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第40話

 会計を済ませた沖に手を取られ、エレベーターで一階まで降りた。  ロビーで待つようにと言ったっきり、沖はひと言も喋らなかった。  ……どうしよう。あんなことを言って、軽蔑されたのかもしれない。  胸の奥が冷たくなっていく。後悔の波に飲まれかけたそのとき、沖が戻ってきた。 「沖さん、あの、俺。やっぱり──」  言いかけた言葉は、腕を取られた瞬間、空気に溶けた。  気づけばもう一度、二人でエレベーターに乗り込んでいた。 「あの、沖さん。俺、もう帰──」 「帰さない。帰せるわけないだろう。瑠生にあんなこと言われて、離れられるわけがない」  誰もいないエレベーターの壁に追い詰められ、腕の中に閉じ込められた。  見下ろしてくる瞳を見上げると、怯えと期待を混ぜた自分の顔が映っている。  自分のこの顔も、この気持ちも、全部見透かされている。  胸の奥から滲み出す、沖を独占したいという欲望まできっと。 「ご、ごめん。でも、俺、ずっと……あの日から待ってた。でも、大人の沖さんを繋ぎ止める方法がわからなくて、沖さんが離れてしまわないように祈ることしかできなくて……」  スーツの袖を掴み、瑠生は顔を上げた。 「俺よりもっと大人の、素敵な人と恋人になったらどうしようとか……思って。俺、ずっと、不安で……」  抑えていた想いが溢れ出し、愛情と焦燥が血のように全身を巡る。それが涙になって、愛しい人へと零れ落ちそうだった。  瑠生は唇を噛み締め、沖の視線から逃げた。その顎をそっと掴まれ、上を向かされる。  形のいい唇がそっと触れた。羽を掠めたような、儚い口づけ。  頬を撫でる指先に熱が宿り、胸の奥がふわりと溶けていく。  うっとりしていると、エレベーターの到着音が瑠生を現実に引き戻した。  沖が手を差し出す。エスコートするような仕草に、逸る鼓動のまま手を重ねた。  久しぶりに感じる沖の温もりが、切なくて、嬉しくて、指先から心臓まで満たしていく。  廊下を進み、一番奥の部屋の前で沖が足を止めた。  鍵が開く音。沖が先に中へ入り、手を引かれて瑠生も続く。  ドアが閉まった瞬間、背中から強く抱き締められた。 「君は、何もわかっていない。僕がどれだけ君に触れたかったか……」  低い声が耳を震わせる。 「ずっと不安だったのは、僕の方だ。若くて美しい君を、誰かに奪われるんじゃないかと怯えていた。でも、会えば触れたい。キスもしたい。……けれど、高校生の君にはそれ以上、手を出せなかった」  言葉を紡ぐたびに、沖の腕の力が強くなる。  体の奥から溢れ出す熱が、身体に沁み込んでいく。愛しい束縛が嬉しい。  沖の腕の中で体を反転させ、瑠生はそっと広い背に腕を回した。離したくないと、縋るようにスーツの胸へ頬を寄せた。  その瞬間、体がふわりと浮く。沖に抱き上げられたまま、部屋の奥へと運ばれていく。 「お、沖さん、あの──」  慌てて声を上げた瑠生の身体は、ベッドの上にそっと寝かされた。 「瑠生。君の全部を今夜もらう。……いいか」  低く落とされた声。前髪が瑠生の額に触れる距離。  返事は決まっていたのに、頭の奥で燻る疑問を、いま聞かないと永遠に飲み込んでしまいそうだった。 「……お、沖さん。俺のこと、『蓮香』より好き……?」  その言葉に、沖の動きが止まった。  不思議そうに瑠生を見下ろし、静かな間が生まれる。 「ご、ごめん。変なこと聞いて。でも、ずっとわからなくて……怖くて聞けなかった」  胸の奥を震わせながら、隠していた思いを吐き出した。 「……沖さんはずっと蓮香にこだわってた。でも、俺を好きだって言ってくれた。けどそれは、『存在しない蓮香』の代わりなんじゃないかって思ってて」  口にした途端、苦笑が漏れる。  自分が自分に嫉妬しているなんて、滑稽だと思うのに涙が滲んだ。 「……すまない。そこを悩んでいるとは思わなかった」  沖が瑠生の髪を撫でながら、静かに言葉を返す。 「変だよね、自分にヤキモチ妬くなんて。でも……沖さんには、『来栖瑠生』を好きになってほしいんだ」  話しているうちに、胸が痛くなる。  それでも、言わなければ前に進めなかった。蓮香の代わりではなく、ちゃんと愛されたかった。 「瑠生が謝ることはない。