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ノイズ7 (雪広)

想定外に、理央と会っている。 先週は、ほぼ毎日だった。初めて会ってから、すでに一ヶ月が経っている。 きっかけは、短いメッセージだ。 「夜、遅くなってもいいので」 それだけ。理由は、後から続く。 新しいブールができた。別のパンの試作をした。配合や焼き加減を変えて、毎日試しているらしい。 そのメッセージを受け取った日は、だいたい理央のアパートへ向かっている。 あの古びたパン屋は、実家だという。高齢の父母と一緒に切り盛りしているらしい。 店に並ぶパンの、半分は理央が焼いている。残りの半分は、父親の仕事だ。そんな情報が、必要でもないのに、少しずつ増えていった。 今日は、特別に仕事が遅くなった。 買収を持ちかけていた会社と、ようやく合意した。半年かけて進めてきたプロジェクトだ。また一つ、会社が大きくなる。結果は明確で、成果も責任も、すべて自分に返ってくる。 雪広は、多少荒いことをしても、そういう仕事の形が好きだった。自分には、それが一番合っているとわかっている。 __時間は、かなり遅い。 理央のアパートに行くのを、一瞬ためらった。だが、明日は休みだ。 それに。 「待ってます」という短いメッセージが、頭に残っていた。 雪広は、行くことにした。 アパートのドアをノックする。深夜に近い時間だったため、音は控えめにする。 すぐに、鍵の開く音がした。 扉が開き、理央が顔を出す。 「雪広さん……っ」 驚きと安堵が混じったような表情。 どこか、嬉しそうにも見えた。 新作のブールがうまくいったのだろうか。 そんなことが、一瞬だけ頭をよぎる。 だが、今日は違った。 玄関に入るなり、理央がそっと手を取る。 そのまま、迷いなく奥へと導かれた。 最近は、パンを食べ、いくつか言葉を交わしてから、静かにベッドへ移ることが多かった。 今日は、違う。 理央はすぐにベッドへ向かう。 ためらいはない。 雪広は、その意図を理解した。 断る理由は、なかった。 近づき、視線を落とす。ネクタイを緩め、メガネを外すと、自然と距離が詰まる。 理央が、小さく息を吸った。 「雪広さん……」 声は控えめで、ほとんど消えてしまいそうだった。 「……お願い…ちゃんと抱いて」 その言葉を聞いた瞬間、雪広は、余計な思考を切り離した。 理央は、着ていたTシャツを静かに脱いだ。 今まで、身体を繋げる時は、シャツを着たまま、ズボンを少しずらすだけだった。 だから、こうして向き合って素肌を見るのは、初めてのように感じた。 雪広のシャツに、理央の手がかかる。ボタンを外す指先が、わずかに震えていた。 寒いわけではない。パンを焼いたであろう、この部屋は、むしろ暑いくらいだ。 理央に導かれるまま、雪広もシャツとズボンを脱ぐ。こうして、互いに何も身につけずに触れ合うのは、初めてだった。 熱のこもった室内で、理央の身体だけが、ひんやりとしている。 その温度差が、思いのほか心地よく、雪広は無意識のまま腕に力を込めた。 「ゆ……雪広さん……」 小さな声で、名前を呼ばれ続ける。 壁の薄さを気にして、いつもは声を潜めているのに。今日は、その慎重さが、少しだけ崩れていた。

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