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第18話

「る、瑠生。い、今、なんて言った?」  居間に(とどろ)く——は大袈裟だったけれど、梅ちえの雄叫びがあまりにも大きくて、桔梗も椿も手で耳を覆っていた。 「だから、この先、三ヶ月間の売り上げを倍って……」 「ば、倍って。二カケル二、ノ、アノ、バイ?」  なぜカタコトで話すんだ、とツッコミを入れたくなったけれど、梅ちえのことだ、話が脱線するかもしれないのでそれはやめておこう。 「そう。三ヶ月間売り上げを倍にできたら、買収の話はなかったことにしてくれるって」 「本当に? 売り上げをこれまでの倍にするって簡単なことじゃないけど、本当にそれで、たけだ屋の件を水に流してくれるのかしら」  さすが椿姐さん、勘がいい。 「実はもう一つ、条件を出されたんだ……」 「やっぱり。おいそれと引き下がってはくれないわね」  頬杖をつく椿が深いため息を吐くと、もう一個の条件は? と聞いてきた。 「そ、それは……」 「それは?」  ベテラン芸者を前に言いにくい。口内で文字を渋滞させていると、焦ったくなったのか、梅ちえが座卓をバシッと叩いた。 「瑠生! 男だろっ、はっきり言いな」と、凄み付きで。 「わ、わかったよ。言うよ。あの……さ。えっと、沖って人が座敷を予約するときは、半玉を必ず呼ぶようにって……」  瑠生の発言に、椿も梅ちえも、なんだ、そんなことかぁと、ホッとした顔をしている。  おまけに、沖はロリコンかとも。  おいおい、そんなこと、芸者が言っていいのか。  いいと男でもロリコンはムリねとか、マザコンよりマシよ。なんて話している。  本題はこれからなのに…… 「それは蓮香のことだろ」  瑠生が口にしかけたとき、さっきから黙っていた桔梗が、言下に言った。  居間が一瞬、しんっと静まり返り、全員の視線が瑠生に集まる。  開口一番は、やっぱり梅ちえだった。 「それって、あんたのことだよね、瑠生!」  立ち上がって指を刺された。瑠生はコクンと、小さく頷いて身を縮める。  現役の芸者を差し置いて、男の瑠生を求めるなんてきっと姐さんたちのプライドを傷つけた。  申し訳なく思っていると、横に梅ちえが座ってきた。  機嫌を損ねてしまったと、固く目を閉じて制裁を浴びる覚悟をする。 「さっすが瑠生だ。ふく里の切り札」  背中を思い切りバシッと叩かれ、梅ちえから制裁ではなく洗礼を浴びた。 「ほんと。さすがだわ、瑠生。やっぱり、蘭子さまの孫ね」  感嘆のため息をこぼす椿が、凄い、凄いと、テストで満点を取った子どもを褒めるように頭を撫でてきた。  一人で面食らっていると、「瑠生」と、桔梗に名前を呼ばれた。  怒られると思ったのに、そこにあったのは静かな決意の顔だった。 「……はい」 「沖さんは、売上のことと、蓮香を呼べば買収は考え直す。そう言ってくれたんだね」 「ああ、確かにそう言った」 「そうか。だったらやるしかないね。あんたたちはもちろんだけど、瑠生。これは勝負だ。引き受けてくれるかい」  バレればふく里は終わりの大勝負。  男の半玉で客の相手をしていたとなると、赤っ恥もいいとこだ。それでもこの賭けは受けるべき。桔梗はそう、判断したのだ。  ……それほど、たけだ屋とウチは崖っぷちなんだ。 「とにかく、やるって決めたなら瑠生は特訓だ」 「え? 特訓って、踊りも笛もずっとやってるじゃん」 「違うよ、女に見せる特訓だ。でしょ? お母さん」  鼻の穴を膨らませ、仁王立ちする梅ちえが桔梗に言うと、ふく里の主人は深く頷いた。椿も一緒になって、それは必要だわ、と満面の笑顔だ。  なんだか、彼女たちが楽しそうな顔に見えるのは気のせいだろうか。けれど、みんながやる気に満ちているから、瑠生も不承不承に腹を括った。  ただ、この『半玉になる特訓』が、まさかあんな地獄の始まりだとは──  このときの瑠生は、まだカケラも知らなかった。

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