってはいない。 だが、完全に平静でもない。雪広は、それを見なかったことにして靴を履いた。 扉を開ける。 外の空気は、ひんやりとしていた。 先ほどの青年の声が、頭の奥で繰り返される。 抑えた、小さな声。 それだけが、妙に残った。

ともだちにシェアしよう!