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ノイズ 5話(雪広)
「雪広さん……は、いつも、どうやって食べてますか?」
ごく自然に下の名前で呼ばれたことに、雪広は一瞬だけ意識を向けた。だがそれを表に出すことはせず、適当な調子で答える。
「このまま、ちぎって食べている。焼くこともせず、そのまま。たまに、チーズと一緒に食べるくらいかな」
適当に言ったつもりだったが、振り返ってみれば、ほとんど事実だった。
「そうですか……」
理央は小さく頷きブールに視線を落とす。
「みなさん、どうやって食べてるのか、気になってて」
独り言のような声だった。
「パンは、合理的だろ」
雪広は淡々と言う。
「そのまま食べられる。腹が減れば、何か入れないと動けない」
食事の優先度は低い。雪広の中で、食欲や性欲は、管理すべき生理現象でしかない。
腹が満たされれば、それでいい。味や雰囲気に意味を見出す必要はない。
理央は、その言葉を否定しなかった。
「……確かに、そうですね」
そう言ってから、少し考えるように間を置く。
「でも」
理央は、ブールを軽く指で押した。
「同じパンでも、食べ方で、結構変わるんです」
立ち上がり、トースターを指さす。
「たとえば、これ。少しだけ焼くと、香りが立ちます」
次に、スープの器を見る。
「浸すと、また違う。柔らかくなるけど、味は逃げない」
説明は淡々としている。
押しつける気はない。
「……今度、時間があるときでいいので」
理央は、軽く言った。
「いろんな食べ方、試してもらえたら。その方が、僕も助かるので」
雪広は、その言葉を聞いて、わずかに眉を動かす。
「助かる?」
「はい。作ってる側として、反応がある方がいい」
感情ではなく、理由で返される。
雪広は一瞬考え、それから短く答えた。
「そうですね……時間が合えば」
そう言いながら、いつものビジネス用の笑みを添えた。本心では、他人と食事をするのは面倒だと思っている。
約束ではない。
だが、否定でもなかった。
理央は、それ以上何も言わず、ただ静かにブールを切り分けた。
◇
食べ終わると、理央がチラッと一瞬だけ視線を動かした。ベッドの方へ。
___誘いだろう。
雪広は、そう判断する。
正直、面倒だと思った。
誰か一人に入れ込むつもりはない。恋人という関係も、不要だ。
だが、理央に対して嫌悪はない。体の相性も悪くなかった。
騒がない。過剰に求めない。余計な感情を持ち込まない。条件としては、十分だ。
溜まったものを処理するだけなら、誘われて応じるのも合理的だろう。
適当に、緩く。
後に残らない関係なら、悪くない。
「理央くん……おいで」
声は、自然と柔らかくなった。仕事で使うのと同じ、無害な調子だ。
理央は一瞬だけ躊躇い、それから素直にベッドに腰を下ろす。前に一度、身を委ねている。恐れはないのだろう。
雪広は、それを確認してから近づいた。
お互いが求めるのは、快楽だけだ。
それでいい。
嫌いではない。ただ、それ以上でもない。
性欲は、溜まれば処理する。
それだけのことだ。
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