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第22話

 ふく里の居間で、瑠生は額を畳に擦り付けていた。  い草の冷たさが額に突き刺さる。  息が詰まるような静けさの中、いつまでも頭を上げれずにいた。 「ごめんなさい。さっき話した通り、もう、俺は蓮香としてお座敷には上がれない」  今夜起こったことを全て話し終えた瑠生は、畳にぐっと額を押しをつけた。 「ねえ、瑠生。バレたのって、神楽って人だけでしょ? 沖さんはわかってないかもしれないよ。その証拠に、何も言わず瑠生を帰してくれたじゃない」  梅ちえが慰めるように言ってくれたけれど、瑠生は首を激しく横に振った。 「神楽さんは、きっと最初から気づいてた。それで指を見て確信したんだ、俺が『来栖瑠生』だって。それに沖さんと会ったとき、俺は指のほくろを見られていた気がするんだ」  沖の会社に行ったとき、連絡先を書く瑠生の手元を沖はジッと見ていた。  人差し指の先にある小さなほくろ──『蓮香』と同じ印を、沖はきっと気づいたんだ。  ふく里に住む人間、男。それが全部、蓮香という半玉を隠していたことに繋がる。  そんな単純なこと、大きな会社の社長で頭のいい沖にわからないはずはない。  ずっと蓮香を探していた沖をコケにした。彼のことを軽んじたと思われたかもしれない。 「そんな小さいほくろなんて、結構みんなにあったりしない?」  里菊がみんなの指を見て、あら、意外とないわねぇとガッカリしている。 「お母さん、本当にごめん。俺がもっと機転が効いていたら、こんなことサラッと交わせたかもしれないのに」  自分の落ち度だ。動揺したからって、打つてはあったかもしれないのに。  ふく里の居間がお通夜みたいになっていると、ポケットの中でスマホが鳴った。  表示された名前を見た途端、雷に撃たれたような衝撃を受けた。 「どうしたの、瑠生。誰から?」  椿に聞かれ、瑠生はスマホの画面をみんなに見えるように向けた。 「げっ! イケメン神楽だ」  梅ちえの声で全員が一斉に息を呑んだ。  みんなの顔を見つめながら、瑠生は通話ボタンをタップした。 『も、もしもし……』 『やあ、瑠生君。今夜は楽しかったよ、ちょっと驚いたけどね』  そりゃそうだ。半玉が男だったのだから。 『……すいません。俺──』 『あのさ、明日って予定ある? 土曜日だから学校はないよね』  頭の中でドラムロールが鳴っている。いつ、スティックが振り下ろされるか身構えていると、『飯でもどう?』と、拍子抜けするほどの明るい声が返ってきた。 『え? め……し』 『そう、夕食を一緒に食おう。沖と三人で』  最後の言葉で全身に緊張が駆け巡った。  沖と……三人で。それが何を意味するのか、嫌でもわかる。  やっぱり、神楽は全てを沖に話したのだ。でなけれな、三人で会う意味はない。  沖の前で真実を告白して、懺悔をさせられる。そして条件は反故にされ、たけだ屋は買収されてしまうのだ。 『どうかな? 君に断る権利はないけどね』  神楽の言うとおりだ。従うしかない。 『わかりました。どこへ行けばいいですか』  詳細はメールしておくと言われ、必ず来るように、と念を押されて電話は切れた。 「瑠生、イケメンは何て?」  固唾を呑んで待っていた全員を差し置いて、梅ちえが前のめりに聞いてくる。 「メシとかって言ってなかった?」  里菊が椿と一緒に不安顔を瑠生に向けてくるから、瑠生は精一杯の笑顔を作った。 「一緒に夕食でもどうって。意外と大丈夫かもしれないな、神楽さんの口ぶりでは」  敢えて何でもないフリをした。けれど、横からジッと見つめてくる桔梗はごまかせない気がした。それでも彼女たちに心配はかけたくない。意地でも強気を貫いてみせる。 「明日行くの? 瑠生、一人で平気?」 「夜のお座敷、私は入ってないからついて行こうか」 「せめて、店の入り口まで送らせて。帰りも迎えに行くわ」  姐さんたちが口々に言ってくれた。その優しさが沁みて涙腺が緩みそうになる。 「大丈夫。それに一人で来いって言われたし」 「でも……瑠生坊だけで行かせるのは心配だわ」  懐かしい呼び方で里菊が言う。  初めてここへ来た小六の瑠生の面影を、彼女たちは見ているのかもしれない。 「俺は男だ。だから気にせず、みんなはお座敷を頑張ってよ。土日はランチの予約が埋まってるんだし、ギリギリまで俺も手伝うから」  瑠生は休んでていいのよ、と三人が口を揃えて言ってくれた。  でも、働いている方が気が紛れる。だから手伝わせてほしいと、瑠生は頼んだ。 「さあ、お開きにしましょう」  椿が重い空気を吹き飛ばすように手を叩いた。  三人を見送りに瑠生も玄関まで行くと、姐さんたちに向かって正座をした。 「本当に今日はごめ──」  もう一度謝っておきたかった瑠生の言葉を、椿が遮った。 「椿姐さん……」 「瑠生はよくやってくれたわ。男の子なのに、ふく里のために半玉にまでなって。だから瑠生が頭を下げることなんてないのよ」 「そうそう。それに、このままバレずに半玉続けてたら、マジで私の贔屓さん、ぜーんぶ瑠生に持ってかれちゃうし」 「本当ねぇ。それは死活問題だわ。でも、私は瑠生の半玉姿、大好きよ。すっごく可愛いもん。あ、もちろん、男の子の瑠生が一等(いっとう)、好きよ」  姐さんたちが笑ってくれるから、泣きそうになる。  彼女たちや桔梗が大切にしているこの場所を守りたかった。  役に立ちたかったのに、それを自分が壊してしまった。  鼻を啜っていると、男が泣くんじゃないと、梅ちえに頭をペちんと叩かれた。  目頭を手の甲で拭うと、瑠生は勢いよく顔を上げた。 「明日、ちゃんと沖さんに謝ってくるから」  だから安心してと付け加え、三人に笑顔で手を振った。  決戦は金曜──じゃなくて土曜日の夜、七時だ。  瑠生は両手で頬を叩いて気合いを入れると、玄関の戸締りをして自室へと戻った。

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