詫びなければならないのは、僕の方だ」  沖がそう言いながら瑠生の手を取り、そっと体を起こしてくれる。  手を繋いだまま、ベッドの上で向かい合う形になる。  静まり返った部屋の中に、互いの息だけが触れ合っていた。 「どうして、沖さんが謝るんだよ」  瑠生が問うと、掴まれていた手首にぐっと力が込められた。  沖の表情は、困ったようで、それでもどこか微笑を含んでいた。 「瑠生の指のほくろ。あれ、最初から知ってたんだ」 「……最初からって。もしかして、初めて半玉をしたとき?」 「そうだ。あのとき、君の可愛いほくろを見つけた。そのあと──ふく里で一緒に木蓮を眺めていたとき、蓮香と同じ場所にあるのを見て、確信した」  沖の言葉に、瑠生の思考が一瞬止まった。  脳裏で記憶のテープが巻き戻されるように、あの夜を探る。けれど、沖がそんな素振りを見せた覚えはない。 「も、もしかして……俺が『蓮香』だって、最初から知ってた……?」  問いかけに、沖は静かに頷いた。 「正確に言えば、初めてふく里に行ったときだ。男の瑠生が半玉をしていると知って、きっと何か事情があると思った。だから、あえて口にしなかった」 「じゃあ、沖さんは──俺と蓮香が同じ人間だって、最初からわかってたってこと?」  沖がまた頷く。  胸の奥がざわめき、喉が震える。 「じゃ、じゃあ……買収を取り消す条件で、『蓮香をお座敷に』って言ったのは……」  あれは──と、沖が言い淀む。 「沖さん、ちゃんと教えて」  拘束を振りほどき、沖の腕を掴んで揺さぶった。 「……あれは、君と関わりたかったからだ。買収の件を口実にすれば、君に会える。そう思った。それだけだった。けど、それ以上は……どうすることもできなかった」  沖は息を吐き、窓の向こう側の空に一瞬、視線を向けたあと瑠生を見た。 「そんなとき、君がオフィスを訪ねてきたんだ」  沖の腕を掴んだまま、固まって動けない。 「じゃあ……沖さんが『一目惚れした』って言ったのは、どっち……?」  沖は穏やかな目で微笑んだ。 「どっちも、だよ。蓮香に見惚れたし──木蓮のように美しい瑠生を好きになった。僕にとっては、どちらも『君』だ」 「でも、俺は男で──」 「瑠生」  沖の声が、やわらかく、でも確固として響く。 「僕は『来栖瑠生』を好きなんだ。蓮香は、君と出会うためのきっかけにすぎない」 「ほ、ほんと……に俺を? 俺、ずっと悩んでて。沖さんは、女の子がいいのかなって、蓮香の格好をしてない俺じゃだめなのかなって……」 「瑠生が不安なら何度でも言う。僕は瑠生が好きだ。瑠生しかいらない」  我慢していた涙が光を帯びて頬を伝う。 「俺も、沖さんが好き。……大好きです」  両手で顔を覆った瑠生を、沖の腕がそっと包む。 「瑠生が愛おしい。君よりずっと年上なのに、瑠生のことだけは我慢できない。誰にも見せたくないし、触れさせたくない」  甘い告白に応えるように、瑠生は沖のたくましい身体を抱き締めた。 「沖さん……もう一個、教えてください」 「何だ?」  そっと耳のそばで囁かれ、息を飲んだ。  答える前に、沖に耳たぶを噛まれ、思わず甘い吐息が漏れる。 「あ、あの。俺が半玉ってわかったとき、なんで怒って帰ったんですか?」  耳に甘い痛みが走り、その奥で微かな疼きが生まれる。 「あれは、神楽もほくろのことを知ってたからだ。僕だけが知っている瑠生の秘密だと思っていた。だから嫉妬したんだ。本当なら、もっと瑠生を独り占めするつもりだったのに」  自分しか知らないと思っていたことを、神楽が知っていたから怒ったってこと?   あのまま、蓮香の正体を知らないフリして、俺と一緒にいたかったって意味?  頭の中で反芻しているうちに、嬉しさが込み上がってきた。  沖の独占欲が心に直接届いて、身体の内側から熱が生まれる。  溢れるでてくる想いを伝えたいのに、ひとつしか言葉が浮かばない。 「沖さん」  沖の胸に飛び込み、額をすり寄せる。自分より軽く上回る強さで沖に抱き返された。そのままシーツに沈むと、腕を伸ばして沖の頬に触れた。 「瑠生、もう一度聞く。僕のものになってくれるか」  恥ずかしさと緊張で喉が張り付いて声が出ない。それでも応えなければと、首を縦に振った。  包み込むように抱き締められると、劣情がこもる体が重なってくる。  