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第39話
藍染色の空の下、ふく里の庭で瑠生は木蓮の花を見上げていた。
昇真たちとの打ち上げは楽しかった。桔梗や姐さんたちと鍋を囲んだのも最高だったし、肉も美味しかった。きっと桔梗が張り込んでくれたのだろう。
「行ってきます」とさっき玄関で靴を履いていたときも、姐さんたちは「行ってらっしゃーい」とへべれけな声で送り出してくれた。
祝い酒だと言って浴びるように飲んでいたから、今夜はきっとみんなふく里に泊まるのだろう。
自分がいない夜も、桔梗を一人にしなくて済むと思うと、ホッとした。
恋人になっても、瑠生と沖の関係は『清い交際』だった。
それは瑠生が未成年だったから、それ以上のことは──
そんなことを考える自分が恥ずかしくて、でも、どこかで足踏みしている自分もいる。
聞きたくても聞けなかったことを、口にするか悩んで今日まで来てしまった。
門を開ける音がしたと同時に、春の夜風に混ざって大好きな香りが鼻をくすぐる。
視線を向けると、沖が手を振っていた。
「久しぶりだな、瑠生」
沖の声を聞いた瞬間、胸の奥で眠っていた何かがぶるりと身震いした。
「沖さんっ」
一秒でも早くそばに行きたくて、思わず小走りで駆け寄っていた。
「卒業おめでとう」
少し低くて甘い声と、慈しむような眼差しが瑠生を包んでくる。
「あ、りがとう……ございます」
急に恥ずかしくなって、視線を木蓮に逃した。
白くて美しい大輪の花を眺めていたら、頬に視線を感じた。
「瑠生はこの白木蓮のようだな。空に向かって伸びやかに美しく、真っ白な花を咲かせて清廉な香りを運んでくれる」
完璧な相好で贅 を尽くした言葉を言われると、それに見合っていない自分が恥ずかしくなる。
返す言葉が見つからず下を向いていると、髪をそっと撫でられた。
顔を上げると、沖の目がまっすぐ自分を見つめていた。
その眼差しは穏やかなのに、奥底に熱を秘めているように感じた。
途端に胸が騒がしくなる。かける言葉を探していると、沖が「行こうか」と微笑んだ。
その声に誘われるように、瑠生は歩き出した。
沖の車に乗り、スカイツリーが見えるホテルへ向かった。イタリアンレストランのパティシエが作るドルチェが絶品だと、エレベーターの中で沖が話してくれる。
ホテルの十九階。いわゆる天空レストランに案内され、沖がリザーブしていた窓際の席に腰を下ろした──その瞬間、思わず息を呑んだ。
眼下に広がる夜景が、宝石の海のように瞬いていた。
吸い込まれそうな群青の美しさに、胸の高鳴りが止まらない。
「沖さん、すごく綺麗だよ。俺、こんな景色、初めて見た」
デザートが運ばれてくるまでの間、窓辺に引き寄せられるように体が傾いていた。
芸術品のようなドルチェを口に運びながら、視線を上げると秀麗な眼差しで沖がこちらを見つめていた。たまらず目を逸らす。
「瑠生、このあとはどうしたい? 行きたいところはあるか? 遅くなっても、ちゃんと置屋まで送るから安心しなさい」
置屋まで送る──
そうだ。沖は『今夜一緒に過ごす』とは言ってくれたけれど、『朝まで』とは言わなかった。
あの日、多鹿に騙されて、乱暴されかけた夜。
あの絶望の淵で、沖は自分を抱きとめ、約束をくれた。
──高校を卒業したら、瑠生の全部を僕にくれないか。
その言葉を胸に、一年と少しの時を過ごしてきた。
不安で、寂しくて、けれど沖を信じて待った。
誰よりも格好よくて優しいこの人を、いつか他の人に奪われてしまうのではないかと怯えながら。
それに──確かめなければならないことがある。
──本当は、蓮香を好きだった? 自分は、半玉の代わり?
テーブルクロスに目を落として沈黙していると、沖が心配そうに名前を呼んでくれる。
その優しい声音に、胸の奥で言葉が揺れた。
はしたないと思われるかもしれない。
それでも聞かなければ、この関係をまっすぐに信じきることができない気がした。
ゆっくりと顔を上げながら、テーブルの下でこぶしを握る。
「沖さんとこのまま、朝まで一緒にいたい……」
卒業するまで待つと言われたあの日からずっと、胸にしまっていた言葉を瑠生は口にしていた。
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