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オーブン4(理央)

二年の修行を終えて、日本に帰国した。 これからは、自分の技術と力だけで、パン屋を開く。本当に成長できているだろうか。 その答えを見せたい相手は、毎日のように思い浮かぶ、あの人だ。 もう二度と会えないだろう、あの人。 小麦屋のおじさんは、父の代から世話になっている人。帰国の挨拶をしたら、「久しぶりに、あの店行くか」と、いつものバーに誘われた。 ここに来ると、思い出す。 一杯だけ、と誘ったあの日から、関係は、しばらく続いてくれた。 店に入ると、無意識に、同じ背格好の人を目で追ってしまう。 偶然なんて、あるわけがないのに。 「理央、店の粉はさ、こんな配分でいけばいい」 おじさんと、これから開く店の話をする。仕入れる小麦は、格安で、出世払いでいいと笑ってくれた。 「ありがとう、おじさん。心配もあるけど……がんばるね」 そう言って、笑った。 あの人が好きだったウイスキーを、頼んでみる。少し苦い。でも、パンには合いそうな気がする。 話を終えて、バーを出る。 やっぱり、偶然に会うなんてことはない。 小麦屋のおじさんとは、繁華街の真ん中で「じゃあな」と別れ、ひとり、路地を右へ左へ、人を避けながら歩く。 さっき飲んだウイスキーに合うパンは…… そう思って、携帯を開いた。 分かっている。 歩きながら見るものじゃない。 それでも、ついやってしまう。 下を向いたまま歩いていると、ドン、と肩に衝撃が走った。はっとして顔を上げる。 「ごめんね」 見知らぬ人が、そう言って通り過ぎていく。 ………ほら。 こんな場所で、あの時みたいに、偶然会うわけがない。 分かっているのに、期待してしまって、ため息が出た。 あの人に……会いたい。 そのとき。 「理央……!」 腕を引かれ、後ろに倒れそうになった体を、誰かが支えた。 背中に回されたのは、大きな手。 顔を上げた瞬間、視界が止まる。 近すぎる距離。見慣れた輪郭。 息の仕方まで、覚えている人。 「……雪広……さん……」 何年ぶりかで、咄嗟にこぼれた名前だった。 会いたかったとか、会えるはずがないとか、そんな考えが浮かぶ前に、ただ口が動いた。 呼んだ瞬間、頭の中が、真っ白になる。 腕を掴まれたまま、理央はただ、見つめ返すことしかできずに、その場に立ち尽くしていた。

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