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ノイズ 3話※(雪広)
「は、は……っっ、は、あっ…、」
簡易的なベッドが、ギシギシと低く軋む。
それに重なるように、青年の控えめな息遣いが聞こえる。
雪広は青年の両足を掴み、腰を前後に振り上げる。上着は脱がないまま、距離だけを詰めている。
____部屋に入ると、奥にベッドが見えた。物の少ない空間の中で、それは、ぽつんと置かれていた。
言葉は、必要なかった。
雪広は靴を揃え、上着を脱ぎ、そのまま奥へ向かう。青年も、それに続く。
止める気配はない。
ためらいもない。
やはり、彼もそのつもりだったのだろう。
ベッドに腰を下ろすと、小さく軋む音がした。古いアパートだ。壁は薄い。
雪広はそれを理解し、動きを抑える。
声も、無駄な息も、必要ない。
青年も同じだった。
触れ合う距離にいても、口づけは交わさない。視線も、長く合わせない。確認するのは、身体だけだ。
淡々と、必要なことだけを済ませる。
それで十分だった。
どちらも、余計な音を立てなかった。
壁の向こうに、他人の生活があることを知っている。
必要以上に踏み込まない、行きずりの関係だ。一時的な関係として、手早く済ませるつもりだった。
「……はぁ、っ……っん、」
「……く、…っ…」
二人は同時に呻いて達する。
短い呼吸音が、静かに交差した。
雪広は、目を閉じながら思う。
後腐れはない。
条件も、悪くない……
ズルッと腰を引き抜き、青年を優しくベッドに寝かせた。
手早く身支度を整えていると、青年は、まるで何もなかったかのように体を起こした。
息を整える様子もない。服の乱れを軽く直し、部屋の灯りを点ける。
だが、声だけは少し低く、抑えた調子で、青年は言った。
「……パン、食べます?」
その言い方が、ひどく日常的だった。
雪広は一瞬だけ間を置き、答える。
「……いや、いいかな。もう失礼するよ」
やることは済んだ。
あとは帰るだけだ。
パンを食べる、というのも口実だったのだろう。雪広自身、最初から本気で食べるつもりはなかった。
だが、青年は引き止めることも、残念そうな顔をすることもない。
「そっか」
短くそう言って、キッチンへ向かう。
背中が、妙に静かだった。戸棚から紙を取り出し、手早く包む。慣れた動作だ。
「じゃあ、これ」
差し出されたのは、丸く包まれた紙袋だった。
「今日の夕方に焼いたやつです。……持って帰って」
声は小さい。さっきよりも、少しだけ柔らかい。
雪広はそれを受け取った。紙越しに、まだ温もりが残っている気がした。
「ありがとう」
それだけ言って、立ち上がる。
青年は玄関まで見送ってきたが、距離は詰めない。視線も、必要以上に向けない。
ただ、別れ際に、ほんの一瞬だけ目が合った。その目元に、さっきの名残がわずかに滲んでいる。
笑ってはいない。
だが、完全に平静でもない。雪広は、それを見なかったことにして靴を履いた。
扉を開ける。
外の空気は、ひんやりとしていた。
先ほどの青年の声が、頭の奥で繰り返される。
抑えた、小さな声。
それだけが、妙に残った。
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