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第23話

 第二弾となったランチお座敷は盛況に終わった。  忙しくしている間は忘れられていたれど、お座敷が片付いていくごとに不安が募る。  今夜、沖に何を言われるのだろうか。  もしかして、ふく里ごと買収される? いや、そんなことは絶対にさせない。  もし言われたら、ひたすら謝ろう。土下座でも何でもして。  謝って済む話しじゃないけれど……  弱気な心を奮い立たせながら、瑠生はふく里に帰ってきた。 「そっか、お母さんは宇多師匠のとこか」  誰もいない居間でぼんやりしていると、玄関の扉を叩く音がした。  尋ねなくてもすりガラスの向こうに見えるシルエットで、咲希が来たのがわかった。 「よお。半玉さん。元気か」  わざと明るく言ったのに、咲希の顔は今にも泣き出しそうだ。  玄関で泣かれたら困る。瑠生は涙がこぼれる前に咲希を居間にあげた。 「瑠生、たけだ屋さんのお座敷のこと聞いたよ。大変だったね」 「聞いたのか……」  呟くと、咲希はコクンと小さく頷く。  咲希の頭をポンポンと撫でながら、瑠生は笑顔を見せた。 「大丈夫だから。そんな顔すんな」 「でも、買収されたら、ふく里のお客は別のお座敷に行っちゃうんでしょ? そんなことになったら、ふく里からお客が離れちゃうよ」  言いながら、とうとう咲希は泣いてしまった。 「そんなことはさせない。絶対にふく里は俺が守る。だから咲希は芸事をがんばれ」  励まそうとして言ったのに、咲希は座卓に突っ伏してしまった。  背中を撫でて慰めても、泣き止むどころか嗚咽するばかり。 「泣くなって。せっかく半玉になったんだ、ちゃんと俺が──」 「違うっ! 違う……のよ、瑠生」  勢いよく顔を上げたかと思ったら、咲希が頭を項垂れて何度もごめんを繰り返している。 「何で咲希が謝るんだ。いいから、顔を上げろ」  泣きじゃくる咲希の体を無理やり起こすと、ほら、とテッシュを箱ごと渡してやった。  泣き止まない咲希に温かいお茶を入れた。ひと口啜ったあと、豪快に鼻をかんでいる。 「……瑠生。あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど」 「怒る? 俺が咲希に?」  前にシュークリームを勝手に食べられて怒ったけれど、それはちゃんと現物で返してもらったし。  他に思い当たる原因がわからない。瑠生が首を捻っていると、咲希の唇が動いた。 「……瑠生、私、赤ちゃんができたの」  一瞬、全身の機能が停止した。  赤ちゃん? 赤ちゃんって、あの、おぎゃーって泣く赤ちゃんか?  混乱していると、咲希に手首を掴まれて、彼女の腹部までその手を運ばれた。 「ここに、赤ちゃんがいるの。付き合ってる人……の」 「えっ! マ、マジで!?」  予想していなかった爆弾発言に、思わず後ろに仰け反ってしまった。 「そう、いるの。だから、瑠生にごめんなの。芸者になることを諦めるから……」  なるほど。そう言うことか。だから、ごめんなのか。 「じゃあ、咲希は結婚するんだな。その彼氏さんと」  瑠生の質問に、咲希は照れくさそうに頷いた。  結婚を選べば芸者を辞めなければならない。もちろん、半玉もそうだ。  中には籍を入れず、同棲という形で好きな人と暮らしている芸者もいる。けれど半玉はそこを許されない。なぜなら、普通の半玉は置屋で住み込みで働くからだ。  置屋に彼氏や子どもと一緒に暮らせるわけない。人のものになれば、人気は下がる。いくら咲希が可愛くても。  もったいない気持ちが先行するけれど、咲希が幸せならいいと、瑠生は思った。  それにもし、たけだ屋が買収されれば、半玉になったばかりの咲希には打撃が大き過ぎる。そんなこと、想像したくもないけれど、万が一の考えは頭の隅っこにある。  結婚して旦那さんと赤ちゃんと暮らす方が、咲希には幸せかなのかもしれない。 「咲希。よかったな、幸せになれよ」  切ない気持ちを隠しながら、咲希の頭をもう一度撫でた。 「なあ、咲希の旦那さんってどんな人? どうやって知り合ったんだよ」  冷やかすように聞くと、瑠生の知ってる人だと言う。 「俺の知ってる人? でも、知り合いの男の人って、たけだ屋の料理人とか見番のおっちゃんで、咲希よりだいぶん年上だけど──」 「もう、違うっ。昇真君。睦島昇真君のお兄さんよっ」 「え! 昇真の?」 「そうよ。瑠生の親友のお兄さんで優真(ゆうま)さんていうの」 「兄……マジか!」  昇真の兄が何歳かは知らない。ただ、飲み会とか言っていたから、大学生か社会人かとは思っていたけれど。まさか、自分の親友の兄と幼馴染がくっ付くなんて想像もできない。 「で、咲希がなんで昇真のお兄さんと知り合ったんだよ」  肘で咲希を突くと、たけだ屋で運命的な出会いをしたと、頬を染めて言う。 「それでね、優真さんが接待をしてた日、私もお座敷があってね。廊下を歩いてたら、お手洗いを探してた優真さんに着物の裾を踏まれたの。それがきっかけ」  毛先を指に巻き付けながら、少女マンガのような出会いを教えてくれる。 「てっきり、昇真君から聞いてると思ってた」  咲希の言葉で以前、ゴニョゴニョと何か言いたげにしていた昇真を思い出した。  自分と咲希が幼馴染なのを知っている昇真からすれば、姉になる人のことを自分の口から伝えたかったんだろう。 「昇真にはあとで連絡しとくよ。でも、ホッとした。俺の大事な幼馴染が変な男とくっつかなくて。昇真のお兄さんなら安心だな。おめでとう、咲希」 「……瑠生。ありがと」  丸くて大きな目が潤んでいる。  半玉の道を諦めて、結婚することは咲希にとって苦渋の決断だったのかもしれない。  きっと、桔梗も残念がっているだろう。でも同じくらい、喜んだのもわかる。 「赤ちゃんいるんだ、もう俺を蹴ったり殴ったりすんなよ」  慰めるつもりで冗談を言ったのに、こぶしのお返しが飛んできた。 「痛いって。赤ん坊が生まれたら絶対にチクってやる。お前の母ちゃんは暴力女──痛って」  余計なひと言でまた叩かれた。口は災いを呼ぶとはこのことだ。 「ねえ、瑠生。今日ってその、買収屋さんと会うんでしょ、大丈夫?」  急にしおらしくなった咲希が、不安を口にする。 「ぷっ、買収屋さんって。咲希は心配しなくてもいいよ。俺が何とかするからさ」  男だし、と胸を張って言い切った。  ふく里を守ると宣言したんだ、男に二言はない。沖と神楽に対峙する覚悟はできている。

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