これから始まる(しるべ)のような口づけをされると、二つの唇は激しさを増していく。  水音が耳を犯し、恥ずかしさで逃げ出したいのに、離れたくない自分がいる。  思考を溶かすような口づけの応酬は、瑠生の口から甘い言葉を引き出した。 「あふっ、んっん、おき、さ、おき……さっ」  自分でも知らない声が耳を辱め、わずかな唇の隙間を沖の舌で犯される。  頬裏や歯列をたどる舌が触手のように、瑠生の舌を絡めとる。 「瑠生、瑠生……ずっと、こうしたかった。もう、離さない」  沖の声、唇、指が自分も知らない感情を暴いてくる。  口の端からとろとろと蜜が滴ると、沖の舌がそれを掬う。  口淫だけの愛撫で、瑠生の下半身は燃えるように熱く固くなっていた。 「あ、ああ、ふぅ、んっ。おき……さ、もう、おれ……」 「まだだ、瑠生。一年以上も待ったんだ、もっと感じてる瑠生を見せて。もっと僕を受け入れてくれ」  吐息混じりに囁かれ、また激しく求められる。その間にも沖の手は瑠生のシャツのボタンを外していた。  前身ごろをはだけられ、二つの突起が顔を出す。  沖の顔が落ちてくると、片側の突起を舌で舐められた。反対を指先でころころと転がされると、全身が疼いて甘く痺れる。  大人な愛撫に酩酊(めいてい)していると、いつの間にか一糸まとわぬ姿になっていた。  部屋の明かりは煌々と灯り、真っ白な瑠生の素肌が曝け出されている。 「お、おきさん、お願い……電気、消して、恥ずか、し……」  首筋や、肩、腕や鎖骨とあらゆる箇所に口づけされる中で、瑠生は訴えた。 「だめだ。約束しただろ、瑠生の全てを僕にくれと。感じている顔や、可愛い声は全部僕のものだ。暗くしたら見えない」  いや、声は暗くても聞こえるじゃん、と言いたかったけれど、二つの秘芯を交互に吸われたら何も考えられなくなった。 「やっ、そこ、吸っちゃ……」  体が勝手にピクピクと震える。快感で腰がのけ反り、思わず下半身に手を伸ばした。  瑠生より先に沖の手がソコに触れて、鈴口を指先で丁寧に撫でられた。  先走りがとろりと滴るのがわかったとき、瑠生のモノが沖の口内に含まれた。 「あっ、だ、だめ沖さん。汚いっ。シャワーしてない」 「だめだ。瑠生の匂いがなくなる。あとで二人で浴びればいい」  さっきから、瑠生の要望は何一つ聞き入れてもらえない。  沖の口淫に腰が弓形になる。手技はさらに激しさを増していく。  瑠生のモノを飲み込むよう、沖が快楽へと導いていく。 「うくぅ、あぁ。だ、だめ……あぁっ、でる、おきさ、もう、でる、で──」  堪えきれず、白濁を放ってしまった。けれどどこにも付着した感触がない。  荒げた息で下半身を見下ろすと、沖が口元を拭って上目遣いに瑠生を見上げていた。 「お、おきさ……ん、おれの、のん──」 「全部もらうって言っただろ」  当たり前のように言われ、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。  咄嗟に枕を掴んで顔を隠すと、ベッドから沖が降りた気配がした。  枕から顔を覗かせると、沖が何かを持って瑠生の上に戻ってきた。  自分の上にいる沖を見て、息を呑んだ。  ほどよく鍛えられた筋肉を纏う上半身に、滑らかそうな肌は、つい手を伸ばしたくなる。弾力のあるたくましい胸に、これまで何度も抱き締めてもらったことが胸を締め付けた。  美しい素肌に触れようとしたら、背中から掬うよう転がされて、四つん這いの形になる。  肩越しに振り返ろうとした瞬間、小さな窄まりに沖の指が入ってきた。 「──あっ」  瑠生の声で沖の指が離れてしまった。 「痛いか。やっぱり今日はやめ──」 「や、やだっ! 俺、平気だから。勉強したし」  咄嗟に訴えた。もう待つのは嫌だった。  瑠生の言葉に意表を突かれたのか、瞠目していた沖の瞳が優しげに弧を描いた。 「勉強したって……本当に瑠生は可愛いな」 「だ、だって、俺初めてだし、絶対沖さんに迷惑をかけるとおも──あっ」  瑠生が叫ぶと、双丘の間にジェル状のものが滴り、指が肛孔に差し込まれた。 「痛っ」  瑠生の声で沖の手が止まる。  痛がっちゃだめだ。このままだと最後までしてもらえない。  瑠生は手を伸ばすと、離れようとする沖の手首を掴んで引き留めた。 「痛かったんだろ? 無理しない方が──」 「無理じゃない。