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オーブン6(理央)

それからは、互いの過去と気持ちを確かめ合った。言葉を交わすたび、ばらばらだった時間が揃い、胸の中で静かに落ち着いていく。 ソファの上では、理央は膝に乗せられ、抱きしめられたままだ。この部屋に入ってから、いっときも離れていない。 それに__ 今まで、キスをしたことなんてなかった。なのに、一度してしまうと、話の途中でも、雪広は何度も唇を重ねてきた。 「……自分でも、おかしいと思う」 そう言って、少し困ったように笑う。 理央は、その表情が可笑しくて、でも嬉しくて、思わず肩をすくめた。 少し間が空いたあと、雪広は視線を落としたまま、静かに続ける。 「君がいなくなってから……意味のないことを、いくつも繰り返していた」 淡々とした声だった。けれど、言葉の選び方だけが、あの頃より慎重だ。 「非効率だと分かっているのに、同じ店を何度も探した。閉まっていると分かっている場所にも、足が向いた」 理央は、思わず息を止める。 「合理的じゃない。時間の無駄だ。……それでも、やめられなかった」 雪広の腕に、静かに力が入る。 そのまま、強く抱き寄せられた。 「君がいなくなってから、君の行動ばかりを、繰り返し思い出していた」 低い声で、淡々と雪広が話をしている。 一度、短く息を吸ってから、続けた。 「あのとき、どう感じていたのか。何を考えていたのか」 まるで、自分に問い直すように、一言ずつ、確かめるように言葉を置く。 「言葉の選び方。視線の向け方。パンを渡すときの、手の動き」 何気ないはずの仕草。 そのひとつひとつを、何度も思い返していたのだと言われる。 胸の奥が、きゅっと縮む。息が詰まりそうで、無意識に雪広のシャツを掴んだ。 「この二年間、考え続けていた。考える必要なんて、本来はないのにな」 そこで、雪広は一度、静かに息を吐く。 「……君を、分析していたわけじゃない。答えを出そうとしていたわけでもない」 視線を上げ、はっきりと言う。 「ただ……考えるのを、やめられなかった」 理央は目を瞬かせたまま、しばらく動けずにいた。膝の上に乗せられ、抱き寄せられていることを、少し遅れて理解する。 それから、遠慮がちに腕を回し、雪広の背中に触れた。確かめるように、そっと。 「俺にとっては……それが、致命的だった」 理央は、視線を落とし、耳まで赤くなる。 胸の奥があたたかくて、うまく言葉が出ない。 それでも、小さく、頷いた。 「……僕も……ずっと、雪広さんのこと…考えてました」 声は、控えめで、少し震えてしまう。 「忘れないといけないのに…でも、忘れられなくて。会いたくて…」 雪広は、その言葉を遮らない。 ただ、額を理央のこめかみに寄せる。 そして、低く言った。 「……十分だ、理央」 それは、否定でも制止でもなかった。 受け止めるための言葉だった。 「これからは、俺が聞く。考える。迷う」 少しだけ、間が空き、雪広は、短く息を吐いた。 「だから……俺のそばにいてくれ」 理央は、胸の奥に溜まっていたものが、すっとほどけるのを感じた。 小さく笑って、雪広のシャツをつかむ。 「……はい」 それだけを、 やっと、言葉にできた。

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