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第二章 揃えない選択 2-2 影の微動
水鉢は、まだ置かれていない。
置かれないまま、
朝が進む。
私は庭に立つ。
立つ位置は、
昨日と同じではない。
違うとも、言い切れない。
神木の影が、
石畳の端に触れる。
触れただけだ。
越えてはいない。
黒い布を広げる。
今度は、
中央から少し外す。
外した理由は、
考えない。
短刀を置く。
鞘のまま。
刃の向きは、
決めない。
決めないことが、
昨日から続いている。
紙束を並べる。
間隔は揃えない。
揃っていない状態が、
昨日より自然に見える。
私はそれを、
直さない。
弦は、
石灯籠の影から動かない。
動かないが、
影の濃さが違う。
濃さの違いは、
光のせいにできる。
会話はない。
必要がないからではない。
始まらなかっただけだ。
私は柄杓を取る。
取るが、
水を注がない。
注がない時間が、
想定より長い。
長いと感じたかどうかを、
確かめない。
神木の葉が、
一枚落ちる。
昨日の数は、
覚えていない。
覚えていないことを、
助けにしない。
弦の視線が、
短刀に落ちる。
落ちたまま、
上がらない。
上がらない理由を、
問わない。
私は筆を見る。
取らない。
取らない判断を、
判断として扱わない。
均衡は、
まだ保たれている。
保たれているから、
手順は省略されない。
だが、
進まない。
準備は、
途中の形で止まる。
止まっているのに、
誰も止めていない。
時間は、
過ぎている。
過ぎているが、
進んでいない。
水鉢は、
最後まで置かれなかった。
それだけで、
一日は成立する。
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