お願い、やめないで……でも、沖さんの顔を見たい」  懇願するように言った。勝手に涙が溢れだす。  瑠生の何に煽情したのか、沖の顔つきが変わった。初めて見るその顔は、熱っぽくてどこか余裕がない。  体を持ち上げられると、そっと仰向けにされた。  沖の手が瑠生の両下肢を抱えるように持ち上げると、後孔に指が入ってくる。  沖の長い指が瑠生の秘口の奥へと挿し込まれていく。つい、力を入れてしまうと、フッと耳に息をかけられた。 「力を抜くんだ、瑠生」  耳朶に甘い刺激を受けた瞬間、下半身の力が緩んだ。  ささやかな仕草を見逃さなかった沖が、指で中を何度も掻き回す。その度に瑠生の口からは、苦痛とも喜悦とも言えない声がこぼれた。  沖の指が二本になったときには痛みは馴染み、常に閉じようとしていた両足も沖を受け入れられるように開いていく。  沖の体が近づくと再び激しい口淫が始まった。  息継ぎに慣れてきた瑠生は、ねだるように沖の首に腕を回し、自らも舌を差し出して沖を求めた。  激しく唇を奪われるたびに、淫猥な音で耳を犯される。  朦朧としていると沖の指が速度を増して、瑠生の最奥を攻め立ててきた。  時折触れる秘部に快感が引き出され、ピクピクと体が反応を示す。  何度も繰り返された無垢な体は、腰を揺らして誘い込もうとしていた。 「そんなことされると、我慢できないだろっ」  切なげな沖の声が聞こえたかと思うと、腰を掴まれて股間を持ち上げられた。窄まりに唆り立つ沖の熱があてがわれると、ググッと狭い箇所に押入ろうとしてくる。  火柱のように熱い楔を打たれ、「ああっ!」と、首を後ろにそり返した。  瑠生の声に興奮したのか、沖の動きが止まらない。  激しく腰を動かして肌と肌を当ててくると、瑠生の中へと入ってくる。  痛くて苦しいのに、もっとしてほしいと思ってしまう。 「……くっ、すごい。瑠生の……中、熱くて、締め付けてくるっ。もう、止まらない」  沖の喜悦が嬉しすぎて痛みすら忘れ、瑠生は無我夢中で全身を動かした。  沖の動きが増してくると、未熟な瑠生の応戦はひとたまりもなくなる。 「ふくぅ、あぅ、ああっ……。おき、さ。沖さんっ、好き、だい、すき……」 「君は、どこまで僕を翻弄するんだ……」  熱のこもった声と吐息、汗。沖の全てが愛おしい。  痛みの先に待っていた快楽が芽生えると、足趾(そくし)にギュッと力を込めた。  怖いほどの快楽を逃がそうとしたけれど、沖からの抽挿が思考を止めようとしてくる。  華奢な体がベッドから浮くほど奥を突かれると、瑠生は二度目の昂りを撒き散らした。  瑠生が達するのを見計らったように、身体の中へ熱い劣情が放たれる。  自分の中で脈打つ沖を愛おしいと感じた。  汗ばんでしっとりした体と重なると、その重みが嬉しくて涙が勝手に溢れだす。  ずっと抱えていた不安は沖の肌で溶かされ、このうえない多幸感を瑠生に与えてくれた。 「瑠生……体、平気か」  髪を撫でながら沖が囁く。 「……平気。でも、やっぱ痛かった」  初めて知った芳醇な痛みを口にし、沖に背を向けた。  口走った声や、乱れた自分の姿を沖がどう思ったのか。不安になっていると、沖の腕に包まれた。 「すまない。優しくしたかったのに、止められずに痛い思いをさせた」  そう言って、肩に口づけてくれた。僅かな接触なのに、たまらなく感じる。 「この痛みが嬉しいんだ。でも、沖さんは気持ちよかった?」  自分を抱えてくれる腕を抱き締めながら尋ねた。  ドキドキして待っていると、「最高だ」と言って、耳に口づけてくれた。 「もう、瑠生なしじゃ生きてけない。ずっと僕のそばにいてほしい」  極上の蜜語をささやかれ、沖にそっと向きを変えられると、そのまま抱き締められた。  しばらく抱き合ったまま、体の熱と鼓動を感じていた。  瑠生の額に沖の額が触れ、指先がそっと絡み合う。  言葉はなくても、互いの想いが伝わってくる。  沖の胸の温もりに顔を埋め、瑠生はようやく深く息をついた。 「俺も沖さんと、ずっと一緒にいたい」  小さな声でも、震える想いは届く。  沖も柔らかく微笑みを返し、頭を撫でながら囁いた。 「瑠生、君はこれからもずっと僕のものだ